第58話 おじさんの義妹、美少女の父親と舌戦をかわす。

露花つゆはなさん、その調査の護衛として、娘のロカちゃんをうしとらのダンジョンの最深部まで連れて行きたいのですが……構いませんか?」


 ヒサメの問いかけに、ロカの父親はすこしだけ表情をかえるが、すぐに仏頂面に戻って返答をする。


「構わないもなにも……ロカは私があずかり知らないところで勝手にダンジョン探索を始めたんだ。私が口を出す話じゃあない」


 ロカの父親の無関心とも取れる返答に、ヒサメは一瞬、顔をこわばらせるも、すぐに涼やかな表情に戻り、クリアファイルに入れた同意書を、名刺と共にロカの父親の前に差し出す。


 ロカの父親は、ヒサメの名刺をみるなり、目の色が変わる。

 ヒサメは、その表情をしっかりと確認すると、ロカの父親に返答を返し始めた。


「ロカちゃんの一生に関わることですし、場合によっては命に関わることです。詳しくはこの同意書を読んでいただけるとお分かりになるかと」

「なるほど、では失礼して」


 ロカの父親は、クリアファイルを受け取ると、同意書を取り出して読み始める。

 途中、何度か首をひねり、頬に手を当てている。考え事をしているのだろう。

 ロカの父親は、3枚ほどある同意書を、和食の料理がならんだ食卓の上におくと、ヒサメに話しかけた。


壬生みぶさん、3つほど確認したいことがあるのですが、いいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「まず、ネイビーライセンスの所持による月々の報酬だが、未成年が手にするにはいささか高額すぎませんか?」


 予想どおりの質問だったのだろう、ヒサメはにっこりと笑うと用意していたであろう返答をすらすらと答えていく。


「ネイビーライセンス所持者への政府からの報奨金は、全て一律です。

 とはいえ、お父様がおっしゃる通り、ロカちゃんは未成年です。お金の管理は、当面はお父様が行うことになるかとおもうので、こうして同意をもとめにまいりました」


「なるほど、ではふたつめの質問。政府から呼び出しのかかる頻度は?」


 ヒサメは少し考えてから、言葉を選んで慎重に回答をする。


「人によってまちまちです。最下層で何年も滞在するものもいますし、滞在者に消耗品をとどけるために数日ほど潜入するものもいます。今回のロカちゃんの任務は、後者にあたります。

 学校を数日間お休みをしていただく必要がありますが、学業にさしさわるほどではないかと」

「ふむ、なるほど……」


 ヒサメのやつ、涼しい顔でスレスレの回答をするな。

 ロカはシェールストーンを素手でわる技術を習得するのに、まるまる1週間学校を休んでいるんだ。とっくに学業に影響は出ているはずだ。


(大丈夫、大丈夫! アタシ、学校の成績はいいから!)


 ロカはあんなこと言ってたが、本当に大丈夫なんだろうか……。

 俺はロカの顔を見る。ロカは明らかに緊張した顔で、まっすぐと父親のことを見ている。


 そうだよな。


 今までは両親の許可なく、勝手にダンジョン探索をやっていたんだ。これが実質初めての告白だ。緊張するのも当然だろう。


 ロカの目線の先の父親は、何かひっかかることがあるのだろう。再び同意書に目を通している。じっくり、たっぷりと目を通したあと、ようやく口を開いた。


「では、最後の質問。ダンジョンの最深部には何があるんだ?」

「言えません。機密事項です」


 ヒサメは、即座に返答をする。


「同意書に書かれている通り、ダンジョン最深部の情報は我が国のトップシークレットです。たとえ肉親だとしてもお話しすることはできませんし、ロカちゃんにもまだお話ししておりません」

「では、質問をかえよう。ネイビーライセンス保持者の年間の死亡人数は? これもお答えいただけませんか?」


 しばらくの沈黙。

 料亭のお座敷に張り詰めた空気が走る。


 ヒサメは、たっぷりと時間をかけて考えると、慎重に言葉を選びながら話を始めた。


「年によってばらつきがあります。10名を超えることもあれば、0の時もあります」

「なるほど。任務によって危険度に差があるわけだ。任務の危険度は、場所によって異なる。おそらく未踏の最深部と踏破済みの最深部で、任務内容が大きくかわる。そうだろう?」


 ヒサメは小さくため息をつくと、


「……はい。おっしゃる通りです」


 と返事をする。その言葉に、ロカの父親は言葉を重ねた。


「では、悪いがもう一つだけ質問を追加させてもらおう、ロカが行くダンジョンの最深部は、未踏の場所ですか?」

「いえ。今回探索するのは、うしとらのダンジョンの最深部。15年前にすでに踏破済みのダンジョンです」

「なるほど。なるほど。では、許可をしましょう。署名と捺印でいいかな?」


「本当に!? いいの??」


 ようやく出てきた父親の承諾の言葉に、ロカは大きな声をだす。


「ああ、構わんよ。おまえのことだ、どうせ反対しても行くに決まってるしな。それに最近は本気でダンジョン探索者になりたいっていう情熱が伝わってきた。最初の頃はいろんな意味でヒヤヒヤしたもんだが……いい師匠にめぐまれたな」

「やったあ! パパありがとう!!」


 ロカが無邪気に父親の背中に抱きつく中、俺は首を傾げた。


 ん? お父さん、やけにロカの探索内容に詳しいな。


 まさか『ラブロカちゃんねる』の視聴者なのか? それもかなり初期、パンチラメインのお色気配信だったときからの……。

 俺は、思ったことを口に出そうとしたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

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