第52話 おじさん、ひょうひょうと嘘をつく。

「捕まえましたよ! カノエさん!!」


 ロカは、緑のシェールストーンを使った高速移動で霜月しもつきカノエにしがみつく。


 ん? ちょっと待てよ……このままじゃあ、屋上のフェンスを飛び越えてしまわないか??

 そう思った刹那、霜月しもつきカノエは素早くロカと身体の位置を入れかえて、巴投げで真下に放り投げた。


「ふぎゃ!」


 ロカは、受け身に失敗して、屋上の床に叩きつけられる。

 そして、霜月しもつきカノエはそのまま屋上のフェンスを超えて落下していった。


「なんてこった!」

「カノエさん??」

「カノエ!?」


 俺とロカとヒサメは大慌てで霜月しもつきカノエが落下したフェンスにかけより、恐る恐る眼下を見る。

「にゃはは! 見事にやられちゃったのだ!!」


 上半身裸の霜月しもつきカノエが、オレンジのパーカーをベランダの柵に引っ掛けて宙吊りになっている。

 そしてそのままベランダの柵をまたいで姿が見えなくなると、


「おーい! 開けてちょ!!」


 と、大声で階下に住む住人を呼び出している声が聞こえてきた。


 やれやれ、どうやら助かったようだ。


「良かった!」


 ロカが安堵の声をあげる横で、ヒサメは、フェンスをつかんだまま、へなへなと崩れ去る。

 そして、頭に手をやると「はぁ……」と、大きなため息をついて、俺とロカを睨みつけた。


「さっきの試合、ルール違反じゃない?」

「そうだったか? シェールストーンの使用が禁止だなんてルールは無かったはずだが?」


 俺がひょうひょうと言って退けると、ヒサメは声を荒げる。


「そもそも、シェールストーンがダンジョンから持ち出し禁止でしょう?」

「いやあ、それがうっかり義手の中に入れっぱなしでダンジョンから出てしまってな。俺の義手は旧型だから、センサーに引っ掛からなかったらしい。それをロカが気がついたって寸法だ」

「たまたまって……そんな初歩的なミスを義兄にいさんがするわけないじゃ無い!」


 俺のわざとらしい言い訳に、ヒサメは青筋を立てる。そこに、ロカがつづく。


「たしか、法律は『シェールストーンの入ったダンジョンギアの使用を禁ずる』でしたよね。素手での使用は条項に入っていませんよ」

「それは……シェールストーンを素手で砕くなんて、普通のダンジョン探索者では想定されていないから……」


 ロカの言葉にヒサメは頭を抱える。そこに俺は追い討ちをかける。


「シェールストーン所持による犯罪はが鉄則だ。だがあいにくはさっきの試合で消えさってしまったからなぁ。さて、どうしたものか……」


 ヒサメは再び「はぁ……」と大きなため息をつくと、半ばやけくそに言い放つ。


「あー! もう!! わかったわよ!! 勝負はロカちゃんと義兄にいさんの勝ち!! それにそもそも、カノエが負けを認めるはずよ」


 ヒサメの視線の先には、屋上にもどってきた霜月しもつきカノエがいた。

 その瞳は、初めて猫じゃらしを見た子猫のようにらんらんと輝いている。


「ローちゃん! さっきの技、カノエにも教えて欲しいのだ!!

 素手でシェールストーンを砕くなんて、めっちゃかっちょいいのだ!!」

「え? えっと……カノエさん、勝負は?」


 大興奮の霜月しもつきカノエに、ロカはキョトンとなりながら質問する。


「今回はカノエの完敗なのだ。カノエもかっちょいい技を習得して、ローちゃんにリベンジするのだ!!」


 ヒサメは、霜月しもつきカノエの姿を、まるで手のかかる子供でも見るかのように、今度は笑いながらため息をついた。


「ほらね、カノエはこういう娘なの。いいわ、義兄にいさん。最深部への探索の護衛は、義兄にいさんとロカちゃんに頼むことにするわ」

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