第34話 美少女、悪役令嬢と会話する。

「はあ、はあ」


 アタシは息を弾ませながら、ゆるやかだけど長い長い坂道をのぼっていく。この坂をのぼりきって角を曲がれば学校だ。

 少しずつ見えてくる校舎の時計は8時ちょうどを指している。アタシは校門の前で走るスピードをゆるめると、腕に付けたスマートウオッチを確認した。


 45分50秒。今日は信号にひっかからなかったから、ずいぶんと早く学校につくことができた。


「ごきげんよう」


 校門に立って、にこやかに挨拶をしてくるシスターに、アタシは深々とお辞儀をする。


「ごきげんよう。シスター」


 アタシの通う学校は、幼稚舎から大学までエスカレート式の女子校だ。

 世間では、いわゆる『お嬢様学校』ってことになっている。

 かく言うアタシも、けっこう裕福な家庭に育ったって自覚はある。


 でも、アタシの日々の生活は、いわゆるお嬢様というにはほど遠い。

 会社を経営するパパは週に2、3回しか帰ってこないし、ママにいたってはもう2年以上家に帰ってきていない。

 スーパー放任主義の、世間から見れば『すさんだ家庭環境』だ。


 ダンジョン探索配信者なんて、女の子にとって危険極まりない活動ができているのは、ちょっと、いやかなり放任主義な家庭環境のたまものだ。

 でもって『生活指導がとってもおおらか』な、わが高校の校風のたまものだ。


 アタシは校舎に入ると、しずしずと廊下を歩いてしずしずと階段をあがり、再びしずしずと歩いて自分のクラス2年3組に入る。


 アタシは、汗をこれでもかと吸った学校指定のジャージを脱ぎ去って、リュックからだしたフェイスタオルで全身をていねいに拭いて制汗スプレーを吹きかけると、丸襟の白のブラウスと、濃紺色でひざ下丈のジャンパースカートの、とっても地味な制服へと着替える。


 とってもおおらかな校風で、とってもおさかんな異性交際が行われているわが校のJKたちを、『とっても清楚に』見せることができる魔法のコスチュームだ。


 アタシはとっても清楚なお嬢様なJKに変身して、席に座ってとってもお上品にスムージーを飲んでいると、突然声を掛けられた。


「あら? ずいぶんと教室が臭いとおもったら、露花つゆはなさんがいらしたのね」


(うわっ! サイテー……)


 アタシは感情を押し殺してにこやかに返事をする。


「あはは、ごめんね。逆村さかむらさん。アタシ、ランニングした後だからさ」

「いいえ、あたくしが申しあげているのは、汗の臭いではなく獣臭。モンスター臭と言い換えてもいいかしら? 毎週月曜日は、臭くて臭くてたまらないわ」


(はあ……また始まった)


 アタシは、逆村さかむらさんのクドクドとした長ったらしい嫌味を、ニコニコとした笑顔を貼り付けて、ウンウンとあいずちをうつ。


 てか、なんで、ミライさんが作ったダンジョン飯をすべてよどみなく言えるんだろう、もしかして……?


逆村さかむらさん、もしかしてアタシが大人気インフルエンサーのミライさんとコラボしたのがうらやましかったりする? 嫉妬だったりして?」


 逆村さかむらさんの眉がピクリとひくつく。あ、図星だ。

 アタシはニコニコ顔を崩さずに、話をつづける。


「ミライさんの料理、おいしかったなー。コラボ効果もてきめん。アタシ、昨日だけでフォロワーが1万人も増えちゃった♪」

「そ、そそそそんなの、ちっとも羨ましくありませんわ!

 そもそもあのうしとらのダンジョンは、あたくしたち逆村さかむら家の土地です!!

 ダンジョン配信をやらしてあげてるのですから、お礼のひとつやふたつ、あってもよくなくって?」

「はーい。逆村さかむらさん。ありがとーございまーす。アタシがダンジョン配信できるのも、ぜーんぶ、逆村さかむらさんのおかげでーす♪」


 アタシはここぞとばかりにかわいらしい笑顔を作って小首をかしげると、逆村さかむらさんはプイとそっぽを向いて自分の席に座った。


 あ、親指の爪をかじってる、相当悔しいんだ。

 

 アタシは胸がスーってなるのを感じながら、お上品に残りのスムージーを飲み干した。


 ……ちょっと言いすぎちゃった……かな?

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