第32話 幕間劇 ある男の日常。

 男は8時始業の仕事場に、15分ほど遅れてきた。

 しかし、その男を咎めるものはだれもいない。


 男はその現場の責任者。来月オープン予定の、ダンジョンアトラクションの現場監督をやっていた。

 だが、男は現場監督の仕事をする暇がないくらい忙しかった。


 男は、ダンジョン配信者の動画を視聴するのに忙しかった。

 女性配信者のライブ配信を視聴するのに忙しかった。

 男の趣味は、女性ダンジョン配信者の事故映像の収集だった。


 悲鳴をあげ、痛みに歪む顔。

 四肢を損壊し、声にならない声をあげる顔。

 致命傷を負い、助けもなく絶望の中ゆっくりと死んでいく顔。


 そんな動画を収集することに、男は全ての情熱を注いでいた。

 仕事など、部下に任せとけばいい。

 そもそも男は、ダンジョン整備の仕事のことをほとんど理解していなかった。


 自分は、代々続く、建設会社の御曹司として生まれた選ばれた人間だ。

 選ばれた側が行うのは、手足としてはたらく人材の管理だ。

 もっともその管理も、ろくにできていないのが実態で、来月オープン予定のダンジョンの整備作業は遅れに遅れていた。


 今日は、その遅れを取り戻すための休日出勤だ。

 ああ、自分は何て不幸なんだ。

 使えない部下のせいで、休日出勤なぞさせられている。


 男の名前は逆村さかむら


 そう、1ヶ月前に田戸蔵たどくら小次郎こじろうを一方的に解雇した男だ。


「すみません、逆村さかむらさん。ちょっと相談したいことが……」


 現場スタッフのひとりが声をかけてきた。


「なんだ?」


 逆村さかむらは苛立ちながら返事をすると、作業員は怯えながら話をはじめる。


「整備予定地に、古い石塚を発見しまして……どうしましょうか?」

「はぁ、またかよ? そんなもん、とっととぶっ壊せよww」

「本当に大丈夫なんですか? 前も壊した後、第7層にサイクロプス型が現れたじゃあないですか。なにか結界的なものだったんじゃあないですか?」

「ふはww 結界ww このご時世にそんなオカルトあるわけないだろww」

「ですが……」

「ふはw 怯えてやんのww」


 逆村さかむらは、作業員を嘲笑うと、つかつかと石塚の前まで歩いて行く。


「ふはw これだな?」


 逆村さかむらは、スボンのポケットに手をつっこんだまま、いっさいのちゅうちょなく、古い石塚を思い切り蹴っ飛ばした。

 古い石塚は、あっけなくガラガラと崩れていく。


「本社から絶対に工期を間に合わせろって言われてるんだ。とっととこの石ころ片付けて作業を続けろ!」

「は、はい……」


 逆村さかむらは、うろたえながらくずれた石塚を片づけ始める作業員を、せせら笑いながら事務所に戻り、気分転換にお気に入りの放送事故映像の鑑賞をはじめた。

 



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