8話 もう1人の獲物……?

太陽が軌道の天辺まで上り詰め、最も高き場所から大地を焦がしている頃、ミナコロは木々にもたれかかり、昼寝をしていました。


人々を恐怖させる怪物も本を正せば一匹の魔物。休息もまた必要なのです。


しばらくそうしていたミナコロでしたが、身体に違和感を覚え、目を開けました。


すると、彼の腹の上では三匹の小鳥が何やら楽しげに囁きを交わしていました。この森の主に何たる無礼、能の無い生物だとしてもこれは許される事ではありません。


しかも、下を見ればいつぞやの金髪少女までもが彼の足にしがみついたまま眠っているではありませんか。


皆様、お喜び下さい!彼女が戻って来ました!


必ずや、今度こそはこの娘を脅すでもして家族をここに誘き寄せ、まとめて〝遊んで〟やらなければなりませんね。これは楽しくなってきました。


『お嬢さん。可愛らしいお嬢さん』


ミナコロは少女を優しく起こします。

何故か少女はあの時渡した兜を身につけていたので、それをそっとさすりながら。


「ん〜」


『起こしてすまないね。でも、一体どうしてここにいるんだい?』


「あ!私、寝ちゃってたんだ……」


彼女は自分が寝ていた事に今気付いたらしくそう言います。


その後で彼女はミナコロに顔を向けると、頬をぷくりと膨らませ、不満がある事を彼に示しました。


「や・く・そ・く!破った!」


『……そうだったね。ごめんよ』




聞けば少女はあの後無事に両親と再会する事が出来たようです。そして、ミナコロの言葉はきちんと彼女に届いていました。両親は彼の願いを素直に聞き入れたのですね。


しかし、それでも彼女は約束を反故にしたミナコロを許す事が出来ず、わざわざ家を抜け出してたった1人でここまでやって来たのでした。


そしてミナコロを見つけはしましたが、彼がなかなか起きないので自分もいつしかそのまま……


とまあそのようにして怒っている少女ですが、どうやら様子を見ていると、ただあの時に渡された小鳥達が飛べるようになったのをミナコロに見せたかっただけのようですね。


素晴らしい。あの小鳥達は幸運を呼ぶ鳥だったのですね。勿論彼等の存在自体も含みますが、こんなに美味しそうな食料を持ち帰って来てくれたのですから。これならば先程ミナコロにした無礼も多少、許されると言うものです。


『ありがとう。この子達を大切に育ててくれていたんだね。』


ミナコロは言います。

楽しげにふざけ合う三匹の小鳥達を肩にのせながら。


「……」


しかし、少女は黙っています。


怒りがまだ少し、収まらないのでしょう。その思いをぶつけるべき相手の腹と植物の間でごろごろとしているので、苛立ちの度合いはそこまで高いものではなさそうですが。


『……そろそろ帰らなくても良いのかい?パパとママがきっと心配しているよ?』


「ヤダ、帰らない」


『それはまた、どうして?』


「……出て来る時に喧嘩したの。パパとママ『あの魔物は危ない。もうここには来ちゃダメ』って言うから。何にも知らないクセに……だから1人で来たの」


『ハハハ、それは当然だよ。だって魔物は本来、危険なものだからね』


なるほど、あの両親聞き分けだけは良かったものの、ミナコロに対してそんな事を思っていたのですね。


やはり人間は信用ならない生き物です。これは死をもって償わせなければならないでしょう。まずは手始めに、この少女から……


「でも貴方は違うでしょ?」


少女はミナコロの言葉に反発し、そう返します。


『どうだろう?本当はとっても怖い、魔物かもしれないぞ?』


ミナコロはおどけた様子でそう言いました。

彼は少女を暗くなる前に帰らせたいようですね。勿体無い……


「そんなの嘘!違うもん!」


しかし、少女は首を左右に振りながらそう答えます。


それを見たミナコロは逡巡するような顔をした後、少女の頭を兜越しに撫で、優しく説き伏せるようにこう言いました。


『お嬢さん、よく聞いておくれ。パパとママはきっと君が心配だからそう言ったんだ。君が大切なんだよ。だから早く帰って、元気な顔を見せてやると良い。そうすれば、すぐ仲直り出来るよ』


「じゃあ、また来ても良い?良いなら帰る」


『それは……』


「ダメなの?何で!?じゃあ帰らない!」


少女はミナコロの上で駄々をこねます。


『分かった、分かったよ。たまになら良い、たまーにならね。私との約束だ』


「ヤダ!約束破るもん!だからえーと、えーと……契約!契約して!」


『それはまた意味が……まあいい。分かった、契約だ。そしたら今日は帰って、また今度おいで、可愛らしいお嬢さん』


そう言ってミナコロは少女を地に下ろします。

本当に帰してしまうのでしょうね。最近のミナコロは絶対におかしいです。


少女が歩き出すと、彼女が付けている兜の上にあの三匹の小鳥が降り立ちました。どうやら彼等は自分達の家でもある兜を持っている者について行くと決めているようです。


『どうやらその子達は君が気に入ったらしい。すまないが、任せてもいいかな?』


「うん!任せて!」


先程の仏頂面はもう何処かに仕舞い込んだのか、少女はにこりとミナコロに笑いかけます。


『それじゃあまたね、お嬢さん』


「またね!えーと……そう言えば、貴方名前は?」


『私はミナコロだよ』


「みなころ?変な名前!まあ良いや、じゃあまたねミナコロ!それと、私の名前はアン!アン・グレカム!」


『素敵な名前だ。それじゃあアン、気をつけて帰るんだよ』


「うん!」


そうして家へと帰ってゆく少女の後ろ姿を眺めながら、ミナコロはため息を一つ吐くのでした。


『……アン、君はもうここに来てはならないんだ。魔物と会っているなんて他の者に知られてしまえば、君と、君の両親はきっと苦しむ事になる』


……まあ、そうでしょうね。

魔物と人間、本来ならば相容れない存在なのですから。





…………。


とはいえ、どうせミナコロが少女を殺す事はもう、ないのでしょう。


そうなれば、仕方がありませんね。


私共も観念して魔物と少女……いえ、ミナコロとアンの〝契約〟の続きを、見守るとしましょうか。

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