7話 捧げ物 2

もう少しで太陽が眠りに落ちようかと言う頃、少女とミナコロは、ミナコロの身体に付いていた武具を使って野菜の不要な部分を落とし、細かく切り分けていました。


そして今は少女が火を入れずに食べられそうなものを選び、2人でぽりぽりと齧っています。


すると、その時でした。

少女の父親がこちらへと走って来るではありませんか。


「イザベラー!!」


父親はそう叫びます。恐らくこの少女の名前なのでしょう。


そして父親は、少女をミナコロから取り返しに来たようですね。


自分のせいであると言うのに何と愚かな……仏の顔は三度までですが、魔物には二度もありません。こうなれば親子共々、ミナコロの大木のようなあの腕で押し潰すのが適当であると言えるでしょう。いえ、むしろその方が良いのです。


「お父さんっ!」


それを見た少女もすぐさま駆け出し、父と涙の再会を果たすのでした。誠に残念ながら。


「イザベラ、無事で良かった……村の連中に納屋に押し込まれていたんだが、ようやく抜け出せたんだ。さあ、お前は暗くなる前にこの森を北に真っ直ぐ進むんだ。そこで母さんが待ってる。そしたら母さんと一緒に、そのままなるべく遠くへ逃げるんだ。村に戻れば何をされるか分からん。イザベラ、これから2人で大変かもしれないが、母さんと力を合わせて生きていくんだぞ?」


父親はまくしたてるようにそう言います。

ほう、これから夜逃げをするみたいですね。そこからが大変だと言うのに、やはり人間は愚かな生き物です。


「……お父さんはどうするの?」


「……父さんは、これから遠くの街に出稼ぎに行く。さあ、早く行くんだ」


父親はそう言い、少女を促します。

そうして彼女の姿が見えなくなった後で、父親はミナコロの元へと近づいて来てこう言いました。


「神様!どうかお願いです!あの子の代わりに私を殺してください!私が『捧げ物』となります!だからあの子の事はどうか、どうか見逃してください!」


『いいえ、まず落ち着いて……』


突然そのような事を言い始めた父親をミナコロが宥めようとしていると、何処からかあの少女の声が聞こえてきました。


「お父さん!ダメ!」


「イザベラ!何やってるんだ!早く行きなさい!」


しかし、少女はそれを無視してミナコロの前に跪きます。


「神様お願いです!私はどこにも行きません!だから、だからお父さんを……私からお父さんを奪わないでください!」


「ダメだ!神様!どうか私にしてください!」


そう言って2人はミナコロの話も聞かずに互いを庇い合い、涙を流しながら地面に額を押し当てています。これが親子、似た者同士なのですね。


……僭越ながら申し上げますと。


私共としては2人とも殺してあげた方が良いと思うのですが。


なにせ、2人は互いを思い遣っているのですから、そんな彼等を引き離すくらいならば、仲良く天へと送り届けてやるのが両者が本当に幸せになれる一番良い方法だと思うのです。


ええそうです、私共は珍しく、この人間達のためを思って言っているのですよ?


すると、頃合いを見てミナコロはゆっくりと話し始めました。


『2人共、落ち着いて。まず私は貴方がたに何もするつもりはありません。』


「……!では、私の無礼をお許し下さると言うのですか!?何の対価も無しに」


父親はひどく驚いた様子でそう言います。


『……確かにそれは、おかしな話ですね。ならば、貴方に命令をしましょう。それで私は貴方を許します』


「それは一体、どんなご命令でしょうか……?」


父親の声を聞いたミナコロは、側にある切り分けた野菜を指差してこう言います。


『この野菜、私には少し小さ過ぎる。だから持てるだけ持って帰りなさい。そして、妻と子を大切にしなさい。それが例え貴方の意思ではなかったとしても、もしまた娘を差し出さなければならないような事になったとあれば、その時こそ私は貴方を殺してしまうでしょう』


「……はい!ありがとうございます神様!この御恩は一生忘れません!」


『私はそんな大層なものではありません。さあ、もう行きなさい。もう二度とその娘を1人にしないように、こんなにも父親思いの素晴らしい子なんだから。』


「やっぱり……貴方は私にとっての神様です」


『お嬢さんも、良い父親を持って幸せだね。さあ、もう行かないと、森が暗く、冷たくなってしまう前に。元気でね、お嬢さん』


こうして父と娘は、窓掛けをされてすっかり暗くなった空の下を、太陽のような笑みを浮かべながら歩いて行くのでした……

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