5話 餌付けの成果
ある晴れた日の朝、ミナコロは帰らずの森をゆったりとした動きで移動していました。
すると、少女が森の中をたった1人でとぼとぼと歩いているのを見つけました。
気のせいでしょうか、その仕草は誰かに似ているように見えます。
黒髪で痩せぎすな少女です。これではあまり食べ応えもなく、ミナコロを満たす事は出来ないでしょう。ですので、彼ならばそのまま殺してしまうかと思われます。
ですが、ミナコロはその少女へと話しかけました。彼は退屈だったのでしょう。
『お嬢さん。こんな森の中をたった1人で歩いているのかい?』
その声を聞き、少女は頭上を見やります。
彼女はミナコロの姿を目にすると、驚きと何故か喜びが混ざり合ったような顔をし、おかしな事に涙を流し始めました。
「……神様」
少女はそう言い、ミナコロを本物の神であるかのような目で見つめた後、跪くのでした。
少女は先日逃したあの男の、娘だったようです。
そして彼女は男の話を聞いた村の者達がミナコロを恐れ、無礼を詫びるための『捧げ物』として選ばれてしまい、ここへとやって来たのでした。
それならば何の気兼ねもなくこの少女を扱う事が出来るというものです。少々肉付きは悪いですが、これを自由に出来るのですから多少の事は我慢するとしましょう。
さて、ミナコロがこれをどうするのかが楽しみですね。
『しかし、あの男……守るべき者であるはずの娘を捧げ物にしたか!』
ミナコロは珍しく怒気を含んだ口調でそうひとりごちました。今の彼ならば目の前の人間風情など指一本でバラバラにしてしまえるでしょう。
「神様、父をどうかお許しください。父はあの日、他の村人達にも肉を分け与えようとしたのです。そこでつい、その日の出来事を口走ってしまい、こうして……私が捧げ物としてここへと行かされる事にも、最後まで反対していました」
少女は跪いたままの姿勢でミナコロにそう言いました。
理由はどうあれ、あの男の行動が娘を死に追いやる呼び水となったのには変わりありません。何と皮肉な事でしょう。妻と娘を助けるためにした行いが、結果的に娘を殺す事になるとは……全くもって素晴らしい。これだけでもあの男を泳がせておいた甲斐があったと言うものです。
というか、ミナコロの狙いは最初からこれだったのかもしれませんね。彼の計算高さには脱帽です。
『……そうだったのかい』
「はい。ですから、ですからそのお怒りは私にぶつけてください。私はどうなっても構いません。むしろ私の大切な父と母を助けてくださった神様にならば……私は、私は殺されても構いません」
少女はそう言います。
しかしその声は震え、頬は濡れていました。
口ではいくらでも言えます。彼女はやはり死ぬのが怖かったのです。
ですがまあ、ならば望み通り、恐れなのかはたまた畏れなのかは分かりませんが、それを抱いたまま殺してしまうのが礼儀と言うものでしょう。
ミナコロはそれを聞き、少女の頭へと手を伸ばしました。どうやら彼女の言葉には力で答えをくれてやるようですね。
『お嬢さん、落ち着いて聞いておくれ。私は神様でもなければ、君に何かするつもりもない。だから大丈夫、君は安全だ。もう何の心配もいらないんだよ?』
ミナコロの話を聞き終えた少女は気の抜けたような表情をしたかと思えば、その途端に目を潤ませ、今度は激しく泣きじゃくり始めました。
『今までよく我慢したね。たった1人でこんな事をさせられて辛かっただろう。怖かっただろう。だけど、もう君は1人じゃない。私が君の側にいるからね』
ミナコロはそう言って少女を宥めます。
しかし、むしろそのせいで少女はいつまでもいつまでも泣き続けるのでした。
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