4話 つまらない男

馬車が轍を残しながら木々の間へと消えてゆくのを見届け終えたミナコロは、背後でいまだガタガタと震えている、野盗らしき男にその顔を向けました。


「頼む……殺さないでくれ……頼む……」


男は尻餅をついたままの姿勢で首を左右に振りながら、そう言います。


やはり私共には面白い〝食べ物〟であるとは思えません。ミナコロもさっさと殺してしまう事でしょう。


はぁ、実に面白くない。

絶対にあの親子の方が良かった。


しかしまあこれ以上悔やんでも過去は変えられませんので、せめてあの親子が絶望している顔でも想像しながら、傍観を続ける事としましょう。


『服装、その刃物……貴方はもしかすると、農民ではないのですか?』


ミナコロは言います。


男は30代程であり、服は粗末ながらも肉体労働のし易そうなものを着ています。それと、男の持つナタのような刃物には使い込まれた形跡がありました。確かにこれならば、簡単に彼が農民である事が分かります。


「あ……あぁ、そうだ」


『やはり……しかし農民であるはずの貴方が、一体何故こんな事を?』


「…………連日の、この雨のせいだ。作物は全て腐った。それで家族を食わせてやれなくて、つい……本当だ!すまないと思ってる!だから頼む!殺さないでくれ!許してくれ!そうじゃないと妻と娘が……!」


男はそこまで言うと嗚咽し、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き始めました。


ほう、それを聞いて安心しました。

この〝おもちゃ〟にも使い道があったという訳ですね。


これの望みを叶えてやり、ついて行けば先程の親子までとは言えずとも、これとその家族達を楽しく食べられるというものです。


もしかするとミナコロはこうなる事を予測していたのかもしれませんね。流石我らのミナコロです。


『懺悔するなら私ではなく、神にしてください。それと、私は貴方を殺す気はありません』


「ほっ、本当か!?」


男は幾分か安堵したような表情で顔を上げると、ミナコロの次の言葉を待ち侘びるかのように彼の顔を凝視しました。


これがミナコロの常套手段であるとも知らずに……


『ただし、これだけは神ではなく、私に誓って下さい。もう二度とこんな事はしないと』


「誓う、誓う!二度としない!だから見逃してくれ!助けてくれ!」


『よろしい。貴方の覚悟は伝わりました。それでは……』


そこまで言うと、突然ミナコロは自身の肩の辺りにある肉をぶちぶちと音を鳴らして引きちぎりました。


そして、何とそれを男へと手渡したのです。


まさかミナコロが極上の絶望と引き換えに、自らの肉体を差し出すとは……こうなれば必ずやこの男を家族と共に、八つ裂きにしなくてはなりませんね。


『これを持って帰り、食料にしなさい。数日は持つはずです。』


「…………自分の身体を傷付けてまで、人外の者がこんな人間を助けた……神だ!貴方は神様だ!おお、神よ!先程までの無礼をお許しください!貴方は神だ、神様だ……」


『私は神ではありません、ただの化物です。さあ早く、帰りなさい。風邪をひいてはそれこそ貴方の妻子が困ってしまいますよ』


「はい、神様。ありがとうございます……本当にありがとうございます……」


男は何度も何度もミナコロにそう礼を言った後に、肉を持ちとぼとぼと歩いて行くのでした。


まさか、そんなはずは……

恐らく、ミナコロはあの男を泳がせておき、その後で食い殺そうとしている、のだと思います。

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