1話 親と逸れた子羊は、狼の餌食となる

しとしとと雨が降り、苔共が水を含んで肥え太り始めた頃、帰らずの森で一人の少女がそれとはまた違う雨にて頬を濡らしていました。


金色の髪を持ち、贅を尽くしたような服装に身を包んだ美しい少女です。


恐らく親と逸れてしまったのでしょう。どうにか再会する事が出来れば良いのですが……


がしゃり、がしゃり


おや、残念ながらそれは叶わぬ願いとなってしまったようです。


何故ならば、ミナコロが現れたのですから……




自らに打ちつける冷たい雨が唐突に消え去り、それを訝しんだ少女は面を上げました。


するとそこにはミナコロが彼女に覆い被さるようにして立っていたのです。雨が当たらないのは当然でしょう。


それを見た少女は酷く怯え、声すらも出せないようでした。


しかし、私情を挟んで申し訳ないのですが、私共にとってこれは幸運だったと言えます。耳障りに叫ばれればミナコロの〝食事〟を純粋に楽しむ事が出来ない所でしたので……


『お嬢さん、どうかしたのかい?』


ミナコロは彼女にそう言いました。

ミナコロは人間の言葉を真似、話す事が出来るのです。


そうして時には誘い込み、時には油断させ、その後で獲物を貪り食うのが彼の常なのです。


それにしても、何と嫌な趣向を持っている事でしょうか。辟易としてしまいます。それを楽しんでいる私共以外の方が。


「……え?あ、貴方、喋れるの?」


少女は言いました。


『ああ、喋れるよ。泣かないでおくれ、可愛らしいお嬢さん。さあ、私に何があったのか教えてもらえるかな?』


それを聞き、少女の表情がほんの少し明るくなりました。


これから自分を食うはずの相手に対して心を開きかけているのですね。何とも哀れで愚かな、可愛らしい少女なのでしょう。


「パパとママと……逸れちゃったの。私がふざけて馬車から出てしまったら、それに気付かないで馬車はそのまま……どうしよう、もう二度と会えないかも……」


自ら話すうちに思い出してしまったのか、少女は再び泣き出してしまいました。ぼたぼたと零れ落ちる涙は、そこにまた雨が降り出したかのようです。


それを見たミナコロは少女の頭を優しく撫でます。


『大丈夫。パパとママにはきっとまた会えるさ。何せこの私が君と一緒に探してあげるんだから、必ずね』


「え……良いの?ありがとう!」


そうして少女はミナコロと共に、両親の姿を探すため歩き出します。


ミナコロの話が全て嘘だと言う事も分からぬまま……

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