2話 子羊の調理

ミナコロは自らの肉体と植物の間に少女を入れて彼女に降り注ぐ雨を防ぎ、ゆったりとした動作で森の中を進みます。


食べ物が濡れてしまうのは嫌いなのでしょう。その気持ちは良く分かります。


少女はミナコロに抱えられているその高さや、見た事もない武具が側にある事ですっかり気分が高揚しているらしく、先程の涙はどこへやら、楽しげに遠くを眺めたり、武具を手にしてはミナコロに「これはなあに?」と質問したりしています。


餌に自分の身体を好きなようにさせているとは、今日のミナコロは珍しく寛大な心を持っているようですね。


『それでお嬢さん。君がパパとママから逸れてしまったのはこの辺りで間違いないんだね?』


「うん。多分ここだったと思う」


ミナコロは少女にそう聞くと、周囲をぐるりと見回しました。


すると、そこから遠く離れた場所に馬車を見つけました。恐らくですが、あれが少女の乗っていたものでしょう。


それにしても、ミナコロは何故ここまで素直に彼女の手伝いを続けているのでしょうか?後は食べてしまうだけにも関わらず。


ああ、なるほど、分かりました。もしかするとミナコロは彼女と両親が再会した所をぱくりと食べてしまうつもりなのかもしれません……


それはそれは何とも面白い考えですね。そうと分かれば一刻も早く、少女と両親には感動の再会を果たしてもらいたいものです。


しかし、ミナコロは馬車を見つめたまま動こうとしません。馬車がおかしな動きをしている事に気付いたからです。


よく見れば、馬車は盗賊か何かに追われているようでした。


これはいけません。


両親が殺されてしまえば少女は単に絶望だけをしてしまいますから、〝上げて落とす〟と言う手の凝った調理が出来なくなってしまいます。


ミナコロもそう思ったのでしょう。

少女を自分の身体から取り出して地面に立たせると、彼は焦りを見せながら彼女にこう告げます。


『お嬢さん。訳は言えないが、事は一刻を争う。どうかここで待っていておくれ、必ず戻るから』


「そんな……1人にしないで……」


そう言うミナコロに彼女は抱き付き、不安げな様子でそう懇願します。この子は捕食者に何という態度を取るのでしょう、そこまでして食べられたいのでしょうか?


しかしミナコロはそんな彼女の頭を撫でながらこう言います。どうやら彼の沸点を上昇させる事だけは避けられたようですね。


『参ったな……そうだお嬢さん、これを持っていておくれ』


そう言うと、ミナコロは身体に生えた植物の中から一つの兜を取り出し、それを少女に手渡しました。


「これは?……きゃっ!?」


少女は驚き、小さく叫びます。

ミナコロから渡された兜の中に、小さな鳥のヒナが3羽いたからです。


これは恐らく……ミナコロがおやつ代わりにと持っていた〝もの〟なのでしょう。それをわざわざこんな少女に渡してしまうとは、やはり今日のミナコロは何かがおかしいですね。


『その子達は全員が小さな魔法使いなんだ。何故ならほら、すぐに君を笑顔に出来ると言う特別な魔法を持っている。ね、これなら1人じゃないだろう?絶対に戻って来るから、それまでここで待っていてくれないかい?』


確かに、ぴよぴよと鳴く鳥のヒナを見た彼女の顔にはとても嬉しそうな表情が浮かんでいます。


……そうでしたか。

どうやらこれはミナコロが彼女をもっと喜ばせ、そしてそこから突き落とすための言わば『スパイス』のようなものだったんですね。流石ミナコロです。


「フフ……うん!分かった!」


そう言うと、ようやく少女はミナコロから離れるのでした。


それを見てミナコロは馬車へと急ぎます。

「早く帰ってきてね!」と彼に向けて手を振る少女に、その数倍以上もある掌を見せながら。

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