第6話:大学休学して、実家の千葉から種子島へ行って、「初恋の形をした少女」に出逢った。

 東京大学に入学できた。これで良い会社に入って、大切な人を幸せに出来る。


 大切な人が、傍に居ない。大切な人に、嫌われた。


 学歴と引き換えに、初恋を完全に失った。


 生きる気力が、湧かなくなった。


 だから——入学早々休学して、関東から出る事にした。空気を吸うのすらままならない関東から。

 自分の知らない場所に行けば、空気を吸う事くらいは出来るようになると思ったんだ。絶望が洗い流されると——責めて、緩和されると思ったんだ。

 自転車を使って、鹿児島まで向かう事にした。目的地は、種子島。

 昔見た恋愛アニメ映画で、そこが舞台になっていたからとかそんな理由。

 まず地元の千葉から東京と神奈川を横断して、

 静岡を、愛知を、三重を、岐阜を、滋賀を、京都を、大阪を、和歌山を。

 和歌山からフェリーを使い四国に渡り、徳島を、香川を、高知を、愛媛を。愛媛からフェリーを使い九州に渡り、大分を、熊本を、宮崎を、そして鹿児島へ。合計二カ月かけて渡った。

 自転車を進ませれば進ませる程、多少は呼吸が出来るようになっていく体感があった。

 と言うより、何も考えずにいられたんだ。少なくとも、夏海(なつみ)の事は。 

 鹿児島中央駅に着いた。展望台から見下ろした、駅前にそびえ立つ夜の観覧車の光は、どこか幻想的だったが、やるせない現実を俺に思い知らせたのを覚えている。

 そしてフェリーで目的地——種子島に着いた。

 種子島は大きく、三つの町に分けられる。鹿児島から来るフェリーを泊める港がある西之表(にしのおもて)市。細長い島全体の真ん中に位置する中種子町(なかたねちょう)。JAXAの宇宙ロケットのある南種子町(みなみたねちょう)。

 アルバイトをする事にした。休学期間はたっぷりある。

 塾で働く事を選んだ。中種子町に一つだけある私塾、中種子(なかたね)塾(じゅく)だ。東京大学の学生を一番欲しがる職業を連想したら、塾講師という選択に行きついた。

 そして……個別講師としての初日——彼女に——出逢った。


「初めまして、渡(わたり)春(はる)先生! 小橋(こばし)海(うみ)夏(か)と言います!」


 その少女は——あまりにも——似すぎていた。

 アイツ——高木(たかぎ)夏海(なつみ)と。小学生時代の、夏海(なつみ)と。

「初恋の形をした少女」と、出逢った。

 これは神様のくれた奇跡? それとも、悪魔の誘(いざな)い?


 俺の家には小学生時代の夏海(なつみ)の写真しか無い。だから中学、高校時代の彼女の姿を、正確に思い浮かべる事が出来ない。大学生の姿ですら、一度しか会っていないから、やはり正確に今の姿を想像できないのだ。

【ハルちゃんが好きなのは今の私ではなく、小学校の時の私を好きだったんじゃないかな】——中学時代に、夏海(なつみ)が手紙の中で書いていた言葉。

 俺が夏海(なつみ)を想い浮かべる時、常に小学生の姿をしている。

 身長百四十センチくらいの、少女らしい小柄な姿を想い浮かべる。

 小学校二年間——約七百三十日間、毎日顔を合わせた夏海(なつみ)の姿しか、想い浮かべる事が出来ない。中学、高校、大学生の彼女がどんな姿をしているのか、分からない。

 そんな俺にとって——初恋を十年追い続けていたらいつの間にか「ロリコン」になっていた俺にとって、この「小橋(こばし) 海(うみ)夏(か)」という少女との出逢いは間違いなく——、


 悪魔の誘(いざな)いの方だ。


 そうして、俺が種子島にやってきて、一年近くの時が流れた。二十歳を迎えてしまった。



 この物語は、俺が小学生と付き合う事に成功して精神的に成長する話なんかじゃない。

 初恋をいつまでも引きずっているような男に——、

 あるいは、好きな人が別の誰かと幸せになる事を自分にとっての不幸としか感じられないような男に——、


 精神的な成長など起こりえないのだから。


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あの遠い日々の初恋は今や、『背徳』《初恋に破れたバスケットマン東大生が現実逃避先の種子島で『初恋の形をした少女』と出逢い、ロリコンになってしまった話》 @sinotarosu

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