第5話:初恋に呪われた、高校時代
高校時代の話を聞いて欲しい。
俺の中学は中高一貫だったので、受験もせずにそのまま高校に進学した。
俺はバスケ部に入った。目標は全国制覇でも青春を楽しむ為でも無く……別の高校でバスケ部に入った夏海(なつみ)の彼氏を公式戦で倒す為。
「倒して何になる?」なんて考えは無かった。心に空いた穴を埋めるように、俺はバスケに心血を注いだ。
高校の体育館での練習中、俺は何度も先輩や同期と喧嘩になった。
「ハル! 何であの状況でパスしないんだ?」
「そんなやり方じゃ、勝てないからです」
「はあ⁉ 誰にだよ?」
答える事なんて出来なかった。胸の中に隠し続けた。
しばらくして、バスケ以外の全て邪魔になり、授業をさぼってストリートコートでバスケをしてから高校へ部活をしに行く生活を送った。だがすぐに先輩に知られたので、それが出来なくなった。
付き合っていた彼女は気づいたら別の男とくっついていた。俺が構わな過ぎたからだ。
高校を二年生に上がる冬休みに辞め、別の高校に転入した。理由は、茨城の高校のバスケ部では千葉の高校のバスケ部と公式戦で戦えないから。夏海(なつみ)の彼氏と戦えないから。
高三の春になり、夏海(なつみ)の彼氏と戦える千葉県大会の日を迎えた。この日の為に、部内練習以外の時間、ストリートコートで二メートル級の黒人達に修行を付けて貰った。
加えて、百七十センチ無い俺でもダンクが出来るようにジムで体を徹底的に鍛えた。戦う準備は万全だった。
熱気溢れる体育館の中、大会冊子で、夏海(なつみ)の彼氏が所属する高校の選手一覧に目を通すと。
(……は?)
夏海(なつみ)の彼氏の名前は記載されて無かった。
風の噂で聞いた。部活を辞めたのだと。
ついでのように、夏海(なつみ)をフッたという事も聞いた。
それを知った時、俺の中に一気に虚無感が襲いかかった。俺は一体、何を目指していたのだろう、と。
千葉県大会は優勝した。俺が得点王となってチームを導いた。「百七十以下の背丈でダンクが出来る選手」として大人達に持て囃され、その時期「月刊バスケットボール」の表紙を飾る選手に選ばれた。
でも、全国インターハイに出場する前に、バスケ部を辞めた。俺の目的は、既にこの時点で失われてしまっていたのだから、部に残る理由は無かった。
それから俺は高三になるまで何となく勉強して、何となく学校に行った。
夏海(なつみ)に連絡を取る気になんてならなかった。「彼氏と別れたなら俺と付き合ってくれ」なんて言える訳が無い。
(「一生に一人の人」って言っていたのに、何故? 恋って……何?)
「好きな人に好きになって貰う努力」の定義が……分からなくなった。
☆
部を辞めてから、塾に通い始めた。
そこで神様は運命の悪戯を引き起こした。
夏海(なつみ)の姿があったんだ。
塾のビルの扉の前で夏海(なつみ)と鉢合わせた。
「ハルちゃん……」
「高木……」
俺も夏海(なつみ)も、目を丸くして互いを見つめ合った。
夜の小学校。俺達は校庭を見回しながら想い出に浸った。ブランコやジャングルジム、そしてバスケットゴールを見て。
小学校のクラスメイトの皆が今何しているか? とか、塾の先生が優しいとか、そんなたわいない会話を交わした。
「あの時はごめんね」
家に帰る途中、ふと夏海(なつみ)が口を開いて沈黙を破った。
「……何が?」
「私がもっと、別のやり方を取っていれば……別の言い方をしていれば……ハルちゃんを傷つけずに済んだかもしれなかったから……」
何も、言い返せなかった。
代わりに――、
「また、会える?」
そう聞いた。
すると夏海(なつみ)は首を横に振った。
「私はハルちゃんを好きになれない。理屈じゃなくて、心で。……ごめん」
それ以上何も会話する事無く、俺達は各々家に帰った。
自分の部屋で、独り呟いた。
「どうすれば……どれだけの何をすれば……好きな人に好きになって貰えるのだろう?」
その後、俺は大学受験に失敗し、東大目指して一年、浪人する事になった。夏海(なつみ)は地方にある、それなりの大学に進学するようだ。
俺の家系は祖父、両親、兄弟、いとこまで東大出身の家系だから、俺も東大を目指さざるを得なかった。
良い大学を卒業して、良い会社に入って、良い給料を貰わないと、大切な人を幸せに出来ないから。
浪人が決まった三月、高校卒業時期。俺はまた夏海(なつみ)宛に手紙を書いて、彼女の家のポストに入れた。
色々長文で書いたので、一部しか覚えていないけど、この一文を書いた事だけは強く覚えている。
【このまま行けば、お前にとっての幸せは、俺にとっての不幸にしかならない】
今振り返っても、何故こんな事を書いてしまったのか分からない。あの時の感情の根源は「恐怖」だったのかもしれない。俺が浪人中に夏海(なつみ)がまた彼氏を作ってしまうことへの恐怖。
一年後、俺は東大へ無事に合格した。
――風の噂で聞いた。夏海(なつみ)は同じ大学の男と付き合い始めたとか。
それでも恋の毒は今でも、俺の全身を侵したままだ。小学生の時の少女の笑顔が、何年経ても脳裏から消えてくれない。
十九歳の三月、東大入学直前の冬。大学二年を迎えようとしている夏海(なつみ)が春休みで帰省していたので、卒業した小学校で十六時に会って貰った。
夕暮れに染まった想い出の小学校で、「もう私に関わらないで」と言われた。
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