あの遠い日々の初恋は今や、『背徳』《初恋に破れたバスケットマン東大生が現実逃避先の種子島で『初恋の形をした少女』と出逢い、ロリコンになってしまった話》
第4話:初恋の少女に相応しくなる為に努力した、中学生時代
第4話:初恋の少女に相応しくなる為に努力した、中学生時代
次は、中学三年生の頃の話を聞いて欲しい。
小学校のクラスメイト全員が千葉県の地元の中学に進学する中、俺は茨城県の中高一貫校に進学した。
小学校時代、クラスの落ちこぼれだった俺は中学時代の三年間、必死に夏海(なつみ)に好きになって貰えるよう努力した。勉強も頑張ったし、小学生時代の夏海のようになりたくて陸上部に入った。太っていた体形は痩せ、筋肉も少しつき、クラスの女子に少しはモテる程度の顔になった。
俺は長距離の種目を選んだ。マラソン大会一位だった夏海(なつみ)の事を思い浮かべながら、彼女に相応しい男になる為三年間、走って、走って、走った。
走って、走って、走った。走って、走って、走って——走った。
そんな、校庭を毎日黙々と走る俺を見る同級生の女子の中に、俺を好いて告白してくれるような女子も現れたけど、「好きな人がいるんだ」と言って断った。
毎日、家から最寄り駅までの通学路にある、坂の下の夏海(なつみ)の家を横切って朝七時に登校、二十時に帰宅する日々。最寄り駅までの道のりで夏海(なつみ)の家を通らない以外のルートは無い。毎日夏海(なつみ)の家を見ては、彼女の姿を想った。
中三の終わり頃までには、彼女に相応しくなってみせようと思い馳せながら、陸上に打ち込む日々。ひたすら走る日々。
中三の九月になった時、スポーツ万能だった夏海(なつみ)に引けをとらないくらいスポーツで強くなれた気がした。
やっと夏海(なつみ)に相応しい男になれたと思ったから、思い切って告白したんだ。彼女の家のポストにラブレターを入れた。
【小学生の頃から気づいていたと思うけど、君が好きだ】【君のようになりたくてこの三年間陸上部を頑張ってきた】【二月のマラソン大会で一位になってみせる。小学生の時の君のように】【来週の日曜日の二十時、青春(あおはる)公園に来てください】——こんな事を当時、書いた気がする。
青春(あおはる)公園——俺と夏海(なつみ)の家の近くにある公園。夏になると祭りが開かれるくらいには規模のある公園。
夜の青春(あおはる)公園。木々に囲まれていて、一本の街灯だけが夜の公園を照らしていた。
街灯の下で夏海(なつみ)を待つ俺の心臓は異常なまでに高鳴っていた。
時計を見て時刻確認。後十秒で二十時。三……二……一……、
その時、背後からズサズサと草むらを踏む足音が聞こえた。俺の心音の速度は、更に拍車がかかった。
「——ハル……ちゃん……?」
静寂の公園に、三年ぶりに聞く少女の声。少し声変わりを感じる。振り返ると、
夏海(なつみ)の姿が。三年間で背がかなり伸びていた。
「手紙、ありがとう」
「あ、いや……俺の方こそ、急にごめん」
上手く会話が続かない。自分の心音が速すぎて言葉を上手く紡げない。
テンパる俺は唐突に街灯のすぐ左にある木製のベンチを指して、
「ここ、座る?」
気まずそうな顔の彼女は何も言葉を発さない。言葉選びを間違えた。
あたふたする俺は、次にどうするか頭の中で巡りに巡らせ——それでも言葉が出てこない。
すると夏海(なつみ)が先に——、
「ごめん……私……付き合っている人がいるんだ……」
それから先は頭が真っ白になってよく覚えていない。夏海(なつみ)は、逃げるように公園から去って行った。
その後、小学六年の時のクラスメイトだった男友達から、夏海(なつみ)の彼氏がどんな男かについて聞いた。彼は夏海(なつみ)と同じ、地元の中学に進学している。
容姿、学業、部活動、全てにおいて一位を取っている、理想の王子様のような男だとか。夏海(なつみ)と同じクラスであり……バスケ部でキャプテンの男。
それでも未練がましい俺は十一月、もう一度告白した。彼氏持ちの女子にだ。
坂の下の、夏海(なつみ)の家のポストに手紙を忍ばせた。
こう書いた。【俺と同じ高校に来てください】【もう一度あの公園で会って下さい。日曜日の二十時に待っています】、と。
それから一か月間、日曜日の二十時に俺は公園に向かった。正確な日付は指定しなかった。何日でも待つつもりだったから。
そのまま、十二月を迎えてしまった。彼女は公園に姿を現さなかった。
最終的に、思いきって直接家に電話する事を選んだ、小学生の時の連絡網があったから、彼女の家の電話番号は知っていた。彼女は電話に出てくれた。
「ごめん、突然電話して」「ううん」「……」「……」「最近……どう?」「普通……かな?」
相変わらず会話が下手だ。電話越しの沈黙が三分程続いてから、
「高校は……」
彼女が口を開いた。
「高校は、もう進学先が決まっちゃっていて……」「そう、か……」
分かっていた、同じ高校に来てくれなんて常識外れな事を言っている事は。だけど想像せずにはいられなかった、制服姿の彼女と毎日一緒に登校する自分の姿を。
歩いて三分かからない、坂の下にある彼女の家へ、毎日迎えに行く自分の姿を。
分かっていた——それでも、苦しい。吐きそうなくらい胸が痛い。
「じゃあ……責めて……」
乾ききった声で、
「最期に……もう一回……会えない?」「……うん」
彼女の声も、俺の声と同じくらい、泣き出しそうなくらい乾いていたのを覚えている。
十二月二十五日の朝六時に、青春(あおはる)公園で会う約束をした。
そして二十五日――クリスマスの早朝を迎え、公園に向かった。
朝の六時になったが、誰も来ない。八時まで待ったが、彼女は姿を現さなかった。
自宅に戻ると、俺の家のポストに一通の、緑色の封筒が入っている事に気づいた。朝起きた時には入ってなかった封筒が。差出人の名が記載されていない、俺宛の手紙。
手紙にはこう書いてあった。
【やっぱり今日は行けません。ごめん。
理由は予定が入ったとかではなく、私自身に問題があるからです。
ハルちゃんがこの三年間、陸上を頑張ってきたように、私もバスケを頑張ってきました。
この三年間は小学校の時以上に頑張ってきたつもりです。
それは胸を張って言えます。
とても充実した中学校生活だったと思います。
私は今の中学校に来て、性格が少し変わりました。
小学生の時のままでもあるとは思うけど、やはり変わった所もあると思います。
極端に変わったわけではないけれど、今までと物のとらえ方が変わったと思う時も自分で感じます。
この三年間で少しでも変わった性格をハルちゃんは知らないと思います。
だからこそ、本当に今のままの私でいいのかをよく考えてみて下さい。
ハルちゃんが好きなのは今の私ではなく、小学校の時の私を好きだったんじゃないかな。
もし今のままのわたしが好きなのだとしても、今の私のどこが好きなのか言えないと思うんだ。
責めてるんじゃないよ。
ただ、ハルちゃんが好きだったのは小学生の頃の時の私だったと思うんだ。
だって今の私が好きだとしたら、それは会ってないのに何故わかるの?
「昔のままの私」だとしたらその考えは成り立つと思うけど、私は昔のままではありません。
さっきも言ったけど、私も変わりました。
身長も、性格も、物のとらえ方も。
そのままの小学生の時と同じくなんてできません。
ハルちゃんが陸上を始めようとしたように、何かが毎日変わっていくんだと思います。
だけど、五年間も想い続けてくれてありがとう。
本当にありがとう。
そんなことができるハルちゃんだったら私よりもっといい人が見つかると思います。
私もようやく見つかりました。
今思っているだけかもしれないけれど、本当に一生に一人の人だと思っています。これから先、変わるつもりはありません。
だからこそ、今日ハルちゃんには会えません。
告白を私なんかにするのではなく、私よりもっとすばらしい人にして下さい。今日また私があいまいに会いに行ったらいけないと思います。
もう手紙も書かないで下さい。私が優しくして期待させたら最低だと思うから。
ハルちゃんが私よりいい人を見つけたら、又会いましょう。
ごめんね】
「ごめんね」という文末には、「さようなら」という言葉を消しゴムで消した痕があった。
二月になりマラソン大会を迎え、俺は一位となった。小学校の時の夏海(なつみ)と同じく、一位に。
三月の初め、産まれて初めて女子に告白された。付き合う事にした。
三月中頃、二十時。学校からの帰宅途中、夏海(なつみ)の家近辺で暗闇の中、夏海(なつみ)と、背の高い男がキスしている所を見かけた。世界が砂になった。
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