戻ってきてくれないか

大久保は悩んでいた。はっきり言って今の政府は人材不足である。“だが,,,”大久保はためらった後に、何度か出しあぐねていた手紙をとある男に出すことにした。

「久しぶりだな」大久保が手紙を出した相手は木戸であった。

「来てくれるとは思いませんでした」大久保は久しぶりにもかかわらず、いたって静かに答えた。大久保が木戸に出した手紙は「話したいことがあるからあってほしい」といういたってシンプルなものであった。この話し合いこそいわゆる大阪会議である。

「木戸さん、単刀直入に言う。政府に戻ってきてくれませんか?」大久保は端的に告げた。それを聞いた木戸は

「やけに他人行儀になったなぁ」と軽くからかった後で、真面目な顔になって言った。

「大久保、ちょっと虫が良すぎると思わんか?」それは当然の反応でもあった。

「台湾出兵の時、俺の意見を無視しながらも、今度は自分が困っているから戻ってきてくれなんて勝手だろ。悪いが俺はそんな話を一つ返事で受けいるほどお人好しじゃない」そんな木戸の反応を大久保は重々承知した上で答えた。

「ああ。自分でもわかってる、だからそちらの言い分はなんでも聞くつもりだ」それを聞いた木戸は言った。

「なら、西郷を政府に戻してくれ」

「それは,,,!!」大久保はひるんだ。西郷が辞めて以来、大久保は西郷と連絡を取っていない。いや、厳密にいえば部下を使って現状を探らせたり、それとなく政府に戻るようほのめかしたりした。それでも西郷は依然として「おいは薩摩に残る」と譲らなかった。それを知っていて木戸はあえて言ったのだろうか。その顔にはいたずらっぽい表情がのぞいている。大久保は軽く腹立ちながら何も言えないでいた。すると木戸が口を開いて言った。

「意地悪して悪かったな。だが、台湾出兵の時のことも考えたらこのぐらいは許されるだろ。これでチャラだ。あんたが一番西郷さんに戻ってきてほしいことなど知っている。どうせ、根回ししたが断られた。そんなとこだろ。今回、俺にまで声をかけたくらいだ。政府は相当困ってるんだろ?せっかく苦労して作った政府だ。俺だって潰れてほしかあない。俺は政府に戻ってもいいと思っている。」それを聞いた大久保はひとまず安心した。そして木戸が政府に戻るための手続きを行おうとした。しかし、木戸の言葉には続きがあった。

「だが条件がある。国会を作れ」

「国会?」大久保は戸惑った。今まで肥前や土佐のものが国会を開くように要求してきたことはある。実際、土佐出身の板垣退助は西郷とともに政府をやめた後、民選議院設立の建白書を出してきたり自由民権運動の中心的役割を果たしていた。しかし、それは肥前や土佐の発言力が弱いからである。自分の意見を聞いてもらうために彼らは国会開設を要求してきた。だが一方で、木戸は長州出身である。自分の意見など、通そうと思えばいくらでも通せるのだ。それにもかかわらず、木戸はわざわざ政府に戻る交換条件として国会開設を要求してきた。大久保にはその理由が分らなかった。

「別に、すぐに作れと言っているわけじゃない。ゆっくりでも良いから、準備してほしい」木戸は付け加えた。そして、大久保の疑問を察したように言った。

「俺は、長州出身だ。別に俺のために国会を作れと言っているんじゃない。ただ、世の中には国会を作って欲しいと思っている人が大勢いるだろ。それに少しでも答えなきゃ、今までこの国をよくしようと死んでった奴に顔向けできんだろう。」木戸は少し悲しそうな笑顔を大久保に向けた。それから少し間を置いて

「あんたにはもっと話し合ってほしい」と加えた。木戸の目は真剣だった。

「わかった」大久保は木戸の要求を認めた。そして、徐々に国会開設の準備をすることを条件に、木戸は政府に戻ることになった。

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