おまえまで
「結局、伝えなかったのか」西郷が政府をやめた後、木戸は大久保に問うた。
「政府をやめないでほしいとは言った。じゃが、わしには止められんかった」そう大久保は悲しそうに言った。
「あんたとしては言ったほうか」木戸はそう言って、大久保をこれ以上責めることをやめた。大久保がとてつもなくへこんでいると感じたからだ。だが一方で、大久保の口下手さを今まで以上に心配した。”もし、西郷に何も伝えないままでいたら、いつか本当に後悔する日が来るかもしれない。それどころか、今まで以上に心を閉ざして、もう人のことを頼らなくなるのではないか”そんな木戸の悪い予感は当たってしまう。西郷が政府を去った後、大久保は岩倉とともに独裁的な政治を始めた。
そして事件が起こる。1874年、台湾出兵。西郷の弟である西郷従道が台湾で起こった琉球漂流民殺害事件をきっかけとして、台湾に出兵してしまうのである。
「従道が出兵した⁈」知らせを受けた大久保は驚いた。
「待てといったのに,,,」大久保は悩んだ。”従道め、勝手に出兵して!この案件には反対派も多い。木戸さんも断固として反対していた。だが、今さら撤兵するのも分が悪い。ここは覚悟を決めるしかないか,,,”大久保は仕方なく従道の出兵を認めた。木戸が大久保のもとに怒鳴り込んできたのはそれから間もなくのことだった。
「大久保、あんた従道の出兵を認めたらしいな!」
「ああ」大久保はなるべく冷静を装って受け答えた。
「西郷の朝鮮出兵には反対しておいて、従道の台湾出兵を認めるとはどういうことだ⁈」木戸は怒った。
「あれとは、状況が違うだろう。従道はもう出兵してしまっている。今さら止めるほうが混乱を招く」そう、冷静に告げる大久保に
「あんたは同じことを西郷さんの目を見て言えるか?」と問うた。大久保は一瞬ひるんだが、すぐに真顔に戻り、そっけなく
「ああ」と答えた。木戸は
「そうか」と軽く呟き言い放った。
「俺は政府をやめる。自分の理念を貫けないやつの顔など見たくもないわ!」そして木戸は辞表を大久保の机の上にたたきつけた。
静寂の中に大久保は一人取り残された。
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