行かないで

「吉之助さあ、おるか?」大久保は西郷の家に入った。

「正助どんか。おはんが来た理由ならわかる。悪いが帰ってくれんか。わしは政府をやめる。気持ちを変えるつもりはない」そう告げる西郷の態度はめずらしく頑なだった。それでも大久保は帰らなかった。

「吉之助さあ、わしは帰らん。吉之助さあがわしのことあまりよく思っとらんのは分かる。じゃがわしは吉之助さあと話したい」大久保の目は真剣だった。それを見た西郷は少し悲しそうに告げた。

「もし、おはんがもっと早くおいと話してくれていたら違ったかもしれんなあ。いや、正助どんは来てくれたか。もしかしたらおはんが欧米に言ったあの日からこうなることは避けられんかったのかもしれん」

「吉之助さあ,,,」大久保は否定したかった。欧米に行っていている間も、そのあとも、大久保は変わらず西郷のことを思い続けていたのだから。だが、長年隠し続けてきた思いを今さら西郷にどう告げられよう。

「吉之助さあ、おいは、辞めてほしくない」大久保は勇気を振り絞り、かろうじて伝えた。一瞬、西郷の目が気持ちの動揺を表すかのように揺れた。しかし、すぐに戻り、それから西郷は少し困ったような顔で言った。

「正助どん。悪いが、おいの気持ちは変わらん。きっと政府はおいがいなくても大丈夫じゃろう。日本のために頑張ってくれもんそ。おいは薩摩に戻る」

「吉之助さあ,,,」結局、大久保は西郷に思いを伝えることが出来なかった。

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