恋敵との帰り道

「お気持ちはありがたいですが、わざわざ送っていただかなくて本当に結構ですので」改めて大久保は桂に断りを入れたが、

「せっかくだ。よくよく考えたら俺は、西郷さんと話したことは何度かあるが、あんたと話したことは一度くらいしかない。あんたともっと話したいと思ってもばちは当たらんだろう」と大久保の要求を無視した。それから少し間をおいて桂は

「しかし、あんたと西郷さんは本当に仲がいいんだな。西郷さんと話していても、あんたの話題が出てくるし、あんただってこうやって人様の家まで西郷さんを追いかけにやってくる。長州の仲間には死んでしまったものも多いからそういう間柄の人間がいるというのはうらやましいよ」と告げた。それに対し大久保は

「それは薩摩に対する皮肉ですか」と、少しきつい口調で言い放った。

「いや、そういう気持ちはなかった。気を悪くさせたなら済まない。確かに禁門の変の時には多くの仲間が薩摩藩士に殺されたが、何もそれは薩摩だけが悪いわけじゃない。俺にだって、仲間を止められなかった責任がある。あの時、俺が説き伏せることができれば、いや、体を張ってでも止めることができれば、今この瞬間だって、奴らは生きることができたかもしれない。でも、無理だった。だから、単純に信頼できる男が大久保さんのそばにまだいることがうらやましかっただけだ」そう悲しそうに桂は笑った。大久保は切なくなった。桂の思いなど知らないで八つ当たりしてしまったことを反省した。そして、罪滅ぼしの意味もこめて、少しだけ話すことにした。

「せっかく、送ってもらているのに、きついことを言ってすみません。わしは、幼少期から、西郷さんのことを尊敬していました。だから、できるだけいつも西郷さんのそばにいて、少しでも西郷さんから学びたかった。今回、あなたが西郷さんと出かけていると聞いて、子供じみていると思われるかもしれませんが、わしはあなたに嫉妬しました。」大久保は、ゆっくり告げた。

「あんたが、そこまで自分の思いを教えてくれるとは驚きだ」桂は口にしたように、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに引っ込めて続けた。

「大久保さんが思っていたことは分かった。確かに、西郷さんから学ぶことはたくさんある。今回は独り占めして悪かった。今度からは西郷さんと話すときは大久保さんのことも誘おう。だが、一つだけ言わせてほしい。西郷さんはあんただけのものじゃない。あの人は、いろんな人と出会って、どんどん世界を変えていくだけの力を持っていると思う。だから、あんたの思いが西郷さんの足かせになってしまう時が来るかもしれない。でも、それは大久保さんの本望じゃないだろ?それともう一つ、あんたはそうやって、ちゃんと自分の意見を人に伝えたほうがいい」大久保は一瞬あっけにとられ、何か言おうと思った。しかし、大久保の自宅は目の前に迫っていた。

「ここが大久保さんの家か。じゃあ俺はここで」そう告げる桂に

「桂さん」と引き留めることが、今の大久保には精いっぱいだった。

「桂でいい。俺も今度から大久保と呼ぶ」そう言って、桂は去っていった。


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