吉之助さあは渡さない

ずっと西郷を思い続けていた大久保にとって、恋敵が現れたのは一度や二度のことではない。なんせ西郷は立派な男だ。男からも女からもよくモテる。実際、西郷には奥さんもいたし、月照という坊さんと共に身投げしたこともあった。安政の大獄で殺されてしまった橋本左内とも手紙をやりとりしていたそうだし、主君である島津斉彬のことも西郷は心から慕っていた。西郷のそういった思いを知ることは、もちろん大久保にとって辛かったし、西郷への思いを諦めることができたら、よっぽど楽だっただろう。それでも大久保は西郷のことを慕い続けた。側にいれるだけでも嬉しかったし、何より“この人と時代を変えたい”という幼少期からの強い思いがあったからだ。しかし今、大久保の目の前には邪魔になる人物がいる。桂小五郎だ。ずっと、西郷のとなりには自分がふさわしいと大久保は思っていたし、それを強く望んでいた。だが、もしかしたら時代を西郷とともに変えるのが、自分ではなく桂かもしれない。西郷が自分よりも桂の方を評価してとなりに置くかもしれない。そんな不安が溢れてきては止まらなかった。大久保にとって、西郷のとなりに自分がいない未来など、何よりも避けたくて怖いものだった。

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