思わず叫んだ言葉に、少しだけ光を取り戻した菜月の瞳に彼方は無意識に息を吐いた。

 これ以上、苦しまなくていい。これ以上、抱えなくていい。

 もう、十分すぎるくらい彼女は独りで頑張ってきたのだから。

 祓ってやる。何が何でも。この女だけは絶対に。


「あら、あらあらあら。

 もしかしてその程度の実力でわたしに勝つつもりでいるのかしら?」


 心底不思議そうな顔でこちらを見つめる女に彼方は静かにブチギレていた。


「……ばく

 テメェはもう黙りやがれ」


 少々手間取ったが、術は上手く発動した。

 かわされ続けた攻撃は想定内だ。むしろそれを利用して網を張った。

 張り巡らせた霊力の糸を引き絞り、女を締め上げる。

 突然拘束された女はパチリと目を瞬いて彼方を見ていた。


「どうして女の橘に執着しているかなんてもうどうでも良い。消えろ」


 酷く冷たい声が出た。それに呼応するように黒狐の炎が最大火力で女を包む。

 その寸前で女が口の端を釣り上げた。


「ふ、ふふふ。これで勝ったつもりなんて本当に愚かで可愛らしいわね」


 異形の牙が拘束を食いちぎる。ふわりと飛び退いて黒い炎を回避した女が黒狐に向かって糸を吐き出した。黒狐が反応するより先にその体躯たいくを縛り上げる。


「拘束ってこうするのよ」


 そのまま目に留まらぬ速さで彼方とシロを拘束した女はゆったりとした足取りで菜月に歩み寄り、優しく微笑んだ。


「本当にあの女にそっくりになったわね。

 陰陽師を頼るなんてあの女より頭が回るようだけれど、この程度じゃあどうしようもないわね?」


 絶望に染まる菜月の瞳に女は満足そうに目を細める。


「気が変わったわ。あの坊やも貴女の誕生日までは生かしてあげる。

 だから、もっと絶望しなさい。

 あの女のもとに生まれたことを悔いて、嘆いて、恨んで、苦しんで苦しんで苦しみぬいて、私に食べられなさい」


 人をかたどった手がそっと菜月の頬を包み込み、優しく撫でる。

 蜘蛛の糸でグルグルにされた状態でそんなものを見せられて、彼方ははらわたが煮えくり返りそうだった。ふつふつと怒りがこみあげて視界を赤く染めていく。そしてその衝動のままに力を解放した。


「ふっざけんな。橘は俺が守る。死なせない。

 俺如きにテメェは祓われるんだよ!」


 ドンという衝撃と共に女が菜月の方に傾く。

 それを阻むように見えない壁が菜月と女の間に張り巡らされたのを確認して、女の背中に刺した短刀を更に押し込んでありったけの力を短刀に流し込んだ。

 苦痛に歪む女の顔をざまぁみろと睨む。

 あと少し、あと少しで祓える。そう思った瞬間、ぷつりと手応えが消えた。

 彼方の手から短刀の感触が消えた瞬間、女の気配も掻き消えた。

 これは祓えたわけじゃない。逃げられた。

 追跡しなければ。あの女は今、祓っておかなければ。なのに、体が動かない。


「クソッたれ……」


 涙に溺れそうな菜月が自分に向かって手を伸ばすのを最後に、彼方の意識は途絶えた。

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