6
私服に着替えて下に降りるとテーブルには菜月の好物が所狭しと並んでいた。
ぱちりと目を瞬いた菜月に祖母が照れたようにはにかんだ。
「少し、はりきりすぎてしまったかしら」
「かまわんだろう。今日は祝いだからな」
どこか嬉しそうにそう続けた祖父に口元が綻ぶ。
『ありがとうございます。おじい様、おばあ様』
自分の席について改めて料理を見る。
祖母の料理はどれも好きだが、特別な日にだけ用意される寿司ケーキが菜月は一番好きだった。ちらし寿司が錦糸卵や海鮮で彩られた華やかなケーキに変わったのはいつだったか。幼い菜月のおねだりを祖母はにっこり笑って叶えてくれた。回数を重ねるごとに飾りが華やかになり、その度に瞳を輝かせている。
錦糸卵を敷き詰めた上にサーモンの薔薇が咲いている。隙間に流されたいくらと葉を象るえんどう。今回のケーキも大作だ。
『おばあ様、写真を撮ってもいいですか』
「かまいませんよ」
スマホを取り出して尋ねると祖母はにっこりと笑った。
一通り写真に納めて、素早くスマホをしまう。
「では、いただくか」
祖父の声で手を合わせて食事が始まった。
美味しい料理に舌鼓を打ち、会話の花を咲かせる。
祖父母の目を盗んで、足元でお行儀よく座っているシロを抱き上げる。
こっそりおすそ分けをすると困惑した目が菜月を見た。
もしかして、式神というのは食べられないのだろうか。自分のことでいっぱいいっぱいで確認するのを忘れていた。どうしよう。
そうしてシロと見つめ合うこと数秒。折れたのはシロだった。
ぱくりと差し出されたサーモンを食み、瞳を輝かす。
なんだこれは! 主はこんなに美味しいものをくれたことはない。
油揚げの他にこんなに美味しいものがあるだなんて!
表情を
折りを見て差し出される料理たちにシロはもっもっと口を動かして幸せに緩み切った思考でポツリと呟く。
「お嬢様にダメにされる……」
それに菜月は小さく笑って、自分も口を動かした。
不意に祖母が安心したように笑った。
首を傾げた菜月にとても優しい顔をした祖母が微笑む。
「こんなに喜んでくれてとても幸せだと思っただけですよ」
「そうだな。遠慮をしているのかと思ったが、菜月は本当に紅葉の料理が良かったらしい」
本当は外に食べに行くつもりだったんだがな、と微苦笑を零した祖父の声は柔らかくあたたかい。
シロを抱いた腕に力が篭る。泣いてしまいそうだ。あとどのくらいこの幸せな時間を過ごせるのだろう。あとどのくらい、この優しい人たちと生きられるのだろう。
「お嬢様」
マイナスに傾きかけた思考を引き戻すようにシロの声が響く。
大丈夫ですよと、何も心配することなどないのですよと紡ぐ声に、くしゃりと顔を歪めた。
ずっと死を見つめて生きてきた。
けれど、諦めなくていいと言ってくれた。
だから、顔をあげて笑っていよう。
大好きな人たちに心配をかけなように、ではなく。
大好きな人たちと幸福を共有するために。
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