4
菜月を家の前まで送り届けて彼方はこれからのことを考える。
まずは彼女を生餌としている化物の正体を見極めなければならない。
美しい女に化ける、人を喰らう化物。
そのうち白狐が何かしら報告を上げてくるだろうが、何もしないのは落ち着かない。
書庫をひっくりかえすか。
そう決めた彼方は自宅の門をくぐると自室ではなく真直ぐに祖父の部屋へと向かった。
「ジジイ。書庫の鍵寄越せ。
それからしばらく俺は家のことは手伝えないからそのつもりでいろ」
「なんじゃ急に。運命にでも出会ったか?」
ほけほけと笑う祖父に苛立ちを感じながら彼方は今朝のことを思い出す。
『彼方。あなた今日、運命に出会いますよ』
朝食の席で祖母が楽しそうに笑いながらそう言った。
平安時代から続く陰陽師の家系である西条家にはいろいろな術者がいる。
そして彼方の祖母は
先見というのは未来が見えるということ。
良いことだけではなく悪いことも見えてしまう祖母は自分に近しいものについてはその力を使わない。もし、うっかり見えてしまってもそれを誰かに告げたりしない。
その祖母が今朝、彼方に嬉しそうに運命に出会うと告げたのだ。
そして、それはおそらく当たった。
生まれてからずっと毛嫌いしていたこの身体に流れる陰陽師の血を、自分の生まれ持った能力を、はじめて誰かのために使ってもいいと思ったのだから。
菜月との出会いはおそらく彼方にとって運命と呼べるものなのだろう。
けれど、それを誰かに言うつもりはない。
彼方はギロリと祖父を睨みつけ書庫の鍵を寄越せと凄む。
「書庫の鍵なら
あぁ、新しい数珠もちゃーんと頼むんじゃぞ」
出てきた名前に彼方は顔を歪める。
1つ年上の兄、樹は人望が厚く、穏和で、真面目で努力家。
典型的な優等生タイプの兄が彼方は苦手だった。
穏やかな笑みの裏側をどうしても勘ぐってしまう。
けれど樹の呪具作りの腕が一族の誰よりも優れていることを知っている。
だから化物を相手にする自分たちにとって樹が作り出す数珠―――お守りが気休めではなく本当に価値があるものだと理解している。
自分が作るよりもずっと効力の高いものを作る。
だから、菜月のものも彼に頼むのがいいのだろう。
そう理解しているのにどこか釈然としない気持ちになる。
彼方は誤魔化すように舌を打って兄がいるだろう書庫へと向かった。
「彼方、珍しいね」
穏やかな笑みを浮かべて自分を迎え入れた樹に彼方は憮然とした表情を崩さない。
「あれ? 数珠はどうしたんだい。今朝はしていたよね」
「悪い。ダメにした」
「え!? 大丈夫?」
「あぁ。正確にはダメになる予定、だからな。
悪いがまた作ってくれないか。女物の魔除けと一緒に」
「それは構わないけれど。
おばあ様のおっしゃっていた運命に出会ったのかい?」
「……仕事を請け負っただけだ」
「ふぅん。じゃあ僕は部屋に戻るよ。
明日の朝までには用意しておくから取りにおいで」
「あぁ、悪いな」
余計な詮索をせずにあっさりと引き下がった樹にほっと息を吐いて、調べ物を始める。
すると呼び出してもいないのに黒い狐が彼方の足元から飛び出した。
「クロ」
「
「……文句あるか」
「ない! 聞きたいことはいっぱいあるけどな!
それにしてもついに主も観念したか。
俺とシロの主だからな! 立派な陰陽師になってもらわねぇと!!」
胸を張る黒狐に冷たい視線を注ぎ彼方は調べ物を再開する。
「あぁ、主!
シロからお嬢サマの背中に
「それを早く言え!!!」
人を喰らう蜘蛛。
美しい女に化ける蜘蛛。
それならきっと女郎蜘蛛に違いない。
だが、奴らが喰らうのは人間の男のはずだ。
それが何故橘の母を、橘を―――女を喰らう??
そんなことがあるのか……?
関連する文献を片っ端から広げる。
「今夜は寝られそうにねぇな」
残された時間はそう多くない。
化物が言い残したタイムリミットは10日後。
彼女の誕生日である4月17日なのだから。
それまでに何としてでも化物の正体を見極めて、祓う。
死なせないと、守ると、約束したのだから。
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