3
溢れて止まらない涙を必死に止めようとする菜月に彼方は居心地が悪そうに頭を掻く。
「あー、無理に泣き止まなくていい。
ずっとひとりで我慢してたんだろ? 今日くらい思いっきり泣けばいい」
今でも十分困っているのに、自然と更に自分が困る様な言葉を吐く口に苦笑いが漏れる。
仕方ない。
ずっと色々なものを押し殺してきたのだろう彼女を見たら自分の前でくらい我慢しなくてもいいと言ってやりたくなったのだから。
出会って間もない、それも無意識に声をかけただけの相手にこんなことを思うのは可笑しいと自分でもわかっている。
けれど、ひらひらと舞い散る桜の中で静かに涙を零す姿は儚すぎて見ていられなかった。
気づいた時にはもう声をかけていて、彼女の抱えるものを知って初めてこの身体に流れる血に意味を見出した。
自分ではない人間が聞いたらおそらく彼女の言葉を妄言と捉えるだろう。この21世紀に化物の生餌だなんて頭が可笑しいとさえ思うかもしれない。
けれど、それが嘘ではないと彼方にはわかる。彼女がいうところの“化物”は彼方にとって生まれたその時からとても身近な存在だったから。
菜月の涙がおさまるのを待って声をかける。
「落ち着いたら家まで送る」
『でも』
「大人しく送られとけ。
それから、これ持ってろ。多少は役に立つはずだ」
そう言って自分が腕にしていた数珠を菜月に押し付ける。
戸惑う彼女に使われているパワーストーンの効果を説明してやりながら、これからのことを考える。
まずは自分が本気で菜月を助けるつもりだということを彼女に知ってもらうことから始めなければならない。
声をかけたのは無意識でも、助けたいと思ったのは彼方の意志だから。
そしてそれだけの力が自分にはある。そう信じている。
おろおろと彼方と数珠を見比べる視線に気づいて菜月を見ると困ったように眉を下げている。
「どうした? あぁ男物だから橘にはデカいか。
近いうちに合ったものを用意するからそれまでそれで我慢してくれ」
ブンブンと首を振り、申訳ないと全身で訴える菜月に彼方はため息を吐く。
「化物の餌になるのは嫌なんだろ? 魔除けだと思って持ってろ。
橘みたいに
顔色をなくす菜月に彼方は安心させるように言葉を紡ぐ。
「大丈夫だ。俺がなんとかしてやる。
橘の爺さんと婆さんは鬼見じゃないんだな?」
コクリと頷いた菜月に彼方はしばらく考えるそぶりを見せてニッと笑みを浮かべた。
「特別にもう1つお守りをやるよ。
こいつがいれば大抵のことは大丈夫だ。
――――シロ」
何もいないところから現れた白い狐に菜月は目を見開く。
モフモフと撫でまわしたくなる愛らしい姿に釘付けになっている菜月を横目に白い狐は
「御用ですか? ご主人」
「あぁ。しばらく彼女についていてくれ」
「お仕事ですか? ご主人が?」
アリエナイ! と言いたげな視線を咎めるように名前を呼ぶ。
「シロ」
「はぁい。こちらのお嬢様をお守りすればよろしいのですね」
「あぁ、異変があればクロを通してすぐ知らせてくれ」
了承の意を示して、彼方の足元から菜月のそばへと歩み寄る。
それを見届けて彼方はじっと白狐を見つめている菜月に説明をする。
「これは
『式……』
「こんな姿だが頼りになる。
橘は死なない。死なせない」
力強く紡いだ言葉に菜月は泣きそうな顔で頷いた。
そして彼方と白狐に頭を下げる。
『よろしく、お願いします』
彼方は笑みを浮かべ頷いた。
救って見せる。
はじめて、自分からこの力を使ってもいいと思った存在だから。
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