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水色の空を背景にひらり、ふわりと薄紅の雪が舞う。
厳しい祖父に見つかれば即お小言を頂戴するのを承知で
時折、風に吹かれて舞い込んでくる花びらを払うこともせずにぼんやりと考える。
西行法師もこの景色を見てあの歌を
菜月の一番好きな、あの歌を。
そしてこの景色の中で
だとしたら、なんて羨ましいのだろう。
死ぬのなら桜の下で死にたい。
そして死体は舞い散る花びらに埋もれて誰の目にも触れずにひっそりとこの世から消えるのだ。
その願いが決して聞き届けられないことを知りながら願わずにはいられなかった。
せめて、自分を愛してくれる人たちが嘆き悲しむことのないように、これ以上あの優しいひとたちを傷つけることがないようにと強く願う。
だって残された時間はもう―――――……。
しずしずと誰かが近づいてくる気配を感じながらそっと目を閉じた。
「菜月さん」
柔らかな声がどこか困ったように菜月の名前を呼ぶ。
その声に促されるまま菜月はゆっくりと
「貴女は小さなころからここが好きね」
座りなおした菜月のそばに膝をつき、柔らかく笑う。
美しい、と思う。
年老いてなお、この人はずっと。
「ふふ、花びらが付いているわよ」
艶やかな黒髪を
菜月は気持ちよさそうに目を細めて柔らかく
『ありがとうございます、おばあ様』
音にならないと知りながら口を動かし、それを補助するように手話でも感謝を伝えた。
すると祖母も慣れた様子でどういたしましてとにっこりと笑う。
「菜月、
『おじい様!』
厳めしい顔をした祖父の登場に、菜月は目を瞬いて祖父と祖母を見比べる。
「あら、つい話し込んでしまいました」
「そんなことだろうと思った」
のほほんと笑った祖母に呆れたように息を吐いた祖父。
「ふふ、ごめんなさい。こちらでお話されますか?」
「あぁ」
「では、お茶をお持ちしますね」
「頼む」
にっこりと頷いて立ち上がった祖母を見送って祖父に向き直る。
しゃんと背を伸ばして話を聞く姿勢になると何故か祖父がたじろいだ。
『おじい様?』
不思議そうに首をかしげる菜月に居心地が悪そうに咳払いをしてゆっくりと口を開く。
「菜月。
お前もこの春から高校生だ」
こくり。
「そしてもうすぐ16になるのだな」
こくり。
素直に頷く菜月に祖父はどこかやりにくそうに言葉を探す。
祖父らしくないその様子に菜月はますます首を傾げた。
そこへお茶と菓子をお盆に乗せて祖母がくすくす笑いながら戻ってきた。
「そういう時はおめでとう、大きくなったねと言えばいいんですよ」
「わ、わかっとる!
……菜月、おめでとう。無事に成長してくれてありがとう」
目尻を下げて柔らかく言葉を紡ぐ祖父に菜月は泣きそうになった。
「な、な、ど、どうした!? どこか痛いのか!?」
涙を隠すようにうつむいた菜月に祖父が慌てふためく。
『おじい様、ありがとうございます』
顔を上げた菜月はとびっきりの笑顔で笑って見せた。
「う、うむ。
しかし、本当に大きくなった」
照れくさそうにしながらもそっと頭をなでる皺くちゃの大きな手。
懐かしそうに細められた目の先に映る自分は一体何歳の自分だろう。
「お前が小さなころは随分と心配したものだ」
「そうですねぇ。でもこうして大きくなってくれました。
菜月さんが妙なことを言った時は随分心配しましたが、16の誕生日もすぐそこですし」
「紅葉!」
咎めるように名前を呼ばれて祖母はしまったと口を押えた。
菜月は祖父母が言わんとしていることが分かってしまった。
先ほどから出てくる16歳の誕生日の意味も。
きっと祖父母は幼い自分が告げた“どうせ16まで生きられない”という言葉を気にしているのだろう。そして、死の気配がない今の自分の姿に安心しているのだろう。
わざわざ訂正する必要はない。真実のすべてが優しいわけではないことを菜月は知っている。
そしてもう菜月は自分のことしか考えられない小さな子どもではないのだから。
『おじい様、おばあ様、ありがとうございます。
入学式の日は一緒に写真を撮ってくださいね!』
菜月は何も知らないふりをして精一杯無邪気に笑った。
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