贄姫

のどか

 血溜まりの中で恍惚こうこつと笑う女。

 ナニカを咀嚼そしゃくする音が残酷に響く。

 鼻をつく悪臭と転がる肉片に吐き気がした。

 それでもその場から動けずにいたのはその肉片が誰のものなのか理解してしまったからかもしれない。

 赤く染まった口元をぐいと拭った美しい女がゆっくりと近づいてくる。


「お嬢ちゃん、このお家の子かしら?」


 恐怖と絶望に彩られた瞳を覗き込み女がわらった。

 少女はカタカタと震えながらずるずると後退あとずさる。

 悲鳴さえ出なかった。


「ふふ、そう怯えなくても大丈夫よ。

 私の主食は男……女は柔らかいけど不味まずいもの」


 肉片をチラリと見て顔を歪める女に少女は目を見開く。

 ふつふつとこみあげてくる怒りでどうにかなりそうだった。

 この瞬間だけは恐怖を忘れて感情のままに女を睨みつける。

 そんな少女を見て女は愉しそうにきゃらきゃらと笑った。

 笑いが収まるとまるで慈しむように自らを睨みつける少女に手を伸ばす。

 白魚のような手がそっと少女の頬をすべり、首筋にたどり着く。

 ごくりと息を飲む音が響いた。

 

 殺される。


 本能的にそう感じ取った少女が悲鳴を上げるよりも先に、人をかたどった手が異形のものに変化する。

 長く伸びた爪が少女の皮膚を裂いた。


「っ」


 恐怖に引きつる少女の顔に微笑んで、女は見せつけるように指先から滴る血を舐めとった。


「――――決めた」


 女がニタリと笑う。

 その決定が自分にとって決していいものでないことは、まだ年端も行かない少女にもよくわかった。

 喰われる。あの肉片と同じようになる。

 そう思った瞬間、感情が爆発した。

 いやだ。こわい。たすけて。

 必死に口を動かすのに、一つも音にならない。

 少女はそれさえ気づかずに叫ぶ。

 たすけて。たすけて。おとうさん、おかあさん。

 必死に助けを求める。

 暴れる体を冷たい何かが抱き込んだ。

 柔らかな感触は助けを求めた相手によく似ている。

 けれどそれが少女に安心をもたらすことはなく、さらに激しく暴れ声にならない声で叫ぶ。

 女は暴れる少女を抱き込み、あやすように背を撫でながらそっと囁いた。


「―――――――」


 途端に少女の体から力が抜ける。

 怒りと恐怖に支配されていた瞳を絶望が彩った。

 大人しくなった少女に満足げに笑いながら女はそっとその小さな体を眺めた。

 しばらく考えて少女の背に爪を立てる。

 あまりの激痛に少女の意識が飛んだ。

 薄れゆく意識中で謡うような女の声を聞いた。


「早く大きくなるのよ。

 待っているからね」


 少女の脳裏にはその言葉とクスクス笑う女の笑い声だけが残っていた。


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