第二章 螺旋階段とスポットライトと挿入歌

2-1

 今はもう夏休み初日。外の日差しの熱い空気はどこか浮足立っていて、悔しいことに、僕もその雰囲気にのまれているのだった。


 あの説明以降、まだ少年ヒーローとしての戦闘は無く、割と戦闘までのペースが長いことに驚いていた。あの後アゲハさんは、僕が呼べば出てきてくれるようになり、クワと話したいと頼めばイヤホンマイクを差し出してくれた。


「あー、やっと夏休みだなー」


 問題集やら漫画本やらアニメのDVDやらがそこら中に散らかった僕の部屋で、僕はTシャツと短パンだけの格好になって、イヤホンマイクからの光をクローゼットにあてて、クワと会話していた。


 夏の暑さに負けただらしない格好だけど、別にクワに見えているわけでもないし、なんて遠隔授業に現れる変態みたいなことを思う。


 ライフルを背負ったいつもの戦闘衣装のクワは、面倒な日々から解放されたように背伸びする。


「夏休みなら、思いっきり少年ヒーローの任務に打ち込めそうだよね!」


 僕はクワに向かって言う。なんだかクワと話している時間だけ、僕の心が純粋になっていくような気分になるのだ。


「ああ、そうだな。でも、夏休みの宿題とかがあるじゃん! ほんっとめんどくさー……」


「ほんとにそうだよね。勉強なら自分からするっての!」


 僕はにっこにこの腹立つ笑顔で大量の宿題を渡す先生を思い浮かべながら言った。誰かにやらされる勉強ほど面倒なものはない。


「いやいや、そっちじゃねーし! 勉強やりたくないって話!」


 クワが僕を指さしながらツッコむ。


「あ、そっちの話?」


「逆にそれ以外に何があるんだよ! お前、もしかして成績優秀キャラなのか?」


「……えーと、トップ三あたりをぐるぐるしてる感じ……」


「はあ⁉ 成績優秀でモテモテで戦闘衣装がカッコいい光剣使いとか、お前キャラ盛りすぎだろ‼」


 画面越しからでも部屋の家具が揺れるレベルの大きな声で、クワは叫ぶ。僕は反論する。


「いや、別にモテてねーし! モテたくもないわ!」


「は⁉ 前にアゲハが女の子に追われてたって言ってたじゃねーか!」


「あいつはただの奇行女だよ!」


「へー、そういう変な女が好きなんだー。変わった指向をお持ちですねー」


 と言ってクワは煽る。こいつ、煽り性能が異常に高い……。


「うっさいな!」


 と僕は突っ込む。するとクワはふふっと、口角を上げながら笑った。


「な、なんだよ……」


「いや、ちょっと前に初めて会ったばかりなのに、なんだか結構前から友達だったみたいだな、って思って」


「そ、そうか?」


 そんなことを言って、僕は目だけを逸らす。変に顔が赤くなる。なんで僕は毎回、人に馴れ馴れしくされると照れるのだろう……。


「なあなあ、俺達、アゲハさんに頼んで、どうにかして会えねーかな?」


「そ、そうだね。画面越しって言うのもなんだかやりづらいし」


「よっしゃ! じゃあ、今からアゲハさん呼び出そう!」


 クワが明るい顔でそう提案する。でも、僕はそれを止めた。


「ちょっと待って。僕、今日は予定があるんだ」


「は? デート?」


 クワがさっきの明るい顔を引っ込めて、引き気味に訊いた。なんだか表情がコロコロ変わるやつだ。


「ちゃうわ!」


 僕は画面に身を乗り出しながら芸人みたいに突っ込んだ。そして、この後の予定を思い浮かべて姿勢を戻し、僕は少しだけ目を落とす。


「お父さんに……。会いに行くんだ……」


 トーンが低くなった僕の声に、クワの表情は少しだけ真剣になる。


「ん、お父さん、遠いところに住んでんの?」


「ううん。離婚してるんだ」


「え⁉」


 割とドスの効いた声でクワは驚く。


「え、そ、それ、ちょっとやばくない? 世間知らずの俺でも分かる! お母さんはそれ知ってんの?」


「いや、知らない……。でも……」


 僕の心が沈んでいくのが分かったのか、クワも落ち着く。


「お父さんは何も悪くないんだ……。それに、お父さんのおかげで僕がいるって言っても過言じゃない。お父さんのおかげで、僕はここまでヒーローを信じれるし、あの時ヒーローとして戦えたんじゃないかって思うんだ……」


 そこまで言って、僕はものすごくやるせない気持ちでいっぱいになって、胸を締め付けられる。


「……」


「なあ、勝手に自分語り、していいか?」


「うん……」


 クワはそれだけ言って、頷いてくれた。


 


 


 

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