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 目を覚ますと、いつもと変わらない、僕の部屋にいた。淡い日差しが小さな窓から差し込んでくる。まだ夜の静寂の余韻が含まれた、静かな朝。だからこそ、アパートの駐車場からの、お母さんの車を出す音が嫌に大きく聞こえ、僕は不機嫌にぼさぼさの髪を掻いた。なんとなく声を上げてあくびをする。

 僕は布団から起き上がり、自分の部屋を見回す。


 本棚の中の、大量の漫画本。小さなテレビと、とても昔に発売されたというゲーム機に、その隣の棚に積み重ねられたDVDのケース。これらは全て昔のバトル物で、僕の離婚したお父さんから借りたもの。布団の隣には、脚が低く白いテーブル。その上にはたくさんのやりこみまくった教科書や参考書や問題集、別に頻繁に使うわけでもないノートパソコン。

 

 僕はそろそろ夏休み、って感じの中学二年生だから、別に受験に力を入れるような時期ではないのだけど、勉強はそれなりに好きだからやりこんでいる。


 とりあえず僕は布団を畳み、パジャマを脱いで制服に着替えた。


 リビングに出ると、すがすがしいくらいの静けさに笑ってしまいそうになる。机の上には、別に早朝に出勤したお母さんの朝ごはんの作り置きがあるってわけでもない。

 お母さんの仕事は大変だっていうのは知っているし、僕としてはお母さんと一緒にいる時間が少ない方が都合が良かった。


 とりあえず電気を付ける。小鳥の鳴き声がどこかから聞こえ、僕の足取りは軽くなる。


 キッチンのホットプレートにフライパンを置き、スイッチを入れて温め、換気扇をつける。適当に目玉焼き、食パン、インスタントの卵スープを作るぐらいでいいか、と僕は毎回のように思う。


 冷蔵庫から卵、ベーコンを取り出す。


 温まったフライパンに油を引き、ベーコンを入れる。じゅうじゅうと音が上がり、僕はベーコンの上に卵を落とす。蓋をして、その間に食器の準備をする。平たい皿とカップを取り出し、机の上に置く。


 カップの上にインスタントの卵スープの、直方体の固形を入れる。


 フライパンの内側には、目玉焼きの形が良く見えないほどに、多くの水滴がついていて、そろそろかなと思って蓋を開ける。水滴がまとまってフライパンの中に流れ、音を立てる。


 目玉焼きのうまそうなふっくらとした匂いが、僕の鼻孔をくすぐり食欲を掻き立てる。フライ返しで食パンの上に目玉焼きを乗せる。


 蛇口の水を流しながら、シンクにフライパンを入れる。湯気が溢れ、僕はフライパンの取っ手をカチッと取る。蛇口をひねって水を止め、取っ手をシンクの隣に置く。


 やかんを取り出して、水を沸騰させる。


 とりあえず、パンとベーコン付き目玉焼きを僕の部屋まで運ぶ。ゲーム機に昨日の夜見たDVDの続きを入れ、再生を止めておく。


 僕はリビングまで戻り、鋏でキッチンにある豆苗を何本か切ってインスタントの卵スープの入ったカップに入れる。やかんの中で沸騰する音が聞こえ、僕はお湯をカップに注いだ。小さなスプーンを入れて僕の部屋まで持っていく。


「いただきます」


 胡坐をかいて一人でテーブルに置いた朝食に手を合わせる。コントローラーでバトルアニメの再生を開始し、昔ならではの画質の粗さがあるアニメを、醬油とかマヨネーズとかのかかっていない目玉焼きをかじりながら楽しむ。


 アニメの中の主人公が斬撃を飛ばし、敵の胴体がやっと切断される。そこから血が溢れてくる描写に、やっぱり昔のアニメだなと僕は心をくすぐられる。そうだ。もっと、もっと自由に表現してしまえ。今のアニメは規制されすぎて面白くない。


 スープをすすり始めると、僕は胴体を切断された敵キャラを見てあることを思い出す。


 ……そうだ、僕は夢の中で、ヒーローになっていたんだ。


 頭の中でぼやけ始めている夢の中の映像の輪郭を、僕は何とか忘れてしまわないように記憶をたどる。


 どことも知らない学校に、クワというライフル使いの男の子に、喋ったりでっかくなったりするアゲハ蝶に、巨大なハエトリグサに……。


 その光景をはっきりと思い浮かべてみると、なんて面白い夢だったんだと、スープをずるずるすすりながらにやにやしていた。ちなみに、このスープはたったさっき入れたばかりだ。


「あっつ‼」


 今日中ははこの舌のヒリヒリに悩まされることになるだろう。


 

 


 

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