1-5
ハエトリグサの根っこが切れ、学校のテニスコートに大量の灰が降り注いだ。
「うおっ⁉」
目の前に力を入れ続けていた僕は、戦闘時の感覚が抜けず、バランスを崩してしまう。
前に倒れる体を、テニスコートの地面に両手をつけて何とか支える。人差し指で光剣のスイッチを押し、柄に戻す。
「はあ、はあ、はあ……。うっ、ゴホッ……ゴホッ……」
大きな疲弊を感じて息を整えていると、降り注いだ灰のせいでせき込んでしまう。頬を伝う汗や、ハエトリグサの精神攻撃を受けて流した涙が、地面にピタピタと落ちる。僕の背中は、いつの間にか灰まみれになっている。興奮や怒りの混じったバトルの後のこの時間で、僕の心は安堵に包まれていった。
涙や汗のせいで頬にこびりついた灰をぬぐいながら、僕は達成感から口角を上げていた。
……やった、僕はやったのだ。みんなの期待を背負った少年ヒーローとして、ハエトリグサを倒したのだ。
「よくやった! カブト、クワ!」
アゲハ蝶さんが、イヤホンマイクから賞賛の言葉を届ける。
「カーブトー!」
そして後ろから、クワの声が聞こえる。重い体を何とか動かして立ち上がらせ、振り返る。背中にライフルをかけたクワは、灰まみれになった地面を蹴りながら、目を輝かせ僕の方へと走ってきた。いつの間にか太陽が昇りはじめ、僕の衣装の蛍光色の輝きが薄れ、校舎のガラスが青白く光り輝いている。
「やったな!」
クワは両腕を僕の方に広げ、にっこにこの笑顔で僕に抱き着いた。パーカーの温かさが直に伝わってくる。
「えっ?」
……えっと、初対面ですよね?
「めっちゃカッコよかったぞ! お前だけいいとこどりかよぉー!」
クワはさらにぎゅっと力を込めて抱き着き、頬を擦れ合わせる。クワの頬も灰で汚れていく。そしてクワは目を閉じながらすんすんと鼻を動かす。
「うん。焦げくせぇ」
「うっさいな!」
僕はそう突っ込んでクワを離す。僕の顔は真っ赤になっている。決してこいつにときめいたとかじゃない。僕は人と関わることが少なかったから、その……、照れただけだ。
「まあ、ありがと、守ってくれて」
一応お礼は言っておく。
「へへ~、それほどでもぉ~?」
クワは腕を頭の後ろにやって、ニコニコな笑顔で照れている。腕を動かすたび、背中に背負っているライフルがかちゃかちゃと音を鳴らす。戦闘中のあの真剣さはみじんも感じられない。クワってこんな人なんだ……。
「う、うう……」
すると、切れた根っこから、精神攻撃中に聞こえた男の子の声がした。
「あっ……」
そう言って、僕は灰にならずに残った、切れた根っこに駆け寄る。根っこは一本一本の繊維にばらけ、人の形を作っていく。そして、最終的には、僕の頭の中に流れてきた映像の中と同じ男の子が現れる。
「え、なに、これ……」
学ラン姿の男の子は上半身を起き上がらせる。中学三年生ぐらいかな? だとしたら僕より年上だ。
「君、大丈夫だった?」
そう言いながら、僕は膝をつく。その僕の姿は、太陽がバックライトになっているせいで、この男の子にはよく見ることはできないだろう。
「うん……」
はっきりとしない意識で、男の子は答える。男の子をゆっくり抱きしめながら、男の子にかけるべき言葉を、僕は一生懸命考える。
「君の大きな夢は、大人たちに簡単に壊されていいものじゃないよ。どんなに辛くても、自分の夢に突き進んで」
自分勝手かもしれない。ありがた迷惑かもしれない。だけど、少しでも僕がこの子の救いになればいいと思って、僕は言った。
「ありがと、ヒーローさん……」
すると、男の子は安心したようにゆっくりと目を閉じ、小さな涙を流しながら眠りについた。
僕はゆっくりと地面に男の子の体を寝かせた。男の子の涙は、太陽の明るい光に照らされていた。
僕は立ち上がり、クワの方を振り返った。
「これで、一件落着って感じかな」
クワは優しい笑みを浮かべてそう言った。
「よく頑張った、二人とも」
すると、上空から声が聞こえた。僕たちは声をした方を見上げると、大きなアゲハ蝶さんが、ゆっくりと地面に降りてきていた。着地すると同時に、さーっと灰が舞う。
「もう配信は切ってある。これでこの男の子は救われた。さあ、君たちは元の場所へ戻るんだ」
そう言ってアゲハ蝶さんは、触覚を伸ばして僕のシャツの中に入れ、ちくっと僕の胸に当てた。巨大なアゲハ蝶さんの目玉の明かりが、妙に頭に残った。
「……」
不思議な感覚に浸っていると、僕は目を閉ざしていた。
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