07話

「さっきはちょっと遅かったけど夏穂ちゃんとなにかあったの?」

「懸垂をしてきただけだ」


 佐藤も掃部も寝てしまったから表に出てきていた――ではなく、高橋に誘われて出るしかなかった形になる。


「本当にそれだけ?」

「名前で呼ぶまで帰らないって言ってきたのも影響しているな」

「夏穂ちゃんがそれを求めたの? それで城君はどうしたの?」

「結局、体が冷えたということで現状維持のままここに戻ることができた」

「呼んであげればよかったのに、名前で呼ぶことぐらい友達でもするよ」


 彼女は小石を軽く投げてから「だってそうじゃないと知樹とお付き合いをしていることになっちゃうよ」と、その場合でもその発言は飛びすぎではないだろうかと言いたくなってしまった。


「今日、初めて心の底からお祭りを楽しめなかったよ」

「悪い、俺が余計なことをしたからだよな」

「自由にやられていたところを見てどうしようもなくなったのもあるけど、本当はそれよりも……」


 彼女が黙ったことで物凄く静かな時間となった。

 気まずいなんてこともないから違うところに意識を向けて過ごしていた。

 雲がなくて星が奇麗に見える、いまのような内容ではなかったらとてもいい時間だ。

 一ヶ月とかではなく前々から一緒にいられた異性と二人きり、夜ということもあって邪魔が入ることもない。

 まあ、なんらかの事が起きても別にそれはそれでいいのだが。


「明日、プールか海に行かないか?」

「どうして急に?」

「佐藤のことを考えるともっと早めに言っておくべきだったけどつい、普通に遊べるだけで満足してしまって忘れていたからだ。どうせならそういうところに行けた方が夏休みらしいかなって」

「知樹が無理だから城君と夏穂ちゃんと私の三人か」

「俺の友達は佐藤がいなければ高橋と掃部だけだからそういうことになるな、あ、無理なら無理でいいぞ」


 その場合は一人で行こうと思う、もちろん、その場合は海だが歩くだけに留めるつもりだ。


「それなら水着を買いに行きたいかな」

「昼からとかにすれば時間あるよな、午前に動いてもらう感じか」


 いちいち買うような物なのか? なんか前のが使えたりしないのだろうか。

 どれぐらいの価格なのかは分からないが誘ったばかりに無駄な出費が増えるということなら普通に申し訳ない。

 

「一緒に行こうよ」

「店に入らなくていいなら行くけど」

「うん、それでいいから行こう」


 荷物持ちとして役立てる程、重いわけではないのに必要なのか。

 異性とか同性とか関係なく、こうして変な行動をしようとする相手の気持ちが分からないままだ、分かっているのは分からないと考えてうだうだしている間に相手は離れていってしまうということだけ、彼女や掃部が消えなかったのは奇跡に近い。


「ごめん」

「あ、やっぱりなしか?」

「……本当は夏穂ちゃんといてほしくない」


 これも奇跡――なんてふざけている場合ではないか。

 佐藤という本命に好意を抱きつつ過ごしていたものの、佐藤に特別ができてどうしようもなくなってそこで仕方がなく俺に、という形なら……いや、それでもやっぱり差がありすぎるがなんかまありえないことのようには思えなかった。

 でも、実際は違う。

 復活してからなにかと高橋が来てくれていたし、一番、二人きりでいる時間が多かったうえにこれだ。


「た、高橋だって思わず口に出してしまうぐらいには顔が微妙なんだぞ?」

「前も言ったと思うけど顔が全てじゃないから」

「じ、事実だからいいけどいまぶさいくって認めたようなものだよな?」


 漫画なんかみたいに普通とか言っているくせに見た目がいいというわけではないのだ。

 母だって見た目の話になると露骨に慌てる、仮にイケメンなら「そうなのよね」と所謂親バカというやつになるのだろうが俺の家では違う。


「見た目なんてどうでもいいよ、私は城君が好きなんだから、その姿以外の城君を知らないんだから」

「どれだけ時間が経っても容姿は変わらないぞ」


 細ければ筋トレを頑張ることでムキムキになれるかもしれないし、太ければ意識を変えるだけで例え時間がかかることになっても細くなれるかもしれないが、整形でもしない限り顔はどうにもならない。

 同じよなことばかりで悪いがこちらが何度も言いたくなるぐらいには変な選択をしようとしているから困るのだ。


「二択だよ、無理なら無理って言ってくれればいい」

「夏休み中には答えるけどいますぐ出すことはできない」

「うん、適当に答えられても嫌だから考えてよ」

「とりあえず明日、店に行くか」


 みんな泊まっている状態だから行きやすいのはいいな。

 となれば、さっさと寝て早く起きなければならないということで解散にして佐藤の部屋に戻った。


「おかえり」

「ああ。明日、海に行ってくる」


 あ、海と決まったわけではないか。


「気を付けてな」

「佐藤もな、また元気な顔を見せてくれ」

「当たり前だろ、こんな歳で死ぬつもりはないよ」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ」


 床に寝転がって目を閉じる。

 ただ、すぐに寝られなくて暗く染まった天井を見つめる羽目になった。




「夏穂ちゃん早くっ」

「そ、そんなに急がなくてもお店は逃げませんよ」

「城君も急いでっ」

「落ち着け、体力を残しておいてくれ」


 掃部はあくまでいつも通りで帰りに寝てしまうなんてことにはならないからその点では安心することができる。

 というか、俺が気にしているのはそこではない、ちゃんと二人を元気な状態のまま家に帰さなければならないから落ち着いてほしかった。

 なにかがあればそれは誘った俺の責任となる、物理的に傷つかなくても精神的にやられてしまうかもしれないから気を付けるしかないのだ。


「そうだね、ごめん」

「いや、謝らなくていい」

「でも、なんかうずうずするんだよ、だからなんとかするために二人が付き合ってよ」

「元々そのつもりだよ」「私も同じです」

「ありがとう」


 やはり佐藤がいる夏休み前半に話をしておくべきだった、部活をやれる、友達と遊べるということで浮かれていた自分が恥ずかしい。

 単純に変な存在から女子二人を守りやすいというのもあった、水着云々、目のやり場に困る云々よりもその方が大きい。

 見えているようで見えていなくて弱らせてしまったらどうするよと不安な気持ちに、だけど二人が楽しそうだから自爆せずに済んだことになる。


「城君も付いてきてくれるよね?」

「ん? そりゃまあ――って、そういうことか」


 彼女達に付いて行っていれば不審者扱いもされないか、という考えはすぐに消えた。

 店員の目が厳しい、被害妄想というわけではなくて本当のことだ。

 店内にいる他の客からも見られているし、なんなら「なんであんなに可愛い子達が」という言葉も聞こえてきて縮まる羽目になった。

 耳が聞こえるというのも場合によっては邪魔だなと、いやまあ、目が見えなかったり耳が聞こえなかったら嫌だが。


「私はこれにしようかな」

「浴衣とはまた正反対の色を選んだな」

「うん、ダークな私もいいでしょ?」

「確かに水着の色は暗いけど高橋の肌色的にダークとはならないな」

「いいんだよ、ダークだよ」


 ダークねえ、このままここに過ごし続ければ俺の内側がそれで染まる。


「春さんが暗めの色を選ぶなら私は明るい色にします」

「天使と悪魔か」

「悪魔……ふふ、それもいいかもしれませんね」

「「わ、悪い笑みだ」」

「そんなことはありませんよ」


 よかった、一時間とか二時間とか悩んでくれなくて。

 店から出たらそのまま直行、ということにもならずに掃部の家に寄ることになった。

 もちろん、今回も上がることはしなかった、高橋の家にだって徹底して上がっていないから差を作っているわけではない。


「お待たせしました」

「おう、行くか」


 ここからそう遠いわけではないからダレてしまう前に着いた、ちなみに海になった。


「じゃーん、どう?」

「細いな、菓子が好きなのに管理ができているのはすごいな」


 日焼け止めとかちゃんと塗っているのだろうかと心配になった。

 真っ赤になって滅茶苦茶痛くて後から文句を言われる、なんてことになってほしくない。


「い、いや、お菓子ばかり食べているわけじゃないけどね」

「着替えました」

「今更だけど掃部の方が身長が高いのか」


 じろじろ見るような趣味はないから意識をしていなかったがそういうことになる。

 いつもの大袈裟とも言える反応を見せる高橋は小さいからこそなのかもしれないと気づいた……って、露骨に低身長というわけではないがな。


「そうですかね?」

「ほんとだ、夏穂ちゃんの方が大きい、ついでにここも――」

「さ、これからどうするか」


 歩くことができればそれでよかったから、水着になってくれたところ悪いが……という話になる。

 このままなにもないまま時間だけが経過すると早めに解散になる可能性が高い、だが、経験値が全くないからなにも浮かんでこなかった。


「勝悟さんは脱がないのですか?」

「ああ、じゃあ」


 見せつけるためではないが鍛えていたのは悪くないな、こういうときに情けない体を晒さなくて済む。


「うわあ……うわあぁ」

「それでどうする?」

「……はっ、どうしましょうか、遊泳禁止というわけではないですから泳ぎます?」

「なら体操をして少しそうしてみるか」


 んー冷たいような温いようなという曖昧な水温だった。

 とにかく浅いところで遊ぶことにする、というところでまた悩むことになった。

 どうやって遊べばいいのかがまるで分からない。


「ここに座って見ているから遊びたいように遊んでくれ」

「はーい」「分かりました」


 平和だ、静かなのもあって眠たくなる。

 でも、眠るわけにはいかないから手首を鍛えながら二人を見ていた。

 途中、こういうときになにか上手い提案ができたり、なにかをしてやれたらなんて考えたものの、それだと俺らしくないからすぐに捨てておいた。




「楽しかったです、でも、全く参加してくれなかった点は気になりました」

「空気を読まずに参加した方がよかったのか」

「そうですよ、一緒に来ているのに一人だけ参加しないなんておかしいです」

「そうか、次に活かすよ」


 ねむねむな高橋を家まで送って次は掃部となった瞬間にこれだった。

 高橋もそうだが何故かその場で言わないからすぐに直すことができない、終わった後に言われても次は遠いわけだ。


「昨夜、春さんはこそこそと戻ってきました」

「ああ、外で話していたんだ」


 佐藤だってすぐに反応したから彼女も同じような状態だったことが容易に想像できる。


「告白、されましたか?」

「似たようなものだな」

「でも、まだ返事はしていない、というところですよね」

「ああ」

「なんでですか?」


 なんでってそりゃすぐにおうと答えられるわけがない、考えていないように見えるかもしれないが俺だって色々と考えているわけだ。

 彼女がいなくても俺は同じようにした、そこだけは変わらないと断言することができる。


「勝悟さんのことが好きだと春さんはお祭りの日に教えてくれました」

「勇気があるな」


 ではない、なのに俺ときたら祭りの日に問題ばかり起こしたことになる。

 そう、だから結局は他者の存在が邪魔をしているのではなく、自分がやらかしてしまっているのだ。

 そういうのも即答することができなかった理由だ、もっとも、半分以上は見た目の問題からだが。


「本当にそうですよね、私ならできません」

「俺だってそうだよ、好きな相手にぶつけて振られるか受け入れられるかしてからなら言うかもしれないけどな」

「勝悟さんならできますよ、私よりも強いのですから」

「少なくとも力では掃部より――おわっ!?」


 嘘だろ、何故俺は毎回彼女に負けるのか。

 それこそ、目の前に立って俺を守ろうとした彼女をどかさなくてもなんとかなってしまったのではないかという考えが出てきた、結果が違ったとしてもだ。

 もちろん、彼女が傷ついたりする前にチートを使用したとはいえ、動けたのはいいことだと言える、ただ、こうなってくると……なぁ。


「夏穂でお願いします」

「……やっぱり力でも勝てないわ」


 こうなってくると懸垂仲間になってほしくなる。

 ムキムキの女子がいたっていいだろう、なんなら一緒にいて滅茶苦茶安心できる人間になるわけだから悪くない。

 佐藤がもう一人現れたようなものだ、こういうときに高橋を守ってやれる存在が増えるのはいいことだ。


「夏穂」

「名前が好きなんだな」

「夏……穂」

「わ、分かった分かったっ、夏穂って呼べばいいんだろ?」


 絶対にやらせよう、今日は公園から離れているから無理だが明日から受け入れてくれるまで誘い続ける。


「はい、あ、春さんのこともお名前で呼んであげてくださいね」

「二人は似ているよ、祭りのときだって高橋は夏穂と過ごしてあげてって言ってきたんだ」

「優しいですね、勝悟さんも、春さんも」


 とっくに着いているのに夏穂は解散にしようとしない。


「あ、仲良くなれたから名前で呼んでほしいだけで特別な好意があるわけでは――」

「全部言わなくていい」

「ふふ、勝悟さんは春さんに集中してあげてください」

「分かった」

「それではこれで、送ってくれてありがとうございました」


 今回は寄り道もせずに大人しく家に帰った。

 たまにはとご飯を作って待っていると「ただいま」と母が帰ってきてくれたから色々と話をした。

「そうなのね」と口にし笑みを浮かべていたからなんで笑っているのかと聞いたらそれには答えてくれなかった、が、引きこもりにはならなさそうで安心できたということにして終わらせた。


「ま、懸垂仲間にはなってもらうけどな」


 これは終わらせてなんかはいないがな。




「え、だけど我慢をしてくれているだけ……だよね?」

「いえ、なので春さんは気にしないでください」


 い、いや、信じられるわけがない、それなら何度も名前で呼ぶことを頼んだりはしないだろう。

 お菓子でも食べながら夏穂ちゃんとゆっくり電話~なんて浮かれていた私だけど、気づけばお菓子のことはどうでもよくなっていた。


「ひ、必要以上にムキムキだから!?」

「違いますよ、確かに助けてもらいましたがだからといって、それで必ず好きになるというわけではないですよね?」

「ふ、不満があるの?」


 って、ないならないでいいのに。


「昔からそうなのです、私はそういう意味で好きになることはありません」

「そうなんだ、教えてくれてありがとう」

「はい――あ、お風呂に入りたいのでこれで」

「分かった」


 結局、もう開けていたからという理由でお菓子を食べて一階に移動をする。

 両親は早めに部屋に戻ってしまうから誰もいないリビングでごちゃごちゃすることになった形になる。

 いやだって、そうでもないと止まらなさそうだったから、前なら知樹のお家に走っているところだけどいまはそうしたい気分じゃない。


「城君、スマホを持っていないしなぁ」


 いきなり突撃なんてしても大丈夫だろうか? いやもう動かないと寝られなくなってしまうから駄目だ。

 ちゃんと両親に話をしてから家を出て走り出す、一応、公園を見てみたけど今日はやっていなかった……って、当たり前か。


「はい――あら、春ちゃん」

「あ、あのっ」

「勝悟なら二階にいるわよ」

「お邪魔しますっ」


 階段をダッシュで――静かに急いで上がって城君の部屋に……あ。


「そういえば二階に上がるのは初めてよね、勝悟の部屋はここよ」

「あ、ありがとうございます」


 ノックをして少し待つ、がちゃりと開けられたときにはお母さんが静かに離れてくれて助かった。

 というのも、あんまり会話をしたことがないから気になるのだ。


「起きたのか」

「うん、入らせてもらってもいい?」

「おう、飲み物を持ってくるよ」

「いいよ、ちょっと落ち着かなかった私が暴走しただけでしかないんだし」

「気にするな、ちょっと部屋で待っていてくれ」


 うーん普通、だけど仕方がないよね。

 扉の前で座っていると戻ってきた彼が「はは、もっと中央に座れよ」と言ってきてちびちび移動をした、結局、飲み物の方はすぐに飲み干した。


「もう風呂には入ったのか?」

「うん、海で遊んでいたからね」

「ならもう泊まればいい」

「と……どまり――お泊まり!?」


 ど、どうした、え、夏穂ちゃんは彼にもこういう話をしたのだろうか?

 お母さんがいるとはいえ少しの間、一人になったことで色々と変わったのかも。


「あのとき言ったことが嘘じゃないならいいだろ、他の男子にしたいということならやめておいた方がいいけどさ」

「嘘なんかじゃないよっ」

「ならいいだろ、家に帰りたいということなら送るよ」

「そ、それならお泊まりをさせていただきます」


 お風呂に入っていてよかった……と言えるのかな。

 心臓がやばい、早く動きすぎていつか止まってしまうんじゃないかと不安になってきてしまった。

 でも、そんなこちらを一切気にした様子もなく「もっと楽にしろよ」と彼が言ってきて複雑な気持ちになったのだった。

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