06話

「お、おい、どこに行くんだ?」

「どこって二人きりになれる場所にだよ」


 い、いや、高橋とか掃部ならともかく佐藤にされても嬉しくはないぞ。

 そこまで小遣いに余裕がないということで十八時に現地集合になっているからまだ時間はある、が、ないとは分かっていてもこれが女子なら……となってしまうのだ。


「なんてな、春の家だよ」

「現地集合という話は?」

「十七時からやっているなら最初から参加したいだろ」

「子どもかよ……」

「俺らはまだまだ子どもだよ」


 ま、これは誘われて彼の家でゆっくりしていた俺が悪いか。

 純粋だからそのまま信じてしまう、で、毎回はめられるという連続だ。


「春ー」

「お、もう来たんだ? やっほー」


 今日も掃部とセットでいるらしい、そしてそのことに意識を向けている間にイケメン君が

「浴衣、似合っているな」と、高橋も少し得意気な顔で「へへ、でしょう?」と返した。

 四人で集まる約束をしていたわけだから別になにもおかしくはないということで会場に向かう、意外にもイケメン君の両隣に女子が、とはならなかった。


「あの二人も仲良くなったよな、俺だけが置いてけぼりだ」

「ああ、って、それについては佐藤が悪い」


 うん、今日はイケ――佐藤がこうしたくなる日のようだ、高橋と掃部は少し前を楽しそうに会話をしつつ歩いている。


「揺れるつもりはないけど揺れたら困るからな、そのために距離を作っているのはある」

「好きな人か」

「ああ」

「ちなみにそれを――」

「聞いてもらった、友達だからそういう話だってするだろ」


 なるほど、結局はほとんど知らないところで事が起きているということだよな。


「はは、勝悟にだけ言うと思ったか?」

「俺が気にしているのはそこじゃない、あの二人のどちらかに佐藤への気持ちがあっても応援ができないって話だ」

「ああ、応援をされても困るな、振りたくない」

「ま、大人しくしておくよ、できることなんてほとんどないしな」


 会場に着く、さ、祭りを楽しもう。

 なるほどなるほど、当たり前と言えば当たり前だが別に俺が参加しても周りは一切気にしていないな、それどころか滅茶苦茶楽しそうだ。

 前と違って一緒に来られているのもあって緊張、目のやり場に困る、見られてもいないのに見られているなどと考えて縮まるなんてこともない、堂々と存在していられる。


「かき氷でも――あれ? おーい……」


 立ち止まったのが間違いだった、一切気にせずに歩いて行ってしまった。

 でも、どうせそんなに広い場所ではないから会えるだろと片付けて目的通り、かき氷を買って設置されていた椅子に座ってむしゃむしゃ食べていた。


「初手はかき氷ですか、私はこれだよっ」

「たこ焼きか」

「あむ――んー美味しい! あ、一つあげるよ」

「いやいい、食べたくなったら自分で買うよ」


 これも……作戦か? いつも通りすぎて偽かそうではないのかが分からない。


「それよりこれどう?」

「その浴衣と髪を下ろしているので別人に見える、奇麗だ」

「お……って、それはほめられているのかな?」

「褒めているよ」


 ただ、喋るといつも通りに戻るから差があって面白い。

 でに、喋ってくれていた方がよかった、一緒にいるときに黙られたくない。


「かき氷美味しそう……」

「反対で食べるか?」

「食べるっ」


 高橋に分かりやすく役立てた瞬間となった。

 いやほら、小遣いというのは無限ではないし、これでかき氷欲というのが消えるのであればそうだろう。

 その分、違う食べ物を食べられるようになるのだ、だからいい気分だった。


「冷たくて美味しいっ」

「ハイテンションだな」

「調べれば色々なところでお祭りが開催されているけどここは一年に一度しか開催されないからね」

「まあな、何度もやられても小遣い的に無理だ」

「そうっ、だから楽しんでおくんだよっ」


 さ、次の食べ物を探しに歩き始めるか――の前にたこ焼きを食べようとしない高橋を見て進めなくなった。


「早く食べないと冷めるぞ」

「ね、夏穂ちゃんと一緒にいてあげて」

「掃部と? どうせ歩いていれば合流できるだろ」


 佐藤ににやにやされないように集まっておきたい。

 二人きりになるのだとしても終わってからでいいだろう、そのとき求められるのかどうかは分からないが。


「私はこれを食べてからにするよ、だから先に行ってて」

「待つよ、急いでも意味がない――」

「いいからっ、私なら大丈夫だから」

「待つよ、別行動をする必要がない」

「……ばか」


 また格好つけているだとかなんとかと言われてしまうとしても変わらない。

 なんで進んで一人になろうとするのか、帰りたいということなら止めないが会場に残り続けるならそういうことになる。


「あーあ、城君が言うことを聞いてくれなくて嫌だなぁ」

「早くしないとたこ焼き貰うぞ」

「嫌だよ、可愛くない子にはあげない」

「はは、そうかい、なら早く食べた方がいいぞ」


 よし、ちゃんと食べ終えてくれた、それから嫌そうな顔をしていたものの、彼女はこちらの背中を軽く叩いてから「行こう」と言ってきた。

 普段もそうだがこんなことで気になるような人間ではないため、おうと返して佐藤達を探し始めた。




 ちらりと確認をしてみると暗い顔の春、少し離れた先には勝悟と掃部さんの二人がいる。

 先程、二人きりになれたのは少し協力をしたからではあるが……。


「ねえ知樹、違うところに行こうよ」

「待ってくれ」

「だ、だってあの二人なら勝手にやるよ」

「いや、見てくれあれ」

「あっ、この前の……」


 掃部さんに告白をした男子(春情報)が勝悟に絡んで連れて行った、ただ、掃部さんから遠ざけるためなのか押したのは勝悟なのと、話の内容が分かっていないから一方的にあの男子が悪いと言うことはできない。

 とりあえず放置されることになった掃部さんと合流して尾行する、すると割とすぐのところで自由にやられている勝悟が見えた。


「なっ、この――」

「行くな」


 誰かのために動こうとできるのはいいがこうして危ないことにも首を突っ込もうとするから困る。

 だから春を止めることが俺の仕事だった。




「痛……くないんだよなぁ」


 殴る蹴るなんてのは当たり前、でも、服が汚れるだけでそれ以外にはなにもない。

 途中、佐藤達が見てきているのは分かったがやり返すのも微妙だ、だから先程から無様なところを晒していることになる。

 救いだったのは少し向こうに行けば人が沢山いることを分かっているからなのか割とすぐにやめてくれたこと、残念だったのはまた掃部に絡もうとしたことだった。

 流石にずっと同じままではいられなかった、こういうときのために鍛えていたわけではないものの、鍛えていなかったときよりはなんとかできたと思う。


「城――」

「悪かったな掃部、あと佐藤達もな」

「謝る必要はないだろ、それより大丈夫なのか?」

「大丈夫だ」


 正直、今回に関しては俺が悪いから大人しくしておこう。

 ただ、嫌な空気にしてしまったことはもうどうしようもなくてなんか暗いグループになってしまった。


「ひ、冷やした方がいいよ、それで多少はマシになるでしょ?」

「いや見てくれ、別になにもないだろ?」

「きゃー!? な、なんで脱ぐのっ」

「お、悪い、だけど赤くなっていたりしないだろ?」

「あ……本当だ、え、あれだけやられていたのに……?」


 いつまでも傷つかないままでいられるなどと調子に乗っていたわけではないのだが、まあでも、一人で馬鹿なことをしたときよりは精神的にもいい。


「車にひかれたときもなにもなかった……」

「おい勝悟、止まったんじゃなかったのか?」

「ま、まあ、ちょっとな、先っちょだけだ」


 やべえ、先程の男子集団よりも佐藤の顔が怖いぞ。

 それでもいつも通りの俺達に戻れたような気がする点は悪くない。


「さ、またなにか買って食べ――ん? 掃部……って、なんで泣いているんだよ……」


 なんで俺と関わってくれる人間はこちらを慌てさせることが得意なのだろうか――ではない、とりあえず近くに段差があったからそこに座らせる。

 高橋には横に座ってもらって俺は飲み物を買ってきた、食べるだけではなく飲むことでも落ち着けるだろうからそれを期待しての行為だ。


「……すみませんでした」

「謝らなくていいよ、夏穂ちゃんが悪いわけじゃないでしょ?」

「勝悟、俺は食べ物をまとめて買ってくるわ」

「頼む」


 いや本当に申し訳ない、あの男子があそこまでキレたのは俺が出しゃばったからだ。

 あの男子が誘って掃部本人がちゃんと断るところを黙って見ていればよかった。

 そりゃ近くで殴られたり蹴られたりしている人間がいたら巻き込まれるのではないかと不安になる、なんでと言ったところも俺は馬鹿だ。


「城君はここに座って、ちょっと知樹を追うよ」

「おう、気を付けろよ」

「うんっ、いっぱい美味しい食べ物を買って戻ってくるからねっ」


 今回は申し訳ない気持ちでいっぱいだったから再度謝罪をした、問題なのは高橋が消えた途端に掃部が黙ってしまったことだ。

 ぺらぺらあまり意味のない言葉を重ねるのも微妙で黙っていると頭ががくっとなった、それからすぐに「や、やってやったぞ」という声。


「じょ、城さん!!」

「落ち着け落ち着け」

「で、でも!」


 こういう慌てた感じが見たいわけではないのだ。


「なあ、祭りの日ぐらい落ち着こうぜ」


 友達と行けた初めての祭りで半分自業自得とはいえこんなことばかりで普通に悲しい。

 今回は佐藤も高橋もいなかったからよかったものの、いたらまた嫌な感じにしてしまっていた、そのため、その点に関してだけは褒めたいところだった。

 しかし、女子の前でだったのが影響していたとしても殴る蹴るに加えて石で殴るというのはやりすぎだ、このままだとそのまま暴力的な人間になりかねない。

 俺がやらかしたばかりに近所で殺人事件が~なんてことになったら嫌だぞ。


「な、なんだこいつ……なんで倒れない……?」

「落ち着けよ」

「……こうなったらもうこれしか……」


 おーいおい、短くてもあれはナイフだ、マジの流れだ。

 そういや複数人いたにも関わらず、手を出してきていたのは掃部に嫌いだと言われた彼だけ、仲良くない……というわけではなかったのだろうが今回の件でどうしようもなくなったという状態だろうか?


「消えろー!」

「やめてください!」

「あ、待った待った、掃部はこっちな」

「きゃ!?」


 うんまあ、チート能力がなければこれで死んでいるわけだし、掃部の前でばかりこういうことをしているから格好つけているようなものだよなぁ。

 言い訳なんか微塵もできない、それと、そもそも刺さらないようになっているようで刃の部分が折れたことで思わず笑いそうになってしまった。

 で、完全に漏らしてしまう前に佐藤が大人と一緒にやって来て面倒くさいことも解決、ともならなかった。

 なんか色々と聞かれて祭りどころではなくなった、花火も見える祭りだったのにそのせいで途中で帰ることになった。

 ただ、こうなっても半分ぐらいは俺に原因があるから被害者面できないのがなんとも、というところだ。


「マジかよ、勝悟のせいで途中離脱かよ――って、冗談だけど、いやまさかあそこまでやるとはなぁ」

「悪い、だけどこれで終わりだ」

「このまま解散は寂しいからどこかで集まろうぜ」

「じゃあ佐藤の家でいいか?」

「いいぞ、行こう」


 女子組二人も解散とはせずに付いてきた、これでやっと初めて四人で落ち着いていられるというわけだ。

 佐藤が発言通り、食べ物をまとめて買ってくれていたのもあって腹が空くということもなかった、迷惑をかけたということで二人の分も払わせてもらった。


「どうせなら今日、泊まっていけよ」

「お、いいな、なんか友達らしい感じがするよな」

「しなくても友達だろ」

「じゃ、これを食べたら一旦帰って風呂に入ってくるわ、流石にこの人数が全員ここで入ったら佐藤の両親とかに迷惑をかけるし」

「分かった、今度はやられないようにな」


 大丈夫だ、大……多分、大丈夫だ。

 というわけで佐藤家をあとにして家に帰ってきた、掃部が普通に付いてきたから普通に上げていた。

 まあ、初めてではないから気にならない。


「ここで待っています」

「出たら掃部の家に行くか」

「はい、そのときはよろしくお願いします」


 暑さにも寒さにも慣れているから長く風呂に入ることもなくなった、それでも待たせているのが影響して今回は一番早かったかもしれない。

 出て行く間際、母がなにか言いたげな顔でこちらを見てきていたが今日は泊まってくるという話をして外へ、なんとも言えない気温の中、掃部と掃部の家まで歩いて行く。


「あの、私の見間違いでなければナイフがその……」

「安物だったんだろ」

「いえ、この前の車の件といい……城さんは少しおかしいです」

「はは、はっきり言ってくれたな」

「石を思いきりぶつけられても血も出ませんでした」


 ただ、話してしまえばなにかが崩れてしまいそうで結局、言えなかった。

 風呂に入ってくるから家の中にいてほしいと言われても言うことを聞かずに外で待っていた、流石に長時間ということもなくて安心したのが先程のことだ。


「あの公園に寄らせてもらってもいいですか?」

「お、掃部も――」

「夏穂でお願いします」

「いや、掃部も懸垂をやろう!」

「……そんなことはしません、呼んでくれるまで移動をしません」


 おーいおい、テニスにも全く活かせないということはないと思うのだが。

 まあいいか、今日はできていなかったからついでに軽くやっていこう。


「私は勝悟さんに助けられてばかりですね」

「階段はともかくその後は俺が出しゃばった結果だからな」

「そんなことはありませんよ、ただ、私のせいで勝悟さんが自由にやられてしまったわけですから……」

「それは気にしなくていい」


 見ていて気持ちよくなれないことばかりが起こった、やらかしてくれやがってと怒ってもいいぐらいだ。

 でも、そうなりそうもない、願望、自惚れ、そういう類のやつならいいがそれでもないという微妙な状態だった。


「……なんでそんなに強いんですか?」

「ずるみたいなものだよ、引きこもっていたときの俺だったら怖くて家から出ることすらできなかった。でも、途中から変わったんだ、だからもし感謝をしたいということなら掃部はその変えてくれた存在に感謝するといい」

「誰……なんですか?」

「さあな、俺でもよく分からないんだ――あ、悪い、嘘をついた、変えてくれたのは小さい頃に亡くなった婆ちゃんなんだよ」

「それなら直接会ってお礼を言うのは無理ですね、残念です」


 生きていたら突撃してきたということだから怖いな、婆ちゃんには悪いがいなくてよかったと言えるかもしれない。

 ま、ナイフを持って突っ込んできている人間の正面に立ててしまえるような存在だからそれに比べたら無理だなんてことは全くないか。


「うぅ、少し冷えてきました」

「佐藤の家に行くか」

「はい」


 着いてからは高橋といつものように楽しそうにお喋りを始めた。

 なにもなかったわけではないから佐藤の家なのをいいことに床に寝転がる、すると佐藤が飲み物を持って横に移動してきた。


「少し遅かったな、掃部さんとなにかあったのか?」

「公園に寄りたいって言ってきたから懸垂をしてきたんだ」

「はは、あくまでいつも通りだな」

「そりゃそうだよ、俺は俺だ」


 名前呼びを求められたときはつい遮ってしまったがそういうことになる。


「ここだけの話だけど春、さっきまで暗い顔をしていたんだ」

「話しちゃっていいのか?」

「幼馴染として言いたくなってしまってな」

「はは、そうか」


 って、そう言われてもこちらから動くことはできないぞ。

 仮になにかが間違って求められたとしても二十歳手前まで生きた人間がそれを受け入れていいのかどうかが分からない――なんてのはいいか、どうせ欲に負けていまは中学生だからなどと言い訳をして片づけようとする。


「それに怪我がないとはいえ、自由にやられているところを見たわけだからな」

「なるほど、じゃあ問題ないと改めて分かってもらうために明日、プールか海に――」

「悪い、俺は母さんの実家に行くから無理だ」


 そういえば高橋がそんなことを言っていたな、となると、これも誘われない限りは無理だということになってしまう。


「だからその間、特に春のことを頼んだぞ」

「贔屓がすぎないか?」

「中途半端に応援をしたりはしない、俺は春に幸せになってほしい」


 これって彼の好きな存在は高橋……ということになるのだろうか?

 できることなら別人であってほしい、知っている人間が好きだというだけでかなりやりづらくなってくる。


「ねね、男の子だけでこそこそするのはよくないよ?」

「同じ空間にいただろ、よし、俺は風呂に行ってくるわ」

「高橋は――なるほどな」


 家に帰ってもいないし、ここで入ってもいない、佐藤が全く気にせずに風呂に行こうとしているということは俺でも先のことを想像することができた。

 でも、一人で暗い中、歩かせるのは違うから誘ってくるなら付き合うつもりだ。


「え、違うよ、知樹が付き合ってくれないから城君が帰ってくるのを待っていたんだよ、私もお風呂に入れていないんだよ……」

「いや、着替えていないから分かるよ、高橋ってなんか早とちりというか勘違いをするときがあるよな」

「は、早くお風呂に入りたいから付いてきてっ」

「おう」


 また公園に寄りたがったら懸垂をしようと決めた。

 こちらも中途半端で気持ちが悪いからある程度いい数字まで回数を稼ぎたかった。

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