04話
珍しく早く起きられたから朝ご飯も食べずに学校に行くことにした。
朝練習の変わりに公園でいつものあれをしているということを知っているため、公園にと歩いているときに出会った。
「高橋さん、おはようございます」
「掃部さん、おはよう!」
どうやら家が近いというか早い時間に登校するようにしているらしいことを知る。
そして、もうやっていなかったけど城君はちゃんと公園付近にいてくれたからよかった、はずだった。
でも、目の前で急に車道に飛び出したところを見て固まることしかできなかった。
「馬鹿、車道で止まったりするなよお前」
「にゃ~」
「にゃーじゃない、いいから危険じゃない場所でゆっくりしろ」
猫なら勝手に逃げたかもしれないが車がきているのに全く避けようとしなかったため守るために飛び出た形になる。
もちろん、傷つかないことが分かっているからこその行為ではある、これがなかったら俺は今回みたいに迷いなく飛び出すことができただろうかと考える。
とりあえずまた動きそうになかったから抱き上げて公園で離そうとしたら高橋と掃部がいることに気づいて挨拶を――って、なんでこんな顔をしているのか。
「ちょ、ちょっと」
「あ、猫か、大人しいから触れるぞ」
「そ、そうじゃなくてっ」
「ああ、別になんともないぞ」
初めて車に轢かれるという体験をした、傷つかないと分かっていても目の前に迫ってくると怖いということが分かった。
「ほら、もうあんなことをするなよ」
「にゃ~」
「はは、分かっているのか分かっていないんだか分からないな」
もうこれでここに残っている意味はないから二人と一緒に登校をすることにしたのだが、黙っている掃部はともかく高橋の方はまだ引っかかっているのか暗い顔のままで。
「よ、早いな」
「知樹っ」
助かったぜ、意識をして連れて行くよりもこうして来てくれる方がありがたい。
初日のときは二人とクラスが別れても云々と考えた自分だが、関わり続けることができるなら皆一緒のクラスのままの方がよかった。
なにかがあったときも情報を把握することが楽になるし、相手のために動きやすい、助けてもらえる可能性も高まる。
そもそも佐藤は俺のクラスメイトとよくいるから向こう的にもメリットがあるのだ、まあ、高橋が来るからというのが一番大きいだろうが。
「な、なんだよ?」
「いや……ごめん」
「朝からおかしいな、テスト本番だからなのか? 勝悟はなにか知らないのか?」
「実は俺がテスト本番で緊張しているんだ、それが移ったんじゃないか?」
「なるほどな、ま、落ち着いていこうぜ」
あのちょっと抜けていそうな猫が轢かれて死んでしまうのではないかと気が気でなかったからそこまで嘘というわけではない、それと依然として黙ったままの掃部のことが気になっているのもある。
「ふぅ」
後でもいいということで最後にノートなんかを見ておくことにした。
これについてはちゃんとやっていたのと、前のときに学んでいた分もあるから焦る必要なんかは微塵もない。
腹痛とか頭痛とかそういう邪魔が入らなければ満点は無理でも並み以上の点になる。
だからそこまで必死に、というわけではなかったのだが、
「城さん」
「いたのか」
それでも近くにいた掃部の存在に気づくことができなかった。
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「そうだ、汚れていないか?」
「少し茶色くなっていますね」
「そうか、教えてくれてありがとう、帰ったら洗ってもらうよ」
そりゃタイヤは色々なところで転がっているようなものだから当たり前か。
夏だからこそワイシャツ一枚で目立つというもの、なんかそのままなのは恥ずかしいがだからといって体操服でテスト、というわけにもいかない。
そこら辺はやたらと厳しい、夏だろうが体育とかでもなければ制服を着ている状態を求められる。
「あの……」
「テストが終わってからでもいいか? それならちゃんと付き合うから」
「分かりました」
「お互いに頑張ろうな」
内容も聞いていないのにちゃんと付き合うというのもなんか変な話だ。
調子に乗っているような乗っていないような曖昧な感じが気持ちが悪い。
高橋が本調子なら真っすぐに言葉で刺してくれるのだろうが、それも残念ながら今日は期待できそうにない。
でも、目の前で友達的存在が轢かれたらそりゃ気になるというやつで、別に高橋が悪いわけではなかった。
だけどあのままあの猫に全てを任せておくというのもできなくてなと内で呟く。
上手く避けて生きていたか轢かれて死んでいたのかは猫次第だが、後者だった場合は絶対に後悔したからまあ……俺的には正しい行動ができたと思う。
ただ、本当に死ぬまでの間、傷つかないままでいられるのかどうかは分からない、そのため、慎重に行動をしなければならないこともまた事実だった。
こうしてまた生きられているのもあって、また同じような年齢で死ぬのだけはごめんだった。
「勝悟、今日は一緒に帰ろうぜ」
「おう」
女子二人といられているときよりも同性ということで落ち着く、結局、敵視的なことをされることもなくここまでこられたのは意外だが。
「テストどうだった?」
「満点はないけど悪い点数というのも絶対にないぞ」
「いいな、俺の方も部活を楽しめる程度には問題ないと思う」
「俺らって部活が好きだよなぁ」
「好きだな」
違和感はない、が、ありえなかった進み方になっているから気になるときはある。
普段来ていないときはどういう思考をしているのか、こうして横にいるときはどういう感情で内を染めているのか、本当に悪い感情がないのかどうか、我慢をしているだけなのかとな。
個人的には高橋が来てくれることも掃部が来てくれることもありがたいことで、本当なら喜べるようなことだ、でも、一応他の人間よりも知っている彼がいるからこそいつまで経っても捨てられない。
「なあ勝悟、春がいないいまだからこそ本当のことを教えてくれないか? どうして慌てていたのかを」
「嘘をついても仕方がないから言うけど猫のために飛び出したってだけだよ」
「ということは車かバイクか自転車が目の前で止まったってことだよな?」
「そりゃそうだ、轢かれていたらこうして普段通りではいられない」
なにもなかったら仮に自転車だろうと大怪我をしていた可能性が高い。
「猫は無事だったぞ、呑気に鳴いていたけどな」
「でも、飛び出す程のことか? それで怪我をしていたら話にならないだろ」
「俺だけがあそこにいたんだ」
「なるほどな、勝悟がそんな感じだから春も影響を受けたんだな」
彼は足を止めて「春を待とう」と言った。
学校敷地内から少し離れただけだからすれ違いになるということもないからこちらも待つことにした、そうしたら割とすぐに二人まとめて出てきてくれたから二つの意味で助かった。
というのも、テストが終わったら付き合うと言っていたのに誘われたからとはいえ、確認もせずに出てきてしまっていたからだ。
「はぁ、正直テストどころじゃなかったけど……なんとか一日目を終えられたよ」
「お疲れさん」
それと行動をしたときに限って二人がいたというところも気になるところだ。
それさえなければ一切迷惑をかけることもなく、俺は猫を助けられて上機嫌で学校に向かうことができた、でも、あの人気のない公園の前だったからこそなんとかなったことだからまだよかったのかもしれないと考える自分もいる。
「今日はお菓子をいっぱい食べるんだ」
「はは、高橋の場合だと甘い物が多そうだ」
「うーん、しょっぱいお菓子って気分かな……って、城君がそんな感じだと困るよ」
「大怪我をしたってわけじゃないんだ、元気そうでよかっただろ?」
あら、黙ってしまった。
なんかこう……自業自得などときっぱり終わらせることができる人間がいてほしい。
これを続けたところで延々平行線だし、全員にメリットがない。
「城さん」
「あ、おう。というわけでまた明日も頑張ろうな」
「うん」
「そうだな」
終われば部活だ、やっぱり体を動かしてこそ――などと現実逃避をしていないで俯いたままの彼女に意識を向ける。
しかし、こうして二人きりになったのはいいがなにができるのだろうか? 彼女もまたなにをしたいのか。
「あの公園に行きましょう、城さんはあそこがお好きですよね」
「行くか」
って、これだと早めに別行動をした意味がないぞ……。
「城さんはしたいことをしてください」
「それなら」
なんにも鍛えられていないが最近は高鉄棒の上に座って遠くを見るのが日課となっていた、もちろんぶら下がったり懸垂をしたりすることは忘れていないから無駄な時間とはならない。
「正直、城さんにぶつかって階段から落ちたときよりも心臓に悪かったです」
「それより一緒に登校をするような仲だったんだな」
彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべた後すぐに普段通りに戻して「たまたまですよ」と答えた。
なんにも触れられないよりはマシなのだろうかと考える、だが、もう終わった話だからなるべく広げたくはない。
「で、たまたま目撃してしまったということか、運が悪いな」
「これまでどういう生活だったのかは分かりませんが猫さんが元気なままでよかったです、助けてくれてありがとうございます」
「後悔したくなかったからしただけだよ」
「でも……」
うん、これは俺が馬鹿だ、彼女が悪いわけではない。
いつまでも座っていても仕方がないから普段通りにやっていくことにした。
こちらが頑張っている間にも難しい顔のままで声をかけづらかった。
「矛盾していますけどやめてほしかった……です」
「ま、猫なら勝手に逃げるよな、それこそ俺なんかよりも俊敏に動けるんだから」
とは言いつつ、轢かれてぺしゃんこになった猫を実際にこの目で見たことがあるから微妙な気分になった。
ただやはり全員にとってこの話を続けてもメリットがないと分かったため、緩く流れを変えていけるように頑張った。
「終わったなぁ」
「なんだ城、テストでやらかしたのか?」
「いえ、テストが終わったのでやっと野球ができるなと思いまして」
「はは、所属している俺が言うのもなんだが気に入り過ぎだな。チームが弱くてがっかりしなかったか?」
「そんなことはありませんよ、誰かと一緒にスポーツができる機会ってそんなにないですからね」
ま、中学のグラウンドで練習をしているときが一番楽しいというのはあるものの、別にチームの強さなんかはどうでもよかった。
元々悪くなかった部活動に対する姿勢だけは前よりももっとよくなっているからそれで気分がいいのだ。
よく喋りかけてくれる先輩は「確かにな」と言って笑う。
だが、気分がよかったのは練習が始まるまでの話だった。
「ちくしょう……」
公園で懸垂をしつつぶつぶつと不満を漏らしていた。
何故筋トレ的なことをしているのに非力なのか、ということに引っかかっている。
HRとまではいかなくても俺はもっと外野の深くまで飛ばしたいのに飛んでも微妙でポテンヒットみたいになってしまう。
「高身長なのに意味がないな」と言われたときには流石にぐさりと刺さったね。
「よく飽きないねぇ」
「お疲れさん」
「城君もね。はあ~テストが終わってよかったぁ」
「答案用紙が返ってきたわけじゃないからまだ安心できないぞ」
「だ、大丈夫だよ、私なら大丈夫」
そしてこういうときに友達と話せるというのはいいことだった。
自分のしたいことをすることができたというのも加わって悔しさなんかはとりあえずどこかにいってくれた。
「テストを問題なく終わらせて、部活を頑張って、そうしたら夏休みが始まるんだよ」
「夏休みが好きなんだな」
「え、嫌いな子とかいるの?」
確かに土日の二日だけではないということは大きい、だが、それはあくまで予定が沢山ある人間か、一人でも問題なく楽しめる人間にとっての話だ。
俺はどちらにも当てはまらない人間だから寂しい時間となることは確定している、仮にこの前彼女が言ってくれた通りになったとしても、それでもほとんどの時間は一緒にいられないわけだからなぁ。
「俺は少し微妙な気持ちだな、どうしたって一人の時間が多くなるから」
「そこで前の話につながってくるわけですよ」
「佐藤は――」
なにを勘違いしてか「知樹はお盆にお母さんの実家に行くから」と遮るようにしてきたという……。
「別に佐藤のことを出して逃げようとしているわけじゃないぞ?」
「そ、そうなの? ま、まあ、それまでは知樹も遊べるだろうから三人で遊ぼうよ」
「三人で遊ぶとなると……運動か」
サッカーボールがあれば道具なんかは必要ない、嫌いというわけでもないからそれでもいい。
できればキャッチボールぐらいだけでも好きになってもらいたいが、グローブが複数ない時点で話にならないのだ。
「え、ゲームセンターとかウィンドウショッピングとかでいいんじゃない?」
「ゲームセンターはともかく後者は俺には合わないな」
その場合は間違いなく金魚のふんみたいに仕方がなく付いて行くだけの存在になってしまうのと、容姿なんかが関係してくる。
そりゃ俺がイケメンだったら堂々と街中でも彼女や佐藤の横にいられたが残念ながらそうではない、自分達をよく見せるために関わっているなどと二人のことを悪く思われても嫌だからこちらから動くというわけだ。
「あ、じゃあプールは? 海でもいいけどちょっと怖いからプールかなって」
「祭りもあるよな」
「うんうん、いっぱい楽しいことがあるんだよ――って、なんで逸らそうとしたの?」
「……一応聞いておくけど、それは佐藤とどこに行きたいか、そういう話だよな?」
聞いておいてあれだがもしそのままだとしたら彼女は馬鹿なことをしていることになってしまうわけで、自惚れでもなんでもなくそんなことはありえないのだ。
あ、いや、俺的には馬鹿なことをしてくれていた方がよかった、プールとか休みに意識して彼女と行動することになるのは精神的によくないし。
「知樹とだけ行くつもりなら城君に言っても意味がないじゃん」
「いやだってほら、水着は……」
「ふふふ、水着は? あと、お祭りもあるけど?」
「はぁ、祭りに佐藤と行くなら安心だ」
「まだ誰もそんなことを言っていないんだけどなー」
彼女にその気がないなら佐藤と掃部と組み合わせも面白そうだ。
お互いに適当なところがないし、静かなタイプだし、会話がなくても気まずくならないレベルに仲を深めれば一緒にいられるだけで分かりやすく進んでいく。
これが彼女の場合だとついつい余計なことを口にしてしまうから一気に難しくなる、少しだけでも気になっている人間だけに、というところはまあ悪くはないが。
ただの友達に対してすら上手くできない人間だったら恋どころではないからな。
「浴衣姿の私も見られちゃうよ?」
「黄色か」
「どうだろうねー」
ああ、佐藤か掃部を呼びたい。
「あ、掃部さ――」
「どこだ!?」
「ほ、ほらあそこだよ、だけど終わった時間は一緒なのになんでこんなに遅いんだろ」
確かに、部活が終わった後も同じで解散になったらすぐ帰れだから珍しい。
だがこうして俺のためではなくても来てくれたのなら参加してもらうしかない、ということで少し小走りで近づいた。
「ひっ!? ……って、城さんでしたか」
「……帰るわ」
「あっ、きゅ、急に男の人が近づいてきて驚いただけですからっ」
いいのさ、そもそも解散にすればよかったのだ。
テストが終わった、部活ができた、話すのは学校でゆっくりすればいい。
なにも暑い中、外で集まってゆっくりするようなことでもない、だからそうだ、当然の選択をするだけだ。
「ま、待ってくださいぃい」
「こら城君、掃部さんに迷惑をかけないの」
「ただ帰ろうとしているだけだ」
何故だ、鍛えていても女子の方が強いのは残念がすぎるだろ。
「それでなんで遅かったの?」
「……男の子に呼び止められまして」
「えっ、もしかして告白とか!?」
ああ、黙ってしまった、ちなみに彼女は全く関係ないとばかりに「きゃー! 青春だねー!」などと一人盛り上がっている。
この微妙な雰囲気をどうしてくれる、ミスで地雷を踏みぬいたのにそこで終わらずにまた新たななにかを踏もうとしてくれているぞ。
そうだと思いついて自動販売機で飲み物を買った、やらかしてくれた存在にも忘れずに買ったから小遣いが一気に吹き飛んで一番泣きたいのはこちらになった。
「やるよ」
「ありがとうございます」「ありがとう!」
気にはなるだろうがこれで落ち着いてもっと喋ってくれるようになると助かる。
一人だけがテンション高めでいる状態からは早く脱したかった。
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