03話

「雨だな」


 曇り雨曇り雨雨と正に梅雨という感じがする。

 仮に曇りだったとしても前日の雨のせいでグラウンドが使用できないなんてことも多いから早く球を投げたいぐらいだった。

 ま、早く終わるからぶら下がっていられる時間が長くなるというのはいいものの、ちゃんと運動をしてからやるのが一番だと思っているから晴れてほしいところだ。


「城さん、おはようございます」

「おはよう」


 掃部夏穂かもんなつほ、彼女はあれからこうして来るようになった。

 高橋と違って感情を積極的に表に出していくタイプではないため中々新鮮だったりもする。


「佐藤さんと一緒にいないのは珍しいですね」

「高橋の話か、なんでか学校ではそうなんだよな」

「城さんが、ですよ?」

「自分から近づくことはあんまりしないからな」


 家がある方角が違う、部活も違う、友達の多さも違うということで基本的に合わないのだ。

 どう考えているのかは分からないが向こうもこちらにはやって来ない、高橋がいなければそんなものだ。


「高橋さんについても同じです」

「友達だからっていつでも一緒にいるわけじゃないだろ」


 なるほど、こうなってやっと高橋がああ答えた気持ちが分かった気がした。

 とりあえずそう答えておくしかないのだ。

 相手のところに行くのも行かないのも完全に自由、つまり来いよなどとは言えないから待っておくしかない。

 でも、勝手に期待をして勝手にがっかりするというのも変な話なので、あまりそうしないようにしているというところだろう。


「それこそ掃部は友達と過ごさなくていいのか?」

「先程、クラスに行ったらお友達と楽しそうにお話ししていたのでやめました」

「俺もそんな感じだよ、相手が誰かと盛り上がっていたら近付き辛い」

「意外です、城さんはそういうの気にならなさそうに見えます」


 どんなに陽キャラだろうといつでも気にならないということはないはずだ、そして陰寄りの俺なら尚更そういうことになる。

 どこをどう見てそう判断したのかが気になったものの、変なことを言われてもそれはそれで気になってしまうからやめた。


「雨音がいいですね、落ち着きます」

「早く梅雨が終わってほしい、部活をやりたい」


 頑張ってくれている母には悪いが家はつまらない場所だ。

 娯楽物、時間をつぶせる物がないからとかではなく、一人の時間が多いからそういうことになる。


「そういえば活動をしているときの城さんは凄く楽しそうでした」

「え、見たことがあるのか?」

「はい、だって私も高橋さんと同じでテニス部ですから」

「え、マジ? やっているときに高橋がいることは分かったけど掃部は……」

「仕方がないですよ、そこは関われている時間の長さの違いです」


 って、それだとなんか俺が積極的に高橋を見ようとしているみたいじゃないか。

 断じてそんなことはない、適当にしていたら球が当たったりして怪我をするからな。


「あと、他の学校と違って同じグラウンドで活動をしていますからね」

「ああ、全部じゃないだろうけどテニスコートが学校敷地外にあるんだよな」

「はい、だけどこの学校のように同じグラウンドでできた方がいいと思います」

「野球ボールやサッカーボールが飛んでくる可能性があるから集中できなくないか?」

「集中できますよ、それにわざとというわけではないですからね」


 そりゃあまあそうだが、ちゃんと意識をしていて失敗をしてぶつかるのならともかくとして、視界外から飛んできたボールに対応するというのは難しいだろう、それこそ余計なことで怪我をする、なんてことにもなりかねない。


「ずっとというわけではありませんが頑張っている皆さんを見ると落ち着くんです、頑張ろうという気持ちも強くなります」

「そうか」


 雨音で、頑張っている人間を見ることで落ち着けるか。

 二つ以外にも落ち着けるなにかがありそうだからこそ思う、初対面のときのあの怯えようはなんだったのかと、なんで普通に話せるのかと。

 実際は双子でその姉がこうして来ているというだけなのだろうか? まあ、しっかりした妹というのも世の中にはいるだろうから逆もありえるが。


「なあ掃部、あのぶつかったときはなんであんな――わ、分かった分かった、だからそんな顔をするなよ」

「……触れてほしくなかったです」

「悪い、もう聞かないから」


 やらかしてしまった感がすごいから挨拶をして教室に戻ることにした。

 席に座ってからまたなんとなく佐藤の方を見てみると偶然なのか意識をしてなのか目が合った……ように見えた。

 意外にもそのままこちらに歩いてくる佐藤、目的地はと考えている間に机の前で足を止める。


「なんで来ないんだよ」

「いやほら、やっぱり教室が得意じゃないんだよ」

「本当か? 俺と春から逃げているわけじゃないんだな?」

「当たり前だろ、二人から逃げてもなにもメリットがない」

「だったらいい、それと俺の方から勝悟のところに行くぞ」


 嫌ではないから頷いたら「よかった」と口にしていい笑みを浮かべた。

 こちらも変なことを気にしているようだった。




「汗もあんまりかかなくなったな」


 これについては悪いことだと断言できる、とはいえ、意識をしても変わるわけではないから受け入れるしかない、水分を多く摂ることでなんとか対応しよう。

 だが、一つだけ分かりやすくいい点もあることは確かだ、それは汗臭くなりにくいというところだった。

 前の俺はぶさいく、汗っかき、汗臭いという最悪のコンボだったため、そこまで気にしなくていいのは大きい。


「あっついねー……って、私がこれだけ暑そうにしているのになんで一人涼しそうな顔でいるんですかね」

「個人差があるから仕方がない、それに適度であれば汗をかけるのはいいことだ」


 少し前からそうだったが近づくときはジャージを着ていてほしいものだがな。

 なんか目のやり場に困る、汗なんかよりもそっちを気にしてほしい。


「で、でもさ、汗臭くないか心配になるわけですよ」

「大丈夫だ、昔の俺と比べたら遥かにな」

「昔の城君は……いや、いまと変わらないじゃん、少しも安心できないよ」

「そうか」


 なんで俺が引きこもることになったのかだけでもはっきりしないかね。

 そうでもなければ変わりすぎて周りが付いていけないだろう、急に出てきて普通に学生をやり始めたところもおかしい。

 母を悲しませたくなかったからというのはまあ、ないわけではないだろうが、これって本当はもう少しぐらい演じなければならないのだろうか?


「足、速くなったよね」

「佐藤には昔と同じで負けるけどな」


 こちらの方が身長が高くても運動能力が微妙だから勝てる可能性は低い、でも、卒業をするまでに一回ぐらいは勝てればいいと考えている。

 部活にだって入っているわけで、足が速ければ塁上に残れる可能性が上がるのだから努力をするつもりだ。

 その前に打てよという話ではあるがそう、そっちもちゃんと頑張るさ。


「なんかさ、勝てなくて悔しがっているところがいいなって」

「いや待て、体育は別々だろ、見たことがないだろ」

「だって戻ってきたときによくそういう話をしているでしょ?」

「あーまあしないこともないけど」


 意識してか無意識でか煽ってくることが多い佐藤君だからな。

 そのときはどうしても大人のままではいられなくて勝って同じ気持ちを味わわせてやる! などと考えて口に出してしまうことがある。

 喧嘩をしたいわけではないだろうし、向こうも友達だからこその冗談……的なものだろうから平和なままだ。

 しかも俺もそのときが終わってしまえば意識から消えるため、これから先も微妙な状態にはならない。


「こっちは屋内でやることが多い分、先に教室に着くからね」

「なるほどな。俺もバドミントンとかバスケとかをやりたいな」

「私的にはサッカーとかよりも楽しいなー」

「はは、高橋は佐藤と似ているよ」


 給食を食べ終えた後は外に出てぶら下がるという毎日だが、夏になってから露骨に佐藤が出てこなくなった。

 暑い、外に行きたくないなどと吐いているわけではないものの、苦手なのか、単純に部活のときのために体力を残しているのかもしれない。


「もうすぐ夏休みだね」

「その前にテストだけどな」

「部活ばかりだけど遊べる時間も多いよね」

「だな、佐藤を誘ってプールとかに行ったらどうだ? 海とかもいいな」

「城君は?」


 部活があってもほとんど半日で終わるわけで、暇人な俺はどうするのだろうか。

 ぶら下がっておくことが好きな俺でもそれで十七時近くまで時間をつぶすというのは無理だ、それにどうせ休みなら遊びたい。


「誘われない限りはなんとも言えないな、その日の気分で変わるだろうし」

「じゃあさ、一緒に遊ぼうよ」

「本気で言っているのか?」


 小学校の途中から顔を見ることができなくなったから来ているだけだよな? でも、それだけなら学校のときだけでいいはずなのだ。


「な、なんでそんなことを言うの?」

「いやほら、いまも言ったように時間があるんだぞ? 敢えて俺を誘うのもな」

「城君だってお友達だけど」

「俺だってそのつもりでいる、でもさ」


 異性と関われた時間が限りなく少ないから影響を受けやすかった。


「いいか無理かで答えて、余計なことを言わなくていいから」

「いやそりゃ俺的には高橋や佐藤が遊べた方がいいけど」

「だったら最初からそれでいいじゃん」


 目も顔も冷たい、気温は高いのにな。

 いやと断ったわけでもないのに変わらないから諦めて校舎に戻る。

 無言でじっと見られていたら流石の俺でも怖い、きょどって気持ちが悪いところを晒すだけだからメリットもないからこうするのだ。


「戻ってきたか」

「佐藤と掃部か、なるほどな」

「ん?」

「いや、なんでもないよ」


 佐藤と関わりたいだけならちゃんと言ってくれれば協力をした。

 今更、イケメンに女子が近づいた程度で内が騒がしくなるような人間ではない。

 寧ろもっと頑張ってもらいたいところだった、彼が頑張れば高橋だってもっと素直になれるはずだから。

 だが、いまのままなら変わる可能性は低いままだった。




「この公園っていい場所だよな、高鉄棒もこうして机もあるんだから」


 休みにこうして出てきているのは彼女が誘ってきたからなのもあった。

 暑い暑い暑いと呟きまくっているくせに敢えて外にいたがるのは若い人間という感じがする。

 ちなみに誘ってきた理由はテスト勉強をするため、つまりまたテスト週間になったということだ。


「でも、利用してくれる人がどんどん減っているんだよね」

「おい高橋、家が近いんだったら毎日利用してくれ」

「えーだって私的にはあんまりメリットがないし……」

「佐藤を誘ってお喋りでもすればいい」

「知樹はサッカーをしたがるから尚更ここには来ないよ」


 ボールの使用は禁止か、それに仮に使用できたとしても狭いから楽しみにくい。


「あのさ、暑いからどっちかのお家に行かない?」

「じゃあ解散にした方がいいだろ、気軽に上がるべきではないからな」


 この場所を指定してきたのも彼女なのによく分からないことを言う。

 一人は嫌だがなにかを我慢してまで誘ってもらいたくはない、それこそ佐藤の家に行けば外より涼しいうえに一緒に勉強をすることができるのに変なことをする。


「じゃあ図書館とかさ」

「別にそれならいいぞ」

「それなら早く行こうっ」

「引っ張らなくても行くぞ――っと? ああ、掃部か」


 急に逆側の腕を引っ張られて意識を向けると……って、なんでだよ、どれだけ気配を消して近づくことができるのかという話だ。

 もちろん、自分だけが引っかかっているだけなのであくまで涼しそうな顔で「こんにちは」と挨拶をしてきたから返しておいた。


「日傘か、私も買おうかな」

「夏にはおすすめですよ」

「これがあれば城君も付き合ってくれるだろうからね」

「俺は別に夏だろうが冬だろうが付いて行くけど」

「嘘つき」


 家に上がることにならなければそうだ、学校でだって付いてきてと言われたら付いて行っている。

「格好いい男の子がいるから」と言われたときは暗にぶさいくだと言われているような気分になったが、事実だから内で涙を流すしかなかった。


「お勉強ですか?」

「うん、図書館に行ってやろうと思ってね」


 前は図書館とか職員室とか雰囲気が全く違う場所が苦手だった、悪いことをしていなくても入ることになるときになにかをやってしまった感がすごいからだ。

 でも、そういうのもなくなったから受け入れた形になる、仮に苦手なままでも誘われたら付いて行ったがな。


「私もいいですか?」

「いいよ、三人で行こう」

「私の家でやりませんか?」

「駄目だよ掃部さん、簡単に男の子をお家に上げたりしたら」


 ツッコむべきなのか、それともそうだぞと乗るべきなのか。


「分かりました、それなら一旦お家に寄らせてください、お勉強の道具を持ってこないといけないので」

「む、うーん……それだったら掃部さんのお家でやった方が効率的……」

「少なくとも喋ることはできるな」


 集まるのは勉強のためだが男子でも女子でも集まったのなら会話をしたいもの、だから高橋的にはそのまま上がらせてもらう方がいい。

 意識をして小声にするのは疲れるものだし、どうしたって友達といると声が大きくなってしまうものだ、だけど家なら大声量というわけでもなければ、つまり普通に喋る分には問題もないだろうから変えておくべきだ。


「だ、だよねっ、よしっ、それなら掃部さんのお家に――」

「その場合は帰るぞ」

「なんで!」

「なんでって、自分がいま上げるべきじゃないと言ったばかりだろ」


 多分、暑いからだ、暑いからすぐに忘れてしまうだけだ。

 これ以上、外にいるとデメリットばかりしかないからここで終わらせ、


「もういいっ、城君なんて知らないんだから! 掃部さん行こ!」

「は、はい」


 てくれるのが高橋という女子だった。

 というわけで外にいても仕方がないから家に帰る、ほとんどできていないから一応勉強をすることにした、はずだったのだが……。


「はい――見間違いか」

「あ、あれ? あ、ここって城君のお家だったんだー」

「掃部、なんで止めてくれないんだ」

「た、高橋さんの力が強すぎて私では無理でした……」


 数秒の間、高橋を見ていたものの、期待をしたような顔から変わらなくて諦めて上げることになった。

 もう高橋はぶさいく専ということにしてしまえばいい、で、こういう考えでいる内にあっという間にイケメンに負けて消えるさと片付ける。


「はい、麦茶だけど飲んでくれ」

「ありがとう!」「ありがとうございます」


 さ、道具を持ってきてやろう。

 頑張った分だけ楽をすることができる、楽しい部活にも気持ちよく参加することができる。


「私、地味に初めてかも、お家に行ったときは外でお母さんと話しただけだからさ」

「何回も行くような場所じゃないからそれでいいんだよ」

「意外ですね、私はてっきり凄く仲良しで何回もお互いのお家に上がっているものだと思っていましたけど」

「そんなことはないぞ、俺は引きこもりだったからな」


 やっとこのときになって友達になれたかな、というところだ。

 それにしたってチートを使っているようなものだからやはり自力ではない、努力で得られた関係というわけではないから喜べない。


「引きこもり……ですか?」

「ああ、四年生から小学校卒業までずっと出ていなかったんだよ」

「え、そ、そうなんですか」

「だから物珍しいんだろ、高橋が来ているのはそういう理由からだ。一番仲良しなのは佐藤と――そういえば掃部は佐藤と仲良くできているのか?」


 気になっているのなら応援をする、協力をする、高橋でも掃部でもそこは変わらないことだ。


「いえ、お友達というわけではありませんから」

「だってあのとき二人だけでいただろ」

「あ、それは城さんがどこに行っていたのかを聞くためにですよ」

「昼休みなら俺は外にいるぞ、どうでもいいだろうが」


 懸垂も回数は少ないものの、できるようになってきた、でも、結局はじっとしている方が好きなのは変わらない。

 今度似たようなことがあったら絶対に同じようにはならないと断言をすることが――できればいいのだが、自分は自分だからと過信もできていない状態だった。

 自信過剰状態にならない方がいいことは分かっていても、外を鍛えていてもこの程度かと情けない気持ちになるときがあるのだ。


「高橋さんと、ですよね?」

「必ずというわけじゃないからな」


 って、お喋りばかりで全くできていない。

 勉強をやろうと口にすることで流れを変えたのだった。

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