02話
「筋肉痛もないのはいいのかね」
少し物足りないところではある、なんというかやった感がないからだ。
とはいえ、この変なやつがなければあの飛んだときに怪我をしていただろうからこれでいいのだろう、そもそも痛いのを歓迎するとかおかしいし。
そして、
「城君、一緒にお勉強をしようよ」
こうして高橋が来てしまうのもいいことなのかどうかが分からなくなっていた。
前の俺は中学のときに一切関われていなかったから難しい、経験があれば同じミスをしないようにと変えていけるのだが……。
「テストか、高橋は自信あるか?」
「うーん、やっぱり難しくなったからね、それでも受験があるようなところと比べたら話にならないぐらいだけどさ」
「そうか」
そもそもの話として、何故佐藤は積極的に彼女といようとしないのだろうか?
午前中はとにかくそうなる、が、昼休みだけは一緒に過ごそうとするから謎なのだ。
放課後なんかには当たり前のように一緒にいられるからそれまでは他の人間を優先でいいというやつなのだろうか。
「なんで佐藤のところに行かないんだ?」
「え? はは、幼馴染だからっていつでも一緒にいるわけじゃないよ」
「中学生になって距離感が正しいのかどうか気になっているとか?」
「いやいや、普通に一緒にいられるから」
ロボットか、俺は一緒にいられるのかどうかを聞いているわけではないが。
まあ、そんなことよりも勉強だ、部活に行かなくていいのは楽でいい。
ただ、放課後ならもっと自由であるべきだ~なんて考えることはあるが、部活がないならないで暇していただろうから本当は感謝をするべきなのかもしれない。
だって実際、勉強を始めて三十分ぐらいが経過した頃に運動がしたいとなってしまった形になる。
授業を受けて放課後にも勉強……なんて俺には少しな。
「あ、やばっ、先生が来たから帰ろうっ」
「あ、おう」
そうか、中学は完全下校時刻が早い時間に設定してあるからあまり残れないのか。
やはり高校の方が楽だな、その点もちゃんと言っておくべきだった。
とはいえ、それだと学生時代がかなり短めになるから少しもったいない感がある、だからこの中学生からやり直しができるというのは絶妙というか、ちゃんと分かっていないだけで得なのかもしれない。
「城君さ、お部屋にずっといたときはどんな感じだったの? いやほらっ、狭い場所でずっと過ごし続けるのは私だったら嫌かなって思って……」
「それが俺にとって当たり前だったからな、親にすらほとんど顔を見せないでずっとベッドの上でぼうっと天井を見ていた。どんな感じだったかと聞かれても駄目人間だったと答えるしかないな」
一応言っておくと死ぬ前の俺はずる休みなんかをしたことはなかった。
苛められは幸い、しなかったものの、友達もいないつまらない学校生活というやつでなんで通わなければならないのかなどと考えつつも登校は続けていた。
一人だったからこそ休んだら負けだと捉えて頑張っていたのかもしれない、せめてその点でぐらいは見てもらいたかったのかもしれない。
が、変な存在に目をつけられたのか最後があれ、チャンスを貰えたのに婆ちゃんに言われるまでよしとならなかったのはそこからもきているのかもな。
「じゃあどうして急に出てこられたの? その当たり前を壊しちゃっていいの?」
「んーそう考えると矛盾しているな、ただ、親をあれ以上悲しませたくなかったのはあるのかもな」
「そういうものなんだ。嫌だと思うとか言っておいてあれだけど、私だったらもう外に出るのが怖くてずっとそのままかもしれない」
「確かに一歩踏み出すのには勇気がいるよな」
それができたのは佐藤が転校するまでの、うんと小さかった頃だけだ。
佐藤が話しかけてくれたから友達になれたというわけではなく、珍しく自分の方から頑張ったからだった。
だからこそ、転校するとなったときには内が乱れたものだが。
「高橋とか佐藤的にはあんまり関係ないだろうけどな」
「知樹は知らないけど、私は無理だよ」
「無理とはまた言い切ったな」
嫉妬から佐藤にちくりと言葉で刺してもこうして弱音を吐くことはしなかった、いつでもにこにこ笑みを浮かべていて眩しい存在だった。
でも、本当は隠していただけなのだろうか? 中学生のときの彼女を少し遠いところからしか見たことがないから分からない。
同じクラスになっても何度も言っているように関わることもしなかったからな、と。
「だって無理だもん、もう五月なのに未だに中学校に慣れることができていないぐらいなんだよ?」
「まだ一ヶ月だろ、三年になっても同じ状態だったときに無理だって言えよ」
「……城君には私の気持ちなんて分からないよ」
「そりゃそうだろ、寧ろ分かるとか言ってくるよりはマシだと思うけどな」
「もう知らない」
これは前よりも悪い結果になっているのではないだろうか。
自らの手で関係を壊すことになるのは微妙だった。
「というわけで、酷いことを言う城君は許さないから」
「おう。ん? 戻らないのか?」
「許さないって言っているでしょ? 戻ったら許したことになっちゃうじゃん」
戻らないなら許したことになるということならもう誰もそんなことを言えなくなる。
それこそ自分がいつでも一緒にいるわけではないと口にしたばかりだ、相手が佐藤ではなく俺が相手なら尚更そういうことになる。
「はは、そうか」
「なに笑っているの、城君が笑っても知樹と違ってなんか変な感じ」
「自他ともに認めるぶさいくだからな」
前と比べてこれでふざけることができるのも……メリットがないからやめよう。
「……べ、別に顔が全てじゃないでしょ? ほら、大事なのは中身だって――」
「も、もういい、あと言っておくと酷いのは高橋だな」
「ち、違うよっ、酷いのは城君だからっ」
そうかい、それならそういうことで終わりにしよう。
会話も終わったところでクラスメイトの男子と盛り上がっている佐藤に意識を向ける、前から友達だったのか新しく友達になったのかは分からないが楽しそうだ。
前なら一緒にいたくても勇気を出せなくて見なかったことにして自分のことに集中しているふりをしていたところだったものの、今回は違うから自分から近づいた。
「佐藤――な、なんだよ?」
手で止められて困った、嫌なら嫌だとちゃんと言葉でぶつけてほしい。
「ふっ、やっと来たな、俺はずっと待っていたんだぞ」
「待っていないで来てくれよ、高橋だって求めているぞ」
「そうだな、春を独占されても困るから行くか。じゃあ、そういうことだから行ってくるわ」
「「おーう」」
冗談であっても独占云々というところに引っかかっていたが二人が仲良く話しているところを見てどうでもよくなった。
「あ、なんで連れてきちゃったの、知樹が来ても変えたりはしないからね」
「待て、なんの話だ?」
「酷いことをされて私が城君を許さないって話になったんだ」
「酷いこと……だと?」
「待て、ちゃんと聞け」
説明をする能力は依然として低いまま、それでも致命的というわけでもない。
彼も落ち着いてくれたのか「なんだよ、勝悟はなにも悪くないな」と言ってくれた、目があのときと同じで笑っていないなどということもなかった。
「そもそも勝悟がそんなことをするわけがないだろ」
「「じゃあなんでさっきはあんな反応をしたの?」」
「それは参加して流れをぶった切るわけにもいかなかったからだよ」
本当かよ、だけどこういうところがある存在だとは前々から分かっていたことだ。
冗談を真に受けて彼女が大袈裟なリアクションをするというのも常のことだ。
「というか春、勝悟の言う通りだろ?」
「でも、不安なときに正論をぶつけられるとうがー! ってなっちゃうよ」
他者が放った言葉というのはときどきぐさりと奥まで刺さるものだ。
だけど気にして気にして気にしたところでより傷ついていくことばかり、昨日みたいにもう知らないと終わらせてしまうのが一番だった。
相手が変えてくれるかもしれないなどと期待をできるのは悪いことではないが、少なくとも俺には合わなかった生き方だった。
「無理だと言うには早すぎるよ。悪かったな勝悟、春が変な絡み方をして」
「高橋が謝るのも佐藤が謝るのもおかしいからやめろ。俺一人じゃどうにもできなかったから助かったよ、ありがとう」
「それも変だろ」「城君は一人でも余裕そうだったけどね」
変な能力があっても微妙だと感じたりしているわけで、それがなかったらどうなっていたのかなんて容易に想像することができる。
本当なら弱くてすぐに潰れてしまいそうなそんな人間だから他者にどうこうと言えるような人間ではないのだ。
いまできてしまっているのは何度も言っているように自分の力ではない、そのため、気を付けなければならないことだった。
「ん?」
「「どうした?」」
「いや……いま視線を感じたような気がして……」
「そりゃ高橋なら見られるだろ、思春期の男子にとって理想的な存在だからな」
俺だって全く話したことがない女子に――あ、いや、もちろん自分の容姿や能力のことをちゃんと分かっていたから変なことはしなかったが好きになったりもしたからな。
気持ちが悪いことをしなければ興味を持つ、好意を抱くことの邪魔をできない。
自分が大きくなったからこそ分かることだってあるのだ、画面の向こうの存在に恋をするよりは遥かに健全だろう。
「なるほどな、ま、仕方がないよな、魅力的な異性と同じ空間にいられたらどうしたってテンションは上がってしまうものだ」
「あ、知樹を見ているのかも、知樹はよくモテたからね。いやぁ、幼馴染としてなんか誇らしいよ」
「なあ佐藤」
「言うな勝悟、多分、きっと、うん」
調子に乗ってしまわないように耳に入っても反応しないよう決めているのだろうか。
可愛いでしょと自分で言ってしまうような存在もそれはそれであれだが、拾わないと絡んでくる存在もいる、でも、やめておけよと言うのもおかしい、難しい。
難しいのはテストの勉強だけであってほしかった。
「やばい」
なにがやばいって部活を楽しんでしまっているということだった。
高校に比べたら活動時間が短いが、だからこそ面倒くさいという感情が出てくる前に終えることができる。
テストで問題になんてこともないし、運動をして帰ることができるなんて凄く健全で俺にはいい。
思えば前のときの俺も中学時代より高校時代のときの方がつまらなかったような……これはいま中学生でいるからかもしれないが。
「よいしょっと」
ぶら下がることも忘れていなかった。
テスト週間のときはその日学んだことをぶつぶつ呟いて時間をつぶして、それ以外のときは今月はなにをしようとか、来月はどうしようなどと考えて過ごしている。
「あーまたやってるー」
「よう、高橋もやるか?」
「私はいいかな、よいしょっと」
「帰ればいいのに、部活で疲れただろ?」
「そこまで体力が残念というわけじゃないよ、それに部活の件なら城君だって同じなんだからさ」
勝手に見えるところでやっているだけで同じというわけではない、高鉄棒が家にあるならもちろん誰かに見せたりはしなかった。
「城君って身長は変わったけど中身は変わっていないね」
「そりゃ幼いままってことか、頑張っているんだけど中々難しいな」
ずっと変わっていなくて安心、とはならない、積極的に迷惑をかけるような人間にはなりたくないから頑張らなければならない。
でも、すぐに目に見えて変化をするというわけではないのがもやもやする、当たり前だと言われたらそれまでだがな。
「違うよ、なんて言えばいいのかな……えっと、知樹や私に対する態度がそのままと言うのが正しいかもしれない」
「仲が悪いわけじゃないから普通じゃないか? ただ、調子に乗っていたら遠慮なく言ってくれよ、そっちも気を付けているけど無自覚に嫌な気分にさせている可能性があるからな」
「ないよそんなの、この前のだって私が悪く考えたすぎただけだし」
「それは気にしなくていい」
運動部所属として気になるのはこれから梅雨がくるということだった。
せっかく久しぶりにやれて楽しんでいるところに雨が降ると微妙だ、などと考えていたのだが。
「これはこれで悪くないな」
軽めではあるがどれも鍛えられるようなことしかしないから無駄とはならない。
だが、すぐに分かったのは動き続ける筋トレよりも中腰でいることの方が好きだということだった。
体を動かすことが好きになったのは今回からで、残りは元のじっとしていたい気持ちが出てきてしまっているわけだ。
「ふぁぁ――あ……」
じっとしていると眠たくなるのも同じだった。
普段よりも活動時間が短くなるから早めの解散となった。
雨とはいえ、続けてやらなければ意味がないから今日もぶら下がっていた。
雨だとまた違ったなにかが内を染めていく。
「テニス部は雨の日、なにを――って、やめろよ気持ちが悪い」
はぁ、ああいうことが増えるからこういうことになるのだ。
それに意識を違うところにばかり向けていても効果は薄い、真面目にやろう――としたときのことだった。
「あの」
「おわっ」
この公園は入り口が一つだけではない、俺が見ている方向からも背中側からも入れるからその点についてはおかしくはないがいきなり喋りかけられるとちょっとな。
だから一時間もしない内に地面に足をつけることになってしまった、残念だ。
「あ、この前の、怪我はしていないか?」
あれだけ怯えた顔で逃げていったというのによく喋りかけられたものだ。
しかも一人のときに、用があるのだとしても佐藤とか高橋がいるときに近づいてくればいいのにと思わずにはいられない。
「大丈夫ですよ」
「そうか、それならよかった。それで……許せない、とかか?」
「私がぶつかったので悪いのはこちらです、すみませんでした、それとありがとうございました」
「じゃあ同じようなことにならないように階段はゆっくり上った方が――」
待て、これだと偉そうに言ってしまっているようなものではないだろうか?
やりにくいな、友達でもそうでなくてもいちいち引っかかることになる。
「あー! ここで頑張ろうとするのは女の子と会うためだったんだ!」
「高橋か、別にそういうのじゃないぞ」
彼女が声が聞こえた瞬間に「それではこれで」と帰っていったところを見て同じようなことを口にするなら大丈夫かと言いたくなってしまうからやめてほしい。
「城君のお友達?」
「違う、この前ぶつかってな」
「え、あの子、怪我とかないの?」
「大丈夫みたいだ」
「もう、気を付けないと駄目だよ?」
うんまあ、こういうところも変わらない。
なんでか見ていないところで起きたことは全部俺が原因みたいに考えられてしまう。
「知樹だったらその前に上手く避けるよ」
「だよな」
「い、いや、そうやって返されても……」
「それは事実だろ、それにあの女子だって怯えずに済んだんだ」
さてと、もう終わったからまたぶら下がることに集中をしよう。
だが、再び内側が染まる前に彼女の存在によって無理になった。
「風邪を引いちゃうから駄目、今日はもう帰りなよ」
「いやもう濡れているからな、それに俺は馬鹿だから風邪を引かないよ」
「そんなの関係ないよ、帰って」
なんだこの顔、ふざけているわけではないことは分かるが。
暗く見えるのは雨だからか? 俺が部活を気に入っているように彼女も気に入っていたとして、雨で活動することができなかったからその複雑なそれが出ているのかもしれない。
コントロールできるようできないから仕方がないのだとしても、できれば見せないでもらいたかった。
「じゃあ高橋がそう言うなら帰るかな、また明日な」
「うん、また明日ね」
長くできなかったうえに顔色を見て帰るとか馬鹿だろ。
見たくないから、あまり認めたくはないが唯一関われている異性に嫌われたくないから、二つ目みたいなやつがあるのはなんか嫌だが目を逸らしても意味はない。
二度目の人生だろうと俺は俺だからだ、俺以外の人間が見えないようなことでも自分なら見ることができてしまうのだからそういうことになる。
「ただいま」
できれば誰もいない家に帰りたくはなかった、ここが前とは違う点だ。
引きこもっていたという風になっているのに一人で家にいるのが嫌な理由は分からない、母と凄く仲がいいというわけでもないのに、前の俺にとっては当たり前のことだったのに何故かそうなのだ。
これから時間が経過することで変わっていってくれればいいのだが、誰かといられる限りは変わらなさそうだと答えを出してしまっている自分もいる。
他者は無理でもせめて自分のことぐらいは上手くコントロールしていきたかった。
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