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Nora

01話

 早めに死んで可哀想だということでチャンスを貰えることになった。

 だが、別にいらないと断ろうとしたら亡くなっていた婆ちゃんに怖い顔で「貰っておけっ」と怒られたため、貰うことにした。

 それならと何回もやり直せるわけではないだろうから絶対に傷つかない頭や体を貰うことにした。

 これでも百歳になったら終われるらしいから悪くはない。

 いや正直、これすらも意味が分からなくてさっさと終わらせたかったのだ。




「勝悟、起きなさい」


 目を開けたら知らない人がいた。

 やり直せるのではなかったのか、記憶はあるのに全く違う。

 勝悟しょうごという名前も死ぬ前の記憶もそのままで中途半端すぎる。


「んー」

「しゃきっとしなさい、あなた今日から中学生でしょ」

「は? 中……あ、中年だよな?」


 なんでよりにもよってそこなのか。

 これならまだ完全に記憶がなくなったうえに小学生からの方がよかった。

 しかも見た目だけは死ぬ前のそれで滅茶苦茶ぶさいくのままだし、せめて並ぐらいに変えてくれよ……。


「なにを馬鹿なことを言っているの、ほら、早く制服を着てご飯を食べて行きなさい」


 逆らってもなにもいいことはないから言うことを聞いて、必要なことを済ませて外に出た。


「名字は一緒なんかーい……」


 城勝悟、それが俺の名前だ。

 んで、土地の方も変わっていないみたいだったから中学へ、の前に母親的存在にちゃんと聞いてから学校に向かって歩き始めた。


「つかあれが俺の母ちゃんだったら奇麗になってんじゃねえか、なんで俺はぶさいくのままなんだよ……」


 不満が溜まる、抱え込んでおくことができないから漏れてしまっている。

 それと、見た目とか能力は多分変わっていないのになんで身長だけ上がっている? 死ぬ前の俺がいくら求めても百七十センチになったりはしなかったのに多分いまはそれ以上の大きさだ。


「お、おい、もしかして勝悟か……?」

「ん? うわ」


 なんかごちゃごちゃしてんなぁ。

 彼は小学四年生のときに転校することになった友達の佐藤知樹さとうともきだ。

 今回はそれがなくなったのか、戻ってくることになったのか目の前にいる。


「か、顔を見ることができていない間にでかくなったなぁ」

「えっと、久しぶり……ってところか」

「そうだよ、だって勝悟はずっと学校に来ていなかったんだからな」


 それこそ四年のときから休むようになったらしい。

 ま、これだけがおかしいというわけではないからいいか、佐藤は変わっていない……というわけではないがただ身長が大きくなっただけだから違和感はそんなにない。

 とりあえず同じ中学だということも聞いておく内に分かったから学校に向かうことにした、誰かがいてくれるというだけで安心できるというものだ。

 身長が前と比べて大きくなろうと中身は変わらない、俺は陰キャでやりたいことも言えずに、やれずに過ごしてきたから友の存在は大きかった。


「そうだ、春と約束をしているんだ、勝悟も行こう」

「高橋か」


 高橋春たかはしはる、高橋は佐藤の幼馴染だ。

 いつも余計なことを言いつつもずっと彼の近くにいた、彼もまた転校するまでは過保護と言いたくなるぐらいにはいつもサポートをしていたからきっとこの場合なら彼女とかそういう風になっているはずだ。


「遅いよ知樹っ」

「悪い、勝悟とちょっとお喋りをしていてな」


 って、そんなことよりも分かりやすく可愛くなったな。

 幼馴染と絶対にそういう関係になるというわけではないから他の男子と付き合っているなんてこともあるのかもしれない。

 あ、俺がこんな感じなのは自分は全く関われないのに恋愛脳というか、妄想をよくする人間だったからだ。


「って、城君っ? いままでなにをやっていたのっ」

「あー……学校が嫌になってな、それより高橋は変わったな」


 前も並より上ではあったがここまで分かりやすく変わったのは彼女が初めてだ。

 ちなみに佐藤は外も内も格好いい奴だからよくモテる、それで彼女が嫉妬をして余計なことを言うまでが常のことだった。


「変わったってなにが? あ、私服じゃなくて制服を着ているからか」

「いや、可愛くなった」

「ふふ、知樹だったら絶対にそんなことを言えないよ」

「隠しているだけだ」

「ないないっ、知樹に限ってそんなことはね」


 こういうところも変わっていなくて落ち着く。

 二人がいるだけで上手くやっていけそう感がかなり増した。

 もう一度中学生というのは慣れないものの、結局何歳になろうと俺は俺だから同じようにやるしかない。

 ぶさいくだろうと格好いい、可愛いだろうと変わらないのだ。




 入学式も地獄かと思われた自己紹介タイムなんかも何事もなく終わった。

 前の俺だったらそういうことがある度に一人で心臓を慌てさせていたものだが今回は違うらしい。

 ぶさいく(事実)などと言われても気にならなかった、変わったところは身長だけではなかったらしい。

 あの二人と完全に別のクラスになったというのは気になるところ――ではない。

 何故なら佐藤が転校してからは高橋と関わることもなくなっていたから中学時代の俺にとってはこれが普通だからだ。


「なあ勝悟、部活ってどうするんだ? いきなりは厳しいだろうけど選ばなければならないよな」

「あ、そういえばそうだった」


 そうじゃん、道具とかどうするよ。

 まだまともに話していないからどうかは分からないが今回の母は少し厳しそうな感じがするからなるべく金がかからないところがいいな。

 となると……サッカー? いや無理だろ、まともに付いていけないで終わるぞ。

 とはいえ、なんらかの部活に強制的に入らされるからこのまま選ばないということもできないことは確定している。


「俺はサッカー部に入るぞ、春はテニス部だ」

「俺は……」

「ま、時間はまだあるから考えてもらうとして、今日はもう終わったから帰ろうぜ」

「い、いや、親と帰った方がいい、考えたいから一人で帰るよ」

「そうか? 分かった、じゃあ春と一緒に帰るかな」


 格好いい人間でも反抗期がきたってことか……って、高橋と高橋親とは関わりがあるだろうから一緒でも問題ないというやつか。

 こちらもさっさと帰るとしよう、こっちは親が来ていない……ことはなかった。


「はぁ、無視とは酷いわね」

「えっと、名前は秋子あきこ……だよな?」


 母親の名前を出すのもどこか変な感じだが気になったのだから仕方がない。


「なによ急に、名前が急に変わったりはしないわよ」

「じゃあ父さんも――」

「あなたが塞ぎ込んでいる間に離婚をしたわ」


 え、ということは母の名字が城だったということなのかと驚いていた。

 というか、仮に塞ぎ込んでいたとしても離婚をした云々と言うものではないだろうか――と考えるのも変か。


「外に食べに行きましょう」

「え、家で食べればいいだろ?」

「今日はそういう気分なのよ、早くしなさい」

「わ、分かったから引っ張るなって」


 見た目は変わっていてもこういうところは変わらない。

 同じ家に住む人間がとことん変わっていたら落ち着いて休めないから安心できる、外食に行こうと言っても「家でいいじゃない」などと返してきそうな見た目をしているくせに意外だが。


「だってあなたがやっと出てきてくれたんだもの、それに中学生になったのよ?」

「あ、ああ、迷惑をかけて悪い」

「気にしなくていいわ、根拠はないけれどもう大丈夫そうに見えるから」

「おう、二度と同じようにはしないから安心してくれ」


 気にならなかったのは多分ではなく絶対に貰った能力のおかげだ。

 だが、あのとき記憶を消した状態でとか見た目を普通並みにしてくれなどと頼んでおくべきだったと後悔をしている。


「でも、なんというかその……少し老けたわね」

「えぇ、やっと中学生になったばかりなんだけど……」


 生きていれば今年で二十歳というところだった。

 病気でも殺されたというわけでもなくバスで他県に向かっている最中での事故死だから可哀想……と言えるのだろうか? と入学式のときに考えていた。


「あ、いやっ、佐藤君を見てからだとそう見えるというだけのことだからっ」

「佐藤と比べたらそりゃ駄目だろ」

「あ、あなたにだっていいところはあるわ、身長とかいいわよね」


 まあ、そこはもうどうしようもないとして、ここに戻ってくるというわけだ、頼んでいなかった身長が伸びるという謎の流れだ。

 とにかく、外食という点についても問題なく終わった。


「ゆっくりしなさい、私はお買い物に行ってくるわ」

「なんだよ言えよ、普通に手伝うけど」

「いいわよ、急に頑張りすぎても疲れてしまうわ」

「いや行くよ、着替えてくるから待っていてくれ」


 部屋に移動すると自分の部屋だということに改めて落ち着くことができた、そしてシンプルな服ばかりなのと、色が暗めというところにもそうだ。


「本当にいいの?」

「ああ、行こう」


 道中、何故か先程別れたはずの佐藤まで加わって三人で行くことになった。

 ああ、スーパーも変わっていない、来ておいてあれだがいきなり菓子が沢山並べられているところに行きたくなる場所だ。


「高橋とは会えなかったのか?」

「一緒に帰ったよ、だけどなんか落ち着かなくて歩いていたんだ」

「落ち着かないって佐藤が?」

「俺だってそういうときはあるよ、もう小学生じゃないからちゃんとやっていかなければならないんだけどなぁ……」


 俺的には十二、三歳ともうすぐ二十歳というところになっても変わらなかったから耳が痛いわけだ。


「それより朝はスルーしたけど驚いたよ、可愛いとか平気で言えるんだな」

「あ」

「ん?」

「いや、菓子が気になっただけだ」


 うーん、露骨というかなんというか、俺が口にしたところで影響力なんてなんらないのにこの顔だ。

 一瞬、こんなぶさいくが相手でもライバル扱いをしてくれているのかと嬉しくなったものの、ただ単に好きな女子に変な奴が近づいてほしくないというだけだという考え方になって捨てた。


「春はドキドキしたかもな」

「それはそうだろうな、だって佐藤からならともかく俺から言われたんだから」

「はは、自分を下げるなよ」


 目が笑っていないと言えるときが本当にくるとは思わなかった。

 自分から高橋の話を出すのは佐藤が怖いし、結局向こうから出ても佐藤が怖いからなるべくなしにしてもらいたかった。




 四月は特になにもなかった。

 だから五月も、そう言いたいところだがやはり部活からは逃げられないということで微妙な時間の始まりとなった。

 結局、母と話し合った結果、死ぬ前もやっていた野球をやることにしたが、申し訳ないから全部最安のやつに、できなかった。

 せっかくやるならということで母が張り切ってしまったのだ、あのときと違って一人なのに、無茶をする必要もないのにもったいない。

 そしてもう一つは、小走りで階段を上ってきた女子がそのまま突っ込んできたことだと言える。


「危ない!」


 身長差があってポンコツでもどうしたって弾き飛ばされるのは向こうのわけで、ただもっと残念だったのは咄嗟に腕を掴むことができずにこちらも飛ぶことになったことだった。


「いて――痛くない、そうか」


 そうかそうか、実際にこうして体験すると不思議な気分になるがそれどころではないよな。


「大丈夫か?」

「ひっ」

「悪い、だけど怪我がないかだけ教えてくれ」

「や、やだ……やだぁ!」

「って、あれだけ動ければ大丈夫か」


 この身長はこういうときに役立つな、こういうことはない方がいいが。

 これがもし佐藤だったら助けられるし、そこからなにかが始まるなんてこともあったかもしれない、が、俺だからこういうことになる。


「あ、どこに行っていたんだよ」

「ちょっと暇になったから校内散歩だ」


 給食、班の人間と向かい合って給食を食べるという行為が久しぶりすぎて疲れてしまったからなのもあった。

 これなら一人でいるしかなかった高校時代の方がマシだ、昼休みも最初から最後まで自由だった。


「外に遊びに行こうぜ、サッカーをやろう」

「別にいい――」

「私も行くよっ」

「おう、行こうぜ」


 これは俺や二人にとって当たり前だから特に寂しく感じたりはしない。

 体育や仮入部などで既に利用しているグラウンドに行くと珍しく俺達以外にも遊んでいて健全だなぁなどと内で呟く。

 高校なんかではスマホが当たり前になっていたし、公園なんかも遊ぶことが禁止にされていて物寂しかった。


「勝悟いくぞっ」

「おう――はは、優しいな」

「はは、そりゃまあな」


 高橋に渡してから気になっていた高鉄棒に意識を向けた。

 身長だけ高くても役立てるときはあると分かったものの、鍛えておけばもっとなんとかなるかもしれないということで近づく、あ、ちゃんと言ってから離れたからその点で問題はない。


「懸垂か……」


 運動能力が残念だから先程は腕を掴んでやることはできなかったわけで、そんな人間がいきなりやろうとしても無理だからとりあえずぶら下がっておくことにした。

 きっと野球にも役立ってくれるだろうと考えていれば虚しい気持ちにはならない、それに高身長なのにガリガリだったり太っていたりしたら格好がつかないからこうしている点もある。

 とはいえ、そういう点だけを見て言うのなら変わらないままの方がよかった、高身長、ぶさいく、見られる可能性は前より上がる。


「勝悟、そのままでいてくれ」

「ん? って、おい! 危ないぞ!」

「いや、シュート練習に丁度いいんだよ」


 丁度よくても俺的にはなにもよくない。

 ほら、高橋だって不安そうな顔で……いや、寧ろ笑顔で「城君に当てないようにね」などと言っている。

 彼がどれぐらいの能力なのかが分からない、だって小学四年生相当のままというわけではないだろう?


「とりゃあ!」

「いてっ、……とはならないけどさぁ」


 蹴ったボールが直撃というわけではなくても跳ね返ったボールが当たれば複雑な気持ちになるわけだ。

 しかも彼は謝らない、それどころか高橋と楽しそうに「結構上手くないか?」と。

 戻ろう、部活が終わった後、公園に行ってぶら下がればいい。

 幸い、そう遠くないところに鉄棒も高鉄棒も存在している公園があるのだ。


「見た目も中身がいつまでも完璧に、なんてありえないよな」


 はぁ、あのままを続けられるのなら一人の方がマシだ。

 ま、心配をしなくても本格的に部活が始まったいま、お前のところには行かねえよ、という話なのかもしれないが。

 勉強については得意でも苦手ということもないため、一応それなりに集中をして向き合っていた。

 掃除や帰りの会というやつをして放課後に、高校と違ってすぐに帰ることができないのが違和感のあるところだ。


「こんにちは」

「よう」


 年上、年上ねぇ、だが無駄に敵を作る必要もないから後輩というやつを演じていく。

 ここだけは人自体が変わってしまっているから慣れるまでに一ヶ月程度はかかりそうだ、あと、キャッチボールなんかだってかなり久しぶりにやることになるからそっちでも心配だったりする。

 もっとも、


「一年はまず体力作りからだ」


 そう、運動部特有のそれが待っているわけだが。

 ただ、こういう簡単すぎることの方が俺には合っているからいい。

 部活が終わるまでずっと走っているなんてことはないし、この中学の野球部は強いわけではないから緩々とも言える。


「お前でかいな」

「身長だけは伸びました」


 それだけかーい。

 ま、まあ、指示に従っているだけで部活の時間も終わったからいいか。

 決めていた通り、それで真っすぐに家には帰らずにぶら下がることにする。


「懸垂用の筋トレが必要だって聞いたことがあるから無理はしないぞ」


 できないと言った方が正しいが、敢えてやる気が下がるようなことを言う必要もないだろう。

 一ヶ月後とか半年後にどうなっているのかは分からないものの、それでも頑張ったというそれが残ればいい。


「あれ、城君だ」

「そうか、高橋の家はこの近くだったな」


 佐藤抜きで裏で一緒に過ごすことになるのは微妙だ。

 でも、彼女が悪いわけではないからなんとも言えない気分になる。


「うん、お菓子でも食べるかーと考えていたところにこれだったから驚いたよ。それでさ、部活が終わったばかりなのに早速運動なの?」

「おう、鍛えておきたくてな」

「へえ、じゃあちょっとここで見ていこうかな」


 前からそうだ、ただ、その場合は常に佐藤がいたから問題にならなかったというだけのこと、それとも、勝手に俺が悪く考えすぎているだけなのか?


「なあ高橋、俺はなんで引きこもったんだっけ?」

「え、急だったから分からないよ、お家に行っても会ってくれなかったから……って、自分のことなのにそれってやばくない?」

「そうだな、だけど引きこもりすぎて曖昧になっているというかさ」

「ごめん、そのことで役立てそうにはないよ」

「謝らなくていい、引きこもっていた俺が悪いんだからな」


 ぶら下がっておくだけなら俺でもできると分かってよかった。

 段々とそうしておける時間を増やしてから違うことにも手を出していこうと決めたのだった。

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