第3話 貴方の本心、私の本心。


「ほんと?」

隼太のびっくりする告白に、私達は目を丸くさせて隼太と朝日を交互に見つめた。

「た、確かに美男美女だしお似合いだよね……」

私が思った事を二人に伝えた時、朝日が口を開いた。

「それ以上何も言わないで!」

私は朝日に圧倒されて、口を噤んだ。


「あぁ…アタシったらごめんなさい。もうその話は聞きたくないの。隼太にとっても、私にとってもいい思い出ではないから。」


朝日が早口でさっきの言葉をかき消すように言った。その後、皆うんともすんとも言わないから、気まずい空気が流れてしまった。

そこで、朝日がぽんと手を叩いて、私の手から手紙と鍵を取り出した。


「みんな、見て。」


その一言で、合計6人が部屋の真ん中に集まった。

「この手紙、茜が言うには血で書いてあるって。でも、それ以外の事はアタシ達には分からなかった。なにか思いつく人、いる?」

流石クラスの中心人物、まとめるのが上手い。……と言いたいところだったが、別にもうクラスの中心でもなんでもない。

だって、もうこの学校の生徒の半数は、もう謎の生物へと化しているのだから。

そんな事を私が考えていた時、蒼司が手を挙げた。


「なぁ、これ、モールス信号じゃないか……?」


「え、モールス信号って、何……?」

亜里沙ちゃんが言った。私も同じことを考えていたので、うんうんと首を縦に振った。

蒼司は顔と完全に一体化しているメガネをかけ直し、モールス信号について説明した。


________


電信で用いられている可変長符号化された文字コードである.

_________


「カヘンチョウフゴウカ……??」


「あぁ、そうだ。そしてこれは一番世に知れ渡っているモールス信号だろう。」


「それって、どういう意味……??」

みんなが蒼司を見つめてゴクリと唾を飲み込む。



「……sos、つまり、助けて、だ。」




「「えーー!!」」


思ったよりありきたりな答えにガクリと肩の力が落ちた。

まぁ、その人なりの最大の言葉だったのだろう。

自分だったら死ぬ間際に文字を残すなんて、ましてやモールス信号でなんてできる余裕はないだろうし。

でも、今役に立つ情報でもなかったので、元の場所に手紙は戻した。



「んじゃ、この鍵なんなの??」

純子が珍しく声を出した。

でも、大分不機嫌そうな声だ。多分さっきの思わせぶりのせいで。


「その鍵、地下倉庫の鍵だと思うわ。私1回だけ入ったことあるの。暗くて冷たかったけど、なんかダンボールがいっぱいあったような気が……」

亜里沙ちゃんが言った。


「冷たくてダンボールが沢山……」

蒼司が呟いた。

「あ!!」

またしても蒼司が呟いた。

私達はさっきの事もあり大した情報でもないだろうと、軽く耳を澄ませて聞いた。

「それってきっと、非常用の物資だよ!!」


「「えーー!!」」


さっきとは違う、希望の叫びが出てきた。


今も食料はここにとりあえずあるけれど、ずっと持つ訳でもない。

ここに留まるだけでは生きていられないのだ。

非常用物資が、地下いっぱいに広がっているのなら、それこそ1年程は過ごせるだろう。


それを私がみんなに話した途端、亜里沙ちゃんの顔がパーッと明るくなった。

そして跳ね上がって喜んだ。

なんて可愛いんだろう。これは同性でも惚れる。


「それって、本当かな。」

朝日が言った。確かに非常用物資の確率が100%な訳でもないが、可能性を信じて移動したいと私は考えた。


「本当かもしれないじゃん。ね?」


「……あっそ。」


ホントにさっき私に謝ってきた人なのかと疑うほど朝日の私への態度が変わった。

「ねぇ朝日。私達、もう仲直り、でしょ?」


「……そうだけど、どうしても忘れられない。というか、思い出しちゃった。」


「…何を?何を忘れられないの?」


「…………ちょっとこっち来て。」


朝日が私の制服のセーターの袖を掴んでさっき朝日がいた部屋まで引っ張った。その時、私のスカートを誰かに触られた気がしたが、特に気にしなかった。



朝日はガチャンと扉を閉めると、したを向いて髪を直しながらふぅ、と深呼吸をした後、私の方に向き直った。その顔は、口をぎゅっと結び、どこか覚悟をしたような、そんな顔だった。


「……そんな硬い表情して、何がそんなに…」

私の話を遮るようにして朝日は話した。


「アタシが茜の事虐めてたのは、隼太のせいなの。」


「……んえ?」

頼りないかっこ悪い声が漏れ出てしまい、慌てて口を手で覆う。

驚きの表情を隠せないまま、私は言った。

「隼太のせいって、どういうことなの?朝日がいじめたくて私の事をいじめてたんじゃないの?」


「……違うの。ちょっと、聞いて。」


私は黙ってコクリと頷き、両手をお腹の前で固く繋いだ。




__________________


アタシ達は、入学してすぐ、両片思いという事を友達にそれぞれ伝えられて、隼太の方から告白をしてもらい、付き合った。


隼太は学年1のイケメンで、性格がいいとは言えないけど、裏では優しい、そんなやつだった。


アタシにピッタリ、運命の人かも。と、アタシはそのあとの展開について、色々考えていた。


手を繋ぎ、親しくなればキスをして…………

上手く行けば結婚、そこまで、考えていた。


そんな事を四六時中考える程、アタシは隼太の事が好きで、束縛したい、アタシだけの物にしたい。そう、考えていた。


でも、隼太の気持ちは違った。

もう、隼太の気持ちは、他の女に向いていた。



それが、茜だったんだ。



アタシと二人でせっかくネズミーランドに来た時も、たまたま同じ日に行っていた茜を隼太が見つけてしまったせいで、あかねが連れていた3人も含め、合計6人で回ることになってしまった。


そして、アタシの初めての彼氏とのネズミーデートは最悪のものになった。

隼太は茜にばっかり話しかけるし、夜のパレードが始まる頃には、2人は輪から抜け出していた。

LINEで、茜から「隼太がこっち来いよって言ったから着いて行ったんだけど…2人で迷っちゃって汗」と送られてきていた。


ぶっちゃけ、ざけんなよと思った。


そしてその夜、結局花火が上がる時にキスをしたのだそう。……隼太から。


その頃、茜とアタシは仲が良くなかったから、もちろん付き合ったことは言っていなかった。でも、アタシたちがいい雰囲気な事ぐらい、察せる人だと思ってた。断ってくれると、思ってた。


アタシは彼とキスどころか、手を繋ぐこともしていないのに、茜はそのあとすぐ戻ってきて状況を説明してた。でも、隼太はそんな茜の手を繋いでいた。


もうアタシは我慢できなくて、その場で隼太に別れようと言った。

そしたらアッサリ「いいよ、別れよ。俺も潮時だと思ってたよ」なんて言って、茜の方に駆けていった。


その時、アタシはあたしの幸せを奪ったやつを不幸にしようと決めた。でも、隼太はまだ好きだったから、いじめるなんてできなかった。だから、当てつけにあかねへいじめをすることにしていた……




_______________


「……ていう事だったの。ごめんなさい。」

朝日は一通りのことを話し終わったみたいだ。

私は、友達とネズミーランドに行った日、隼太に急にキスされた事を思い出した。


「謝って許されることでは無いとわかっているけど、私もごめんなさい。でも…」


あの時、断っていれば、私は虐められる事もなかったかもしれないのに。朝日には悪い事をした。

それは充分に承知している。が、それがいじめをしていいという理由には、ならないと思った。だから、私は本音を朝日に言った。だって朝日も本音を言ってくれたから。


「それがいじめていい理由にはならないと思う。例えそれが正当だと他の人に認められたとしても、私はそうは思わない。」


少し緊張した口調で言った。朝日の顔が引きつってくる。不味いことを言っただろうか。


「……そうよね……あのね、アタシ、まだ隼太のことが好きなのよ……だからアンタが邪魔なの……だから……消えてちょうだい!!!!!」


その瞬間、朝日が私の体を思いっきり押した。私は不意打ちの一発でよろけ、後ろにあった扉に勢いよくぶつかった。


「なんてことするの……改心したと思ったのに」

私は朝日の裏切りにショックを受けた。今まで否定され続けた私に、本音を伝え合えるような仲の友達ができたと思ったから。


「うっさい!あのね、邪魔なの!邪魔邪魔!消え失せろゴミが!」

その言葉は、つい先日まで私が浴びてきた罵声達と、同じだった。生徒数は変わったけど、私の立場は変わらなかった。


そして、朝日が大声で罵詈雑言を叫ぶものだから、隼太が扉を開けて入ってきた。片手には、私が朝日を見つけた時に持っていたナイフを持って。


「…朝日、お前何してる……!!!!」

隼太は眉間に皺を寄せ、激怒した様子で朝日に語りかける。

「俺は、お前と付き合ったこと自体が間違ってると気付いたんだよ…アンタみたいな最低なヤツと居ると、こっちまでそれが伝染る…!!!!お前の方が消えろ。」

隼太は、仮にでも元好きだった人に対して浴びせるような言葉では無い暴言を吐き散らかし、ため息をついた。

私は、それ以上は朝日がヒートアップして、何をしでかすか分からなかったため、隼太の口を塞いだ。

隼太は私の手の中でまだゴニョゴニョ何かを喋ろうとしていたため、「ちょっと静かに」と耳元で朝日に聞こえないように囁いた。


その様子をみた朝日が、顔を赤くして言った。

「アンタら両方消えちまえ!もうアタシは今ので隼太のことが嫌いになった。無理だよ!!!!死ね!クソ共がぁぁぁぁ!」

酷い言いようだなと思った時、また朝日が私の体を押した。

私は体制が崩れ、背中から地面に叩きつけられた。

その衝撃で頭を強く打ち、目の焦点が合わなくなった。


(アレ、私気絶するのか……?)

一瞬の間に、そう思った。


気絶する前に私の目に写っていたのは、私の上で顔を覗かせている、隼太の心配そうな顔だった__


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