第2話 個々の事。


海斗と涙の別れをした私は、次また会うことを約束し、着いてきてくれた人達と奴らがいた反対方向に向かって走っていた。

後ろからは海斗の声と、奴らの唸り声、殴る音が聞こえてくる。思わず耳を塞ぎそうになったが、弱気になれば海斗が囮になった意味が無くなると思い、拳を握り直して覚悟を決めた。私は私のできることをすると。まずはこの着いてきてくれた人たちと安全なところに避難するところからだ。


「皆さん、こんな時にごめんなさい、私は茜。面識ないと思いますがどうぞよろしく。まずは安全なところを探します。なるべく上がいいと思うので、行けそうであれば階段をあがります。」


自分でも何故こんなに冷静でいられるのか不思議だったが、とにかく今は逃げるのが最優先だ。


「あの、給食室が5階にありますよね。今ならご飯もあると思うのですが…」


さっき名札を落としてしまった亜里沙ちゃんが言った。

「ありがとう。まずはそこに行こう。」

上がってきた階段とは違うもう1つの階段はまだ奴らに塞がれていなかった。

「上がれる。急いで!」

今も下からの叫び声やらなんやらが聞こえてくる。私たちに悠長にしている暇なんてないのだ。

階段を駆け上がり、給食室に駆け込んだ。

でも、もう給食のおばさんたちは無事ではなさそうで、人影は微塵もなかった。

そして亜里沙ちゃんの思惑通り、配膳台には今日の昼に食べるはずだった給食と、食料が大量に保存されていた。

「あぁ、これで食料はとりあえず安心……」

念の為にドアは余っていた机と椅子で塞ぎ、窓のカーテンは全て締切った。


私はもう少しほっとしてしまい、腰が抜けた。

まずは自分のやるべきことが出来た。


「亜里沙ちゃん、ありがとう。他のみんなも着いてきてくれてありがとう。」

「いや、私は何もしてない。貴方の判断力が凄かっただけよ。私も完全にやってしまったわ。名札を落としたりして。海斗君を囮に……」


そこまで亜里沙ちゃんが言った時、私は泣き出してしまった。

「ごめんなさい!私無神経だったわ……」

「ううん、違うの。私、海斗の事信じてるから。」

「ええ、そうね。」

本心ではとても不安で、この先本当に生きて会えるのか、確信はなかったが、口に出すだけでもしておかないと、気が狂いそうだった。

「そうだ。自己紹介しない?」

気を紛らわすために言ってみた言葉だったが、案外皆、その言葉に乗ってくれた。

「確かに、廊下にいたあまり関わりがなかった人達だものね。」


「はい!じゃあ私から。茜です。よろしくね。」

みんなこっちを向いてよろしくとそれぞれ口に出してくれる。こんなに話を聞いてくれる人がいるのは久しぶりで、また泣きそうになった。


「じゃあ、次行きます。俺は隼太です。よろしく」

「あ!知ってる!隣のクラスの……!!」

「あ、まじですか、ありがとうございます。」

彼は学校1のイケメンと名の知れた人だった。

流石の私でも知ってるような有名人だ。


「はい!私は亜里沙です。よろしくお願いします」

相変わらず美形な亜里沙ちゃんは、見かけによらず大人しく、内気だ。


「んじゃあ僕が。蒼司です。大学医学部目指してるので、なんかあれば言ってください。怪我とか。」

メガネをかけていて、ぶっちゃけ冴えない見た目はしているが、居たら安心だなと思ってしまった。


「私は純子。よろしく。」

純子ちゃんは朝日ととても仲がいい。確か、幼なじみだとか言っていた。だから私は少し苦手だ。


「あれ、もう1人……いなかったっけ。」

私は海斗と手を繋いで逃げている最中に見た、後ろにいた人の姿が見当たらないと思い、口に出した。

「……理久は、落ちました。」

蒼司が言った。


「え?」


「アイツ、俺を庇って階段から落ちたんだ。」

そういう蒼司の目には、涙が溜まっていた。

「ごめん、私気が付かなくて……本当にごめんなさい。」

私は精一杯の謝罪をした。

「それは、理久に言ってくれ……ヒック」

あぁ、私のせいで悲しい思いをする人がいる。また、心が貪られる感触に陥った。

「茜さん、あなたは悪くないわ。私達が声を掛けなかったんだもの。」

「ありがとう。」

少しだけ、心が温まった気がした。


私たちはもう心身共に疲れ切っていたので、机にひいてあったテーブルクロスを固くて冷たい床にひき、せめて暖かくして寝ようと、5人でそこに横たわった。


「やっぱり冷たいな。」

隼太君が言った。まぁそれもそうだと思った。

「うん、そうだよね…なにか探してこようか。」

私は今いる給食室の机が沢山置いてある部屋を出て、いつもなら給食のおばさん達が料理をするところに入ってきた。いつもはとても清潔に保たれている給食室も、惨事が起きて暴れたのか、壁に括り付けられていなかった棚などは落ちたり、食器は割れたりもしている。

何か暖を取れるものがないかと、引き出しや棚を漁っている時、微かにカタカタ…という音がした。

私はそこにあった小さなフルーツナイフのようなものを片手に、恐る恐る近付いてみた。


そこには、私をとことんいじめていた朝日がいた。


「……朝日、なんでここに……?」


「あ、あぁ茜!今まで悪かったわ。謝るから一緒に居させて!、お願い……」


手のひら返しが凄いなとも思ったけれど、この現実味のない大惨事の上では、仕方の無いことかなと思った。

「いいよ…でも、なぜそんなに血まみれなの…?」

私が聞くと、彼女はこう言った。


「アタシと歩いてた男も女も、みんな奴に殺られたの…その時に返り血が…アタシもそのあと、元友達だったみんなに追いかけられて、食べられそうになった。倒すことも出来たけど、どうしても倒せなくて…たまたま見かけたここに入ってきたのよ…」


「それを……目の前でなんて……気の毒に…」


返す言葉も見つからず、沈黙がしばらく続いたが、朝日が先に口を開いた。

「ねぇ、役に立つかは分からないけれど、毛布があったのよ。なぜここにあるかは知らないけど。」

「本当に!?とりあえずどこにあるか教えてくれる?」

「もちろんよ。」

私は言われるがままに朝日の後ろにくっついていった。入った部屋には、確かに毛布が数枚置いてあった。その隣には、どこかの鍵と置き手紙があった。


「ねぇ、これ、なんだと思う?」

「置き手紙よ。正直なんて書いてあるか分からないわ。急いで書いたみたい。」

「これ、赤い字……」

私はもしかしたら「アレ」かもしれないと思い、髪を持ち上げ匂いを嗅いだ。

「アンタ!ねぇなにしてんの!!?」

朝日はびっくりしたのか大声で叫んだ。

「シー!大丈夫、静かにして。奴らが来るから。」

やっぱり。僅かではあるが鉄の匂いがした。これは多分血で書いたものだ。死ぬ間際に誰かが読んでくれるかもと思い、遺したのだと思う。もしかしたら、これから避難する上で重要な情報が乗っているかもしれない。

「ねぇ、これも持っていくね。朝日は毛布を持ってきて。」

朝日は声を出さずにコクリと頷き、私の後ろに着いた。

私がドアノブを握り、ドアを開けようとしたその時、皆がいる方からなにかが勢いよくぶつかるような、鈍い音がした。

私は奴らがもう入ってきてしまったのかもと怖気付いてしまい、ドアノブを握ったまんましばらく立っていた。

「ねぇ、茜!!何かあったのかも、早く開けて!」

その朝日の一言でハッとなった。私は勢いよくドアノブを回し、ドアを開けた。


そこには、窓の方を見て腰を抜かしている蒼司と、蒼司を立ち上がらせようとしている4人の姿があった。そして、窓には、奴らの一員と思われる、


理久が窓に張り付いていた。


純子ちゃんが私の存在に気がついたのか、走ってこっちに向かってきた。

「ねぇ、茜!!理久が、上から落ちてきたと思ったら、窓に張り付いて…窓ガラスを、割ろうと、してる、の……!!!!」

パニックになっているのか、息を切らしている。が、そんな中でも一生懸命状況を説明してくれている。私は純子ちゃんを慰めるように、落ち着いたトーンで話した。

「わかった。ありがとう。とにかく落とそう。少し悲しいかもだけど、自分たちの命のためだよ。みんな、ほうきみたいなの持って!」

蒼司以外は納得してくれたのか、ほうきを持ってきて理久が張り付いている窓を開け、ほうきで突っついた。少しづつではあるが、確実に剥がれて行っている。

その時、蒼司がバッと立ち上がった。

そして、こう言った。

「やめてくれ!落とさないでくれ!!!!!!会えたんだ、見れたんだ!!やめてくれえぇ!!!!!」

蒼司がそう言う気持ちも痛い程分かる。私もついさっきその気持ちを体験したから。でも、ここにいるみんなの命と、もう助からない人とでは割にあっていない。悪いが、こうするしかないのだ。

私が目をぎゅっとつむり、「ごめんね、ごめんね」

と呟きながら突っついていた時、隼太が「あ」と声を上げた。なんだと思って目を開けると、理久が何かを喋っていた。耳を傾けると、




「ありがとう。蒼司。俺たちはずっと友達だ。」




そう、言っていた。



その後、理久は自分から剥がれて落ちていった。

蒼司は理久の言葉を聞いた時、窓に駆け寄って来て、自分も理久への感謝を伝えた。


「いつまでもだぞ!忘れんな!……わすれんな……うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」


蒼司がそういい終わる頃には、理久は地面で潰れていた。蒼司は崩れ落ちて泣いていた。きっと、一番の親友だったのだと思う。見ているだけで心が痛かった。


そして、その時わかったことがある。

奴らは、完全に頭が潰れてしまえば動かなくなる。つまり、全ての奴らの頭を潰してしまえば、絶滅するのだ。動かなくなったヤツらをまとめて燃やせば、跡形もなく消え去る。骨も残らず。

そう考えると少し恐ろしくなったが、まだ考えるのは早いと思い、呆然と様子を見ていた朝日の紹介をすることにした。


「ね、ねぇみんな。大丈夫??あの、一人新しく一緒にいることにした子がいるんだけど……」

言った瞬間に、隼太がまず朝日をチラッと見て、その後私のことを見つめてこう言った。


「……あぁ。朝日だろ……俺の元カノだよ…」


「……ん?」


あまりにも衝撃的な告白に驚いてしまった。



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