第117話 elf/エルフ

「おお、久しいの。導華」


 その数時間後、玄武に呼び出された星奏さんが事務所にやってきた。


「お久しぶりです」


「クータルマの森に行きたかったんじゃが、あそこはちーと厄介でな。お主がついてきてくれて助かったのじゃ」


 お茶を啜りながら、星奏さんはそう言った。


「ところで星奏さん。クータルマの森ってどんなところなんですか?」


「ぬ。お主知らんのか?」


 私の質問に、星奏さんは意外そうな顔をした。


「はい、なんせグレーテさんに突然呼び出されたもので……」


「ほぉん。なら説明しておかないとな」


 そう言うと星奏さんはお茶を置き、クータルマの森の説明を始めた。


「クータルマの森。アマゾンの奥にあるそこは、いわば精霊たちの聖地なんじゃ。エルフを始め、様々な精霊や妖精が住んでおる。ワシの同族たちもいるぞ。血縁者はいないがな」


 星奏さんはさらに続ける。


「そして、クータルマの森はすごく綺麗でな。そこにある素材はどれも優秀な品物なんじゃ。木々や水、鉄や鉱石だってある。今回ワシが行くのはそれが目当てじゃな」


 なるほど。確かに精霊たちが住むのだから、なんとなく綺麗なイメージがある。ここで私はふとあることが気になった。


「それで、そこのどこが厄介なんです?」


 それを聞くと、星奏さんは眉を顰めた。


「それはじゃな、行くのが難しいんじゃ」


「行くのが難しい?」


「ああ、本来であれば、転移だのなんだので世界各地どこへでも簡単に行ける。しかし、ここは辺り一体が外部からの魔法やスキルを遮断する、特殊な霧で覆われとってな。そこを抜けるにも、ボッタクリの妖精を雇わないと抜けられないのじゃよ」


「確かにそれは難儀ですね……」


「じゃろ? 金をいっぱい持ってったとしてもそこで回収されて、肝心の森で素材を多くは買えなくなる。暴力を振えば迷わされるのは自明の理。こういうわけじゃ」


「でもそれって私がいるだけで解決できます?」


 ふと浮かんだ疑問を星奏さんに尋ねる。すると、星奏さんは今までに見たことがないくらいのニヤリとした。


「ふっふっふ……大丈夫じゃよ。お主のその刀があればな。まあ、やり方はその場に着いたら教えるのじゃ。楽しみにしておけ」


 星奏さんはそう言ってソファを立った。


「さて、用も済んだことだし、帰るとするかの。また明日ここに来るから、それまでに荷物をまとめておくのじゃよ」


「わかりました、ありがとうございます」


「いいのじゃよ。では、良い旅行を期待しておるぞ」


 そう言いながら星奏さんは手をヒラヒラとさせて、自宅へと帰ってゆくのだった。




「さて、こうなると厄介なのは……」


 旅行。となれば、私は2日この事務所兼自宅を開けることとなる。それ即ち、をなんとかしなければならない。


「ただいま〜。髪の先っぽ吸わせて〜」


 そう、時雨凛その人である。


「いきなりセクハラ発言しないの」


「あでっ」


 そう言いながら私は凛にデコピンをした。

 私は最近、少し凛に厳しめにしている。もしかしたら、凛がこんな変態になってしまったのは、私が甘やかしすぎたからかもしれないと気がついたからだ。


「え〜ケチ〜」


 そう言いながら、凛は私に後ろから抱きついた。まあこれくらいならスキンシップだろうと許している。


「……ちょっと凛、話があるんだけど」


「何? 婚姻届の話? ならやっぱり結婚記念日はもっと語呂がいい日がいいな」


 また凛が妄想に走り出したので、話を本筋に戻す。


「そういう話じゃなくてね。私ちょっとクータルマの森っていうところに行かないといけないんだ。グレーテさんに呼ばれてね」


「ふーん、んじゃ学校に休みの連絡を……」


「いや、凛は着いてきちゃダメ。留守番」


 すると凛の動きがぴたりと止まる。


「……」


「ほらさ、流石に学生をそう何度も休ませるわけにはいかないというか……」


「……やだ」


「え?」


「ヤダヤダヤダ! 着いてく!」


 途端に凛は地団駄をし、駄々を捏ね始めた。今までにも引き止めることはあったが、こんな風に駄々をこねるのは初めて見た。


「やっぱり学校には行ってもらわないと……」


「い・や・だ! 導華いないと学校行けない!」


 こうなるとは想定していなかった。やはり凛はヤンデレになったり、順当に寂しがったり、本当に忙しい。


(どうしたもんか……)


「いよし。そんなことなら俺が秘密兵器を繰り出してやろう」


 そんな折、玄武が自室から出てきた。


「何? 導華型のロボットでも作るつもり? 導華の平均体温の少数第3位まで暗記してる導華ニストの私は、そんなんじゃ納得しないよ」


「ちょっと本人が目の前にいる状況では行ってほしくないかなそういうこと」


 しかし、玄武は高笑いをした。


「全く、俺がそんな発明しか脳がない馬鹿だとでも思ったか?」


「うん」


「そりゃそう」


「当たり前です」


 キッチンにいたレイさんまでもが同意した。


「……まあいい。それじゃあその秘密兵器を見せてやろう」


 そう言うと、玄武は床に手をついた。


「『転移』!」


「うわっ!?」


 眩い光が放たれて、そこに何者かの影が現れる。


「全く……何やってんの凛!」


「か、母さん!?」


 なんとそこに現れたのは、凛の母親だった。


「あ、お久しぶりです田切さん」


「あどうも」


 凛の母親は目があった私に軽く会釈をすると、すぐに凛の方を睨んだ。


「あんた、田切さんに迷惑かけてるそうじゃないの!」


「え、いや、迷惑なんかじゃ……。ね、迷惑じゃないよね? ね?」


 凛は私に必死に弁明を求めた。しかし、ここは心を鬼にして答える。


「……ノーコメントで」


「導華ぁ!」


「ほら、田切さんが出張帰って来るまで、しばらく家で頭冷やしてなさい!」


「ヤダァああ! 行きたくないいい!」


 そして、凛は母親に引きづられ、自宅へと強制送還させられるのだった。


「……アンタ結構禁じ手使ったね」


「まあしょうがない。最近の凛の行動は目に余るものが多かったしな」


 こうして、私は久しぶりにゆっくりと旅行の準備を行うのだった。




「さて、行くかの」


 数日後。私は星奏さんと事務所の前で待ち合わせた。


「ええ、そうですね」


 今回はボストンバッグに色々なものを詰めてきた。星奏さんは小さなトランクを持っていた。


「トランク持って森を行くのは大変じゃ……」


「ああ大丈夫じゃ。カミウデが持ってくれる」


 そう言いながら、彼女はツインテールを手の形にして、トランクを掴んだ。全く便利な体だ。


「それでじゃ、ここからの予定を説明する」


 そして、星奏さんは話し始めた。


「まず、わしらは今からジャングルに向かう。道中では虎とかよくわからん猿とか毒蛇とかピラニアとかがいる」


「険しい道のりですね」


「それを全部玄武の転移で無視する」


 転移って便利!


「そしたらわしらは即座にクータルマの森の入り口につく。そうしたらだな、これをかけるのじゃ」


 そして、星奏さんが手渡したのは、サングラスだった。黒いオーソドックスなものだ。


「なんでこれを?」


「その後にな……」


と言って、星奏さんは私に作戦を耳打ちした。


「……それってやって大丈夫なんですか?」


「ああ大丈夫じゃ。あっちがその気なら、こっちとてやれる手札は全て切るのじゃ」


 そんな星奏さんの目は燃えていた。


「なんか恨みでもあるんですか?」


「いや、別に前に素材を買いに行ったら、お金を根こそぎ持ってかれて、素材がほぼ買えなかったなんてことなどはないぞ」


「ああ……なるほど」


 そのうち、玄武が事務所から出てきた。


「みた感じ、準備は良さそうだな」


「ああ大丈夫じゃ」


「うん、こっちも」


 その返事を聞くと、彼は手のひらを地面につけた。


「いよし、それじゃあ行ってこい! 『転移』!」


 こうして、私たちはクータルマの森へと向かうのだった。




「ここが……」


 そしてたどり着いたのは、目の前に石柱が二本立ち、その奥に深い霧が広がった森の中だった。


「よし導華。作戦通り頼むぞ」


「あ、はい」


 あまり気乗りはしないが、仕方ない。私はサングラスをかけた。


「おやおや〜、お客さんが来たみたいだね〜」


 すると、どこかから声が聞こえた。霧の中から誰かが出てくる。


「ようこそ、クータルマの森へ!」


 そうして出迎えてくれたのは、天使のような出立で、背に羽が生え、緑色の布を腰に巻いた、小さな妖精だった。彼は空を飛んでいた。


「それじゃあお客さん。ガイド料を払ってもらいましょうかね?」


「(あいつらはわしらの所持金が大体把握されておる。気をつけろよ)」


 そう言われましても。


「そんじゃ、大体9000ドルくらいもらいましょうかね」


「ちょっと待つのじゃ。前は900ドルじゃったぞ?」


「いやいやお客さん。最近値上がりしたんですよ〜」


 どうやら私たちの所持金をきっちり10分の1にする気らしい。こうなれば、私たちの作戦を繰り出すしかない。


「……おいクソ坊主。舐めてるのか?」


「へ?」


 私は刀を抜き、炎を纏わせ、妖精の首元寸前まで振るった。炎の跡がブワッと舞う。


「9ドルで通せ」


「は!? そんな無茶苦茶な」


「お前、私らの金見て決めてんだろ? だったら私は10ドルしか持ってねえ。私のガイドとして雇うから、9ドルで通せっつってんだ」


「いや、それは……」


「それは、なんだって?」


 私はジリジリと刀を妖精に近づける。妖精の顔がみるみるうちに青くなっていく。


「わっ、わかりましたよ! 9ドルで通します!」


「そうか」


 私は刀を納め、9ドルを支払った。


「それではご案内しますよ」


「適当な道行ったら、命はないと思え」


「わ、わかってますよ〜……」


 妖精はそう言って引き攣った笑顔を浮かべていた。ちなみに星奏さんは私の後ろでたいそう嬉しそうな顔を浮かべていた。


「(作戦成功じゃな⭐︎)」


「(あはは……)」


 作戦。それは端的に言って仕舞えば、脅して安く入ろうという話だ。

 もちろんそれだけでない。私のガイドとして妖精を雇い、その私の後ろを星奏さんについてきてもらう。これの成功率を上げるため、少しコワモテにしたというわけだ。




 それから10数分歩いたところで、段々と霧が晴れてきたのだ。


「はい、ここがクータルマの森ですよ」


「ご苦労」


 私は見辛かったサングラスをようやく外し、その景色を見た。


「これはすごい……」


 そこに広がっていたのは、美しい自然の景色だった。加えて、大小様々な木が生え、そこに家を建てて暮らす、様々な容姿をした妖精たちの姿もあった。


「みーちゃん!」


 そんな時、聞き覚えのある声がした。私がその方を向くと、えらく柔らかなものが顔面にぶつかった。



「ぐ、グレーテさん……」



「久しぶりだね! ようこそ、クータルマの森へ!」



 こうして、私の新たな冒険が幕を開ける。

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