第115話 elite/選ばれたもの

「うお、なんだあれ」


 とある通行人。彼が目にしたのは、道の中心に突如現れた、氷のドームだった。


「知らね。どうせまたどっかの守護者が討伐でもしてるんだろ。早く2件目飲みに行こうぜ」


「まあそうだな」


 そして、彼らはその場を離れていくのだった。




「これは……氷の結界?」


「 そう。お前が逃げないためのね 」


 凛は戦闘が始まると即座に結界を貼った。それは通常の半透明なものでなく、中の見えない氷の結界だった。


「 その姿のまま戦われたら、導華が敵だと思われる。それに、導華に街は破壊してもらいたくないし 」


 そうしたら導華自身が悲しむと、凛も知っていた。


「へぇ……変なところに気を使うんだね。自分は国一個潰したのに」


「 あれはゴミだからしょうがないよ 」


「っはっはっは。面白いことを言うね。さて、そろそろいいかな」


「 ? 」


「『記憶の鎖メモリー・チェイン』」


 すると、導華の体が宙に浮く。そして、その手足に謎の白い鎖が絡みつく。


「 何すんだテメェ! 」


 ブチギレた凛はその鎖を切り飛ばそうと、飛び上がり、氷柱を放った。しかし、それは真っ白な大剣に一蹴された。


「私はね、人の記憶に深く潜り込んで、その人の記憶から力をもらって強くなるのさ」


 そこに現れたのは、巨大な白い鎧。表情は甲冑で隠れておりわからないが、見た目は中世の鎧だ。そして、その腹の部分に導華が操り人形のごとく吊るされいる。


「 なんて大きさ……。これなら結界をもう少し大きくしないと 」


 そう言って、凛は結界の大きさを3倍ほどにする。


「そんなに大きな結界、魔力消費も膨大だろう? 大丈夫なのかい?」


「 舐めんな、こっちは導華愛してんだよ 」


「……返答になっているのかい?」


「 愛してりゃなんでもできんだよ 」


 そう言いながら、彼女は再び何かの魔法を詠唱し始めた。


「 さて、そんなデカブツ、私じゃ相手にしたくないんでね。こっちもデカブツを使わせてもらうよ 」


 瞬間、彼女の背後の地面が水色の輝き、真っ白な異形の手のようなものが飛び出す。


「 『白喰はくろう』 」


 白く角ばった頭、氷柱の生えた背中、鋭く伸びる爪。この世界のどんな動物にも似つかない、化ケ物が飛び出す。それは無の魔女の騎士と同じくらいの大きさだ。


「これは……」


「ウオオオオオオオ!!!」


 吠える化ケ物。地面を叩き、空気を揺らす。


「 こいつは氷獣が喰らったものの魔力分だけ強くなる。そして、私はその氷獣を魔導国に解き放った。この意味、わかる? 」


 無の魔女はその身から溢れ出す魔力の高さに少し冷や汗をかいた。しかし、彼女とて魔女。引く姿勢は一切見せない。


「ただ魔力があるだけのデカブツじゃ、私には敵わないよ」


「 それじゃあ、試してみようか! 」


 白喰は無の魔女へとぶつかって行った。




「あの力、想定以上だったな……」


 その頃、導華の心の中では、無の魔女が導華の記憶の解析を行っていた。


(早く解析を進めないと、私の片割れといえど、そこまでは持たない……。急がねば)


「あの、焦ってらっしゃいますけど、どうしたんですか?」


「ああ、なんでもないよ」


 決して気づかれぬよう、悟られぬよう、彼女は導華の記憶を少しずつ飲み込んでゆく。


「……そういえば君、時雨 凛ってわかるかい?」


「……誰ですかそれ」


 それを聞いて、無の魔女はニヤリとする。導華がその名を忘れているというのは、現在からその段階までの記憶を解析できたことを示していた。


「いや、なんでもない」


 ざっと半年。かなりの量の記憶を取り込むことができた。


(このペースなら、押し切れる)


 すると、無の魔女は次の一手を繰り出した。




「 『ゼロアイス:千氷せんぴょう』 」


 飛び上がる凛により、無数の氷が放たれる。今までとは比べ物にならないほど大きなその氷は、騎士を少しよろけさせる。


「 今ァ! 」


 そこを狙ったかのように突撃する白喰。騎士はグラリとゆれるが、なんとか踏ん張る。地面にズズズと跡ができる。


「っく!」


 無の魔女は負けじと両手に剣を出現させて、白喰へと切り掛かった。


「硬い!?」


 ガキンと白喰はその剣を受けきった。逆にその剣を握り、動かなくする。凛はその隙に腹部の導華へと向かってゆく。


「! やっときたか」


 しかし、ことはそううまくは行かない。無の魔女の鎧は赤く変色する。それを見た凛は即座に鎧から離れて、白喰に叫ぶ。


「 まずい! 白喰、離して! 」


「『炎刃全開』!」


 白喰はパッとそれを離した。が、その間に無の魔女の燃ゆる剣が白喰の腹部に巨大な切り傷を作った。


「グゥウ!!!」


 うめく白喰。切り傷は火傷のようになっており、かなり痛々しい。すると、白喰は背のうちの一本の氷柱を引き抜くと、それを腹部に突き刺した。


「……へぇ、治癒までできるってわけね」


 徐々に復元してゆく白喰の腹。あっという間に切り傷はその跡を無くした。


「 白喰は無事。なんとかなったか。だけど、どうしたもんか…… 」


 この巨体でも厄介なのに、導華の技まで使ってくるとは。いくら凛といえども、そう何度もあの火力とあの大きさの攻撃をくらっては、無事ではすまない。


「 ……30分くらいか 」


 凛はそう時計を見ながらつぶやいた。後30分で片付けなくては、導華の睡眠に害が出る。


(そもそもとして、あれってどうやって対処したらいいんだ?)


 凛は地上に降り立ち、そう思案していた。ただあの騎士を討伐するだけではなく、メインは導華を救い出すこと。あの状態では、どうにも近づくのも難しい。まして、近づいて何をしろというのか。


{あー、あー、聞こえるか?}


「 んなっ!? 」


(こいつ、脳内に直接!?)


 そんな折、凛に天啓が降りる。




「これは……」


 その頃、導華の心の中。その次元の中では、無の魔女、導華の他にもう1人女が存在していた。彼女は導華を救い出すべく、動き回っていた。


「結界まで張ってるとは。用意周到すぎるな」


 そう言いながら、見えぬ壁をコンコンと彼女は叩いた。それは無の魔女が作った結界であり、彼女にはそれを破るほどの力がなかった。


「これさえ破れればなんとか……」


 そんな折、彼女はある存在に目をつけた。


「あれは……確か時雨 凛とかいう魔女……」


 女は導華の心の中から凛の存在を目にしていた。彼女のことは前々から気になっていたのだ。


「ちょっとコンタクトとってみるか」


 そうして、凛と女は通話を開始する。



「 聞こえるけど、あんた何者? 」


{……まあ、1番目の導華推しの和服美人ってことにしておいて}


「 ……本当に何? 一番目は私なんだけど? 」


{あ?}


「 あ? 」


 一触触発。2人の女が通話越しでもわかるほどに睨み合う。


{そこはもうこの際おいておこう}


「 うん、導華の救出が先 」


 しかし、ここはさすが導華推しの2人。最優先は推し導華だ。


{あんたに少し提案があるんだけど、いい?}


「 何? それ導華救えるの? 」


{うん、できる}


「 なら聞かせて 」


{今から少しの間、導華の心の扉をこじ開ける。そこに入って、導華を中に貼ってる結界から助け出して。あとはなんとかする}


「 分かった。任せて 」


{飲み込み早くない?}


「 私は導華救える可能性あるなら、どんなめちゃくちゃな説明でも飲むよ 」


{流石、白の魔女だ}


「 それに、導華推しに悪いやつはおらん 」


{同感。だからこそ、導華の害となるやつは}


{「 ぶっ潰す 」}


 先ほどまでの空気はどこへやら。導華のこととなれば、2人とも目の色を変えて一瞬にして団結した。


「 じゃ、頼んだ 」


{了解}


 そしてブツリと通信が切れた。


「 よし、白喰。少しの間、あいつ足止めしておいて 」


 通信が終わると、凛は即座に白喰に声をかけた。白喰は嬉しそうに地面を叩いた。


「グウ!!!」


 そして、凛の目にも火がつく。解決策が見えた今、凛にとってもう障害はない。


「 決着、つけさせてもらうよ 」


 ゴールテープは目の前だ。




「 『氷重壁ひょうじゅうへき』! 」


 凛は地面に手をつくと、その場に無数の氷の壁を作り出した。それは凛の動きを妨げず、なおかつ凛の目隠しになっている。


「小癪な!」


 そんな凛を撃墜しようと、鎧は剣を振るう。数回振ったタイミングで、再び白喰が突進する。


「グウアアア!!!」


「またか! 芸がない!」


 彼女は再び「炎刃全開」を発動しようと魔力を貯めようとした。しかし、その瞬間、何かがそれを堰き止める。


{「光輪こうりん」}


 導華のいる腹の部分が輝く。それを見た凛はそこに目的地があることを察する。


「 ダオリャアアアアア!!!!! 」


 小細工一切なしの、単なる突進。そして、凛は真っ白な空間へと飛ばされた。


「導華!」


 彼女のゼロアイスが溶け、いつもの姿に戻る。


「あなたは……誰?」


 一瞬、凛の背筋が凍る。しかし、すぐに理解する。これが無の魔女の権能なのだと。


「忘れちゃったんなら、思い出させてあげるよ!」


 そう言って凛はニカっと笑った。


「私の名前は時雨 凛! 齢16! 玄武団に所属してる! そして、世界一好きなのは、好きなのはぁ!」


 声を大にして叫ぶ。


「導華だぁぁあああああああ!!!!!」


 その声を聞いて、導華の瞳に光が宿る。


「邪魔をするな!」


 凛は入ってきた穴に吸い込まれそうになる。四つん這いになりながら、必死に導華へと手を伸ばす。


「導華、手!」


「どこに行くつもり!?」


 導華は戸惑っていた。突如自分を好きだと言って現れた謎の存在。そして、自分のことを引き止める無の魔女。どちらに着いていけば良いのか。


「でも、なんだか……あの子の方が、いい子な気がする」


 徐々に引っ張られてゆく凛の手。導華は無の魔女の貼った結界を蹴り破る。


「なっ!? 記憶は抜き取ったはず……!」


「私の推しに、何してくれとんじゃぁあああ!」


 瞬間、女のドロップキックが無の魔女の顔面に入る。


「ウグハァ!」


「凛、導華持ってけ!」


「言われなくてもそうするわぁ!」


 凛はそのまま導華を引き寄せて、穴の外へと連れ出した。


「こーれであんたの干渉できる領域から外れたね。その罪は、しっかり償ってもらうよ、その魂でな!」


 すると、女の後ろに車輪が現れる。船の舵のようなそれはグルグルと回り始めた。


{「獄門ごくもん:豪吸陣ごうきゅうじん」!}


「う、うあああ!?」


 それは無の魔女の魂を吸い込んでゆく。あっという間に吸い込まれて、無の魔女は跡形もなくなった。


「さて、こいつの食ってた記憶は、全部返してやりますか」


 その号令と共に、車輪が逆方向に周り出す。すると、その中心から白いフィルムのようなものが次々に飛び出して行った。


「……時雨 凛。やっぱりあんたは私とおんなじだね」


 そう言って、女は再び導華の心の端っこの方へと歩いてゆくのだった。




「チュン、チュン……」


 次の日の朝。私はスズメの声で目を覚ました。


「ん〜」


 久しぶりによく眠った気がする。それに良い夢も見た。


「あ、導華。起きたんだ」


 私が起きたのに気がついて、凛が戸を開けて入ってきた。彼女は私のベッドの脇に座った。


「よく眠れた?」


「うん、特に何もなく。どうしたのそんなこと聞いて」


「ううん、なんでもない」


 そう言って凛ははにかんで笑った。


「そうだ。今日いい夢を見たんだ」


「どんな夢?」


「えーっとね……」


 私は霧散しそうな記憶をかき集めて、夢の内容を詳しく思い出そうとした。しかし、一部分しか思い出せなかった。




「確か……どこかの可愛い子が、私のことを大好き〜って叫んでくれる夢」




「……それだけ?」


「うん、でもなんだかとっても嬉しかったんだ」


 すると、凛は私に抱きついて、ベッドに押し倒した。


「やっぱり導華はかわいいなぁ……!」


「ちょ、何!?」


「私、生きてて良かったわ!」


「えっちょ、本当になんなのさ!?」


 こうして、私の騒がしい1日が幕を開ける。




















   第17章 what we got back 〜完〜


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