第114話 protect/護る

「ん、うう……」


 私が目を覚ますと、木組の家の天井が見えた。


「あれ、私……」


 何やら左から生暖かい風が吹いている。私は顔を横に向けた。


「おはよ♡」


「ギャアア!」


 そこにいたのは、鼻息の荒い凛だった。目は血走っている。


「あ、起きたかい」


 そんな私の声を聞いて、誰かがやってくる。


「あなたは……」


「そうか、話したことはなかったね。私の名前は白の魔女。以後お見知り置きを」


「あなたが白の魔女……」


「ここは僕の家だよ。前は急に氷漬けにして悪かったね」


「ほんとですよ全く……。おかげで腕に少し凍傷が」


「フン!」


 瞬間、凛が白の魔女の後ろに周り、彼女の右腕に氷を突き刺した。


「ちょ、何やってんの!?」


「断罪」


「あはは……」


 刺された当の本人は苦笑いをしている。


「あの、凛くん。僕は導華くんと一対一で話したいんだけど……」


「殺すぞ老害」


「え何が起きてたのこれ」


 私の知らぬところで、凛がありえないほどに物騒になってしまった。眠っていた間に何が起きたのか。それを聞くためにも、一旦凛をどこかに退けなくては。


「あー、凛? 私大きい雪だるま見たいから、作ってきて欲しいなぁ……なんて」


「了解!」


 そう言って凛は意気揚々と外に出て行った。窓を見ると、外で雪だるまを作っていた。


「……ほんと、君の言うことはしっかり聞くんだけどね」


 白の魔女はため息をついた。


「それで、色々聞かせてもらえます? 何したのかとか、何が起きたのかとか」


 私の質問に、白の魔女は素直に答えてくれた。


「それがだね。私は最初君と凛くんを引き剥がして修行をしようと思っていたんだ。そうじゃないとやりづらいし」


 まあそれは納得だ。しかし、一体何が起きてああなったのか。


「しかしだ。ここで誤算が起きた。君が来てしまって、凛くんに会ってしまった。ここで私はあることに気がついた」


 白の魔女は人差し指をピンと上げ、こう言った。


「凛くんは、君がピンチであればあるほど強くなるんだとね」


 私には少し心当たりがあった。凛は確かに私が何か危機的状況に陥ると、抜群に強くなった。最初に食わず女房と戦った時も、Under groundに狙われた時もそうだ。


「それに君は凛くんを守ろうとして自分から危機的状況に入り込むことも多い。だからそれを利用して、ぱぱっと強くしてしまおうと。そしたらだね……」


 白の魔女は気まずそうな表情を浮かべて、少し汗をかいた。


「やりすぎた」


「やりすぎたって?」


「具体的に言ってしまうと、身体能力の向上、使える魔法の増大、そして魔力の爆増。そのせいで僕でも制御できなくなっちゃった⭐︎」


「何やってんですか!?」


「いや〜、力の制御を教えるつもりが、制御できすぎて、魔導国をたった20分で滅ぼすほど強くしてしまうとは……」


「え、魔導国滅びたんですか?」


「あ、そうそう滅びた滅びた。君がボコボコにされてブチギレた凛くんの手でまっさらな雪原にされちゃったよ」


「えちょ、まずいんじゃ……」


「大丈夫。凛くんが某国に脅しを入れて、記録的な豪雪で滅びたってことにしたから」


「んなメチャクチャな……」


 私は窓の外の凛を見た。元気に雪だるまを作りながら、やってくる化ケ物を一撃で葬り去っていた。


「正直言って、今の彼女が本気を出せば、東京程度1時間くらいで滅ぼせる。それほどまでに彼女は強くなったんだ。ただ、ここでキーになるのは君だ」


 彼女はそう言って私を指差した。


「私?」


「そう。今の凛くんの手綱を握れるのは、唯一君だけ。だから、しばらくの間は君が面倒を見た方がいい。じゃないと多分、君が不快感を少し抱いただけでその人物を凍りつかせる、歩くヤンデレ兵器と化してしまうだろうからね」


 とんでもないことになってしまった。この女なんてことをしてくれたのか。


「でも、私は君も十分化け物だと思うよ?」


「はい?」


 私は思わず聞き返した。


「君ね、どれくらい寝てたと思う?」


「え、3日くらいですか?」


「ノンノン。12時間」


「12時間!?」


 なんということか。以前の私なら、もっと回復に時間がかかっていたのに。


「あの怪我からここまで回復するのに12時間……。君も十分化け物だよ」


 そう言って白の魔女は立ち上がり、コーヒーの準備を始めた。


「後、一つ言っておかないといけないことがあるんだ」


「言っておかなければならないこと?」


「君、しばらくは無の魔女に気をつけた方がいい」


「無の魔女ってあの洋館にいた魔女ですか?」


「ああ、君から何かそんな気配がする」


「無の魔女……特に何かされた覚えはないですが……」


「でもまあ、接触したようだし用心するに越したことはないよ」


 私の記憶だと、親切に本をくれただけだった。


「後、最後に聞きたいことがあるんだ。竜王 和導、そして六道 アヤメ。この2人の名前、聞いたことがないかい?」


「いえ全く。誰なんですか、その2人」


「……いや、大丈夫。何も気にしないでおくれ。遠い昔の私の知人さ」


 そう言って、白の魔女はコーヒーカップをカタンとおいた。彼女はそれを啜ると再びコーヒーカップを置く。


「なんだか、君からはそれと同じ雰囲気を感じるんだよ」


 その時、家の戸が勢いよく開け放たれた。


「導華、雪だるまできたよ!」


「あ、ありがとう」


 若干忘れていたが、確かに窓の外には大きな雪だるまができていた。近くには氷漬けの魔物もたくさんいた。しかし、それはあんまり考えないことにした。


「それじゃあ、私たちはしばらくしたら帰るので、よろしくお願いします」


「そうかい? もう少し長くいたらいいのに」


「うっせ。うちの導華は忙しいんじゃい」


「こら凛。そんな言葉遣いしたらダメ」


「(´・ω・`)」


「え、何その顔」


「しょぼんって顔」


「へぇ……」


 そんな様子を見ていた白の魔女はふふっと笑った。


「やっぱり、君には敵わないな」


「ああ、まあ……どうも?」


「おーん? うちの導華と張り合えるとでもぉ?」


「こーら喧嘩売らないの!」


 こうして私たちは白の魔女の家を後にした。




「しっかし、魔力を吸収する刀に、あの姿。加えてあの感覚ねぇ……」


 導華たちが帰った後、白の魔女は1人でコーヒーを飲んでいた。


「思い出せば思い出すほどあの2人にそっくりだ」


 彼女が思い出すのは、過去に出会ったとある2人。その存在は長寿の彼女の中に強く残っていた。


「……それも少し調べてみるか」


 そう言うと、彼女は研究している道具が置いてある机に座った。そして、指をパチンと弾いた。すると、そこに漫画のネームが現れた。


「全く、素直に言うこと聞いてたら、サインくらいはあげたのに」


 それは、凛の愛読書である、「日に触れる氷」の原稿であった。




「はえ〜、や〜っと帰ってきた!」


 私は久しぶりに事務所のソファに横になった。


「なんとか無事に帰って来たみたいで安心したぜ」


 玄武はそう言いながら、荷物をソファの横に置いた。


「私たちがいない間に何かあった?」


「ああ、特には何にも。いや〜、豪雪で魔導国が沈んだってニュース聞いた時にはどうなることかと思ったぜ」


「あはは……」


 いえない。これがすぐそばにいる魔法使いのせいだとは。


「まあ、造作もないよね」


「あ、自ら言うスタイルなのね」


 そんなわけで、かくかくしかじか凛が全ての事情を話した。すると、玄武は腕組みをしてこう言った。


「おもろ」


「感想うっす」


 その後、玄武はヘラヘラとして、笑った。


「まー生意気だったんならいいんじゃね? 特に何か不利益もなさそうだし。それに団員が強くなったならなおよし」


「やっぱおかしいよこの団」


「そんなことがあったならなおさら休んだ方がいいな。今日はさっさと寝ろよ」


 時計を見れば、時間は午後9時。寝るのにはちょうどいい時間だ。


「そうだね。私もさっさと風呂入って寝ようかな」


「わーい、導華の残り湯でカップラーメン作る!」


「凛、ちょっとストッパーつけようか」




 夜の12時。私は布団に入った。なんやかんやしていたら随分と時間が経ってしまった。


「さて、寝るか」


 私は目を瞑り、眠りへと入って行った。そして、奇妙な夢を見る。

 気づけば私はとある空間にいた。そこは真っ白で、空間の真ん中には、長い机が置いてある。


「や、久しぶり」


 私のいる反対側には、誰かが座っていた。


「あなたは……誰でしたっけ?」


 それは見覚えがあるのだが、名前を思い出せない存在であった。


「無の魔女だよ。久しぶりだね」


「あー、あなたでしたか」


 すっかり。あの時親切に魔導書を渡してくれた魔女だ。


「君と少しお話がしたくてね、来てみたよ。ほら、料理も準備したんだ」


 確かに机の上には、たくさんの料理が置いてある。どれも美味しそうだ。


「ではお言葉に甘えて……」


「たんとお食べ」


 そう言って無の魔女はニタリと笑った。




「ギィ……」


 深夜1時。私がカップ麺を食べていると、何やら隣の部屋から物音がした。


「導華かな」


 ドアを少し開けて、廊下を見た。すると、導華が歩いていた。服装はパジャマではなく、いつものスーツで、刀を右につけている。


「……ん」


 私はその背後をゆっくりと着いて行った。


「玄武〜、少し買い物してくる」


「分かった。気をつけろよ」


 いつも通り発明をしている玄武に、導華はそう声をかけて、出ていこうとした。私はそんな導華に声をかけた。


「ねえ導華、どこ行くの?」


「あ、凛か。コンビニ行くんだ」


「そっか。私も着いていっていい?」


「? いいよ」


 導華は不思議そうな表情を浮かべたが、そのまま快諾した。そして、私たちはコンビニへと向かった。夜の街には人がおらず、閑散としていた。

 数百メートル歩いたところで、私が止まった。


「……おいテメェ。なんのつもりだ」


 額に血管を浮かべながら、私は言い放つ。それを聞いた導華は焦ったように答える。


「ちょ、凛!?」


「お前、偽もんだろ」


 導華の焦りが止まる。


「刀のつける場所が左右逆。手の傷跡ない。歩く時の利き足逆。玄武のトーン少し違う……」


「……キモすぎ。いつから気がついて?」


「部屋出た時から気がついとるわ。導華の平均入眠時刻は0:34。途中にトイレに起きる確率は統計学的にゼロ。足音がいつもより半音高い。どれをとっても導華とはいえん」


「……流石の私でもそれは引くわ。肉体はいつもの導華のはずなのに、おかしいな」


 導華の髪の色が段々と白色になっていく。そして、刀を抜くと、その刀身も真っ白になっている。


「だが、こんなに早い段階で気が付かれるとは。計画が狂う」


「誰だよ、お前は」


「私かい? 私の名前は無の魔女。しがない魔法使いだよ」


「ほーん、それで目的は?」


「簡単。こいつの体を乗っ取る。この女は強すぎるからね。私にとって利用するに越したことはない」


「テメェ……肉体乗っ取り型だな?」


「ご名答。私は記憶を操る魔女。そのものの記憶の中に入り込み、魂から体を乗っ取る。今はまだ完全には乗っ取れていないんだ。だから、もう少し待っていてくれないか?」


 刹那。私は導華、もとい無の魔女の背後に移動する。


「待つバカがいるか」


 氷で作ったクナイは簡単に刀で返された。


「流石に一筋縄じゃいかないか。では……」


 導華の目が赤く輝く。


「力づくでも退いてもらおうか」


 その姿を見て、私は拳を握る。


「テメェ……導華の瞳は黄色だろうが! 本物によせろ!」


「全く、肉体は本物なんだから、文句言わないでおくれよ」


 私はゼロアイスを発動し、背後に氷柱を無数に出現させた。




「 1時間で叩き潰す。じゃないと導華の快眠の妨げになるからな 」




「一途だねぇ」


「 そう思うなら体を返しな 」


 深夜の激闘が幕を開ける。導華は私が守るのだ。




「……ム」


 真っ白な空間。その片隅。そこでは坐禅を組んだ女がいた。


「部外者が入ったか」


 彼女はとあるスキルを発動する。すると、背中に車輪が出現する。


「さて、掃除に行くか」


 彼女はカツカツと歩き始めた。

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