第113話 obliterate/消し去る

「っかは!」


 巨大な氷に腹を押されて、吹っ飛ばされる凛。その前方には、杖を構えた白の魔女がいた。


「ふむ。あれほどいきがっていたのに、歯応えがないねぇ」


「くっそ!」


 凛は歯をギリリと噛み合わせる。そして、背後に氷柱を出現させる。


「『ゼロアイス:サウザンドアイシクル』!」


 無数の氷柱たちが白の魔女へと放たれた。白の魔女はそれをいとも簡単にいなす。


「『ゼロアイス:バーン』」


 地面の氷が突き上がり、氷柱は無力にそれにぶち当たった。


「『ゼロアイス:カノン』」


 杖に魔力が集中して、あの時凛がアジダハーカを使用して放った魔力砲を、片手で放つ。


「うわっ!?」


 凛はそれを右に飛び退き、なんとか回避する。


「……おや」


 そんな折、白の魔女は眉をあげた。


「何かが近づいてくるようだね」


 豪雪の中の遠くの方。火の灯りが灯っているのがわかった。


「……これは、一悶着ありそうだ」


 そう言って、白の魔女は不敵に笑った。



 導華が洋館を出る少し前にこと。魔導国アルティレットの魔法軍たちは大挙して雪原の中を進んでいた。


「にしても、たかが2人にやりすぎじゃね?」


「いいんですよ〜。白の魔女なのだから、これくらいしなくては」


 全員が杖をもち、その目は血気盛んだ。そして、それを従えているのは、5人の大魔女たち。彼女たちを戦闘に軍は進んでいた。


「見えてきました、白の魔女の家です!」


 そのうちの偵察部隊の1人が声を上げる。遠方を見る魔法により、彼女は白の魔女の家を捉えた。


「どうしますか?」


「まあ、一撃で吹き飛ばそうか」


 赤の魔女の一声がかかると、後ろにいた魔女たちは慌ただしく動き始めた。それに合わせて、大魔女たちも準備を始める。


「さて、ここで終わりにさせていただこうかね」


 大魔女たちによって、空中に大きな球体が生成される。それは家ほどの大きさで、虹色に輝いている。


「みんな、チャージしてくれ!」


 後ろの魔女たちはそれに向かって次々に魔法を放つ。やがて、その球体の中が液体状の魔力によって満たされた。


「さて、ぶっ放そうか」


 瞬間、球体から眩いまでの光が放出された。


「「「「「『エレメンタル・ジャスティス』!」」」」」


 魔力の塊となった砲撃が白の魔女たちの元へと向かう。一直線に空を切り裂き、飛んでゆく。


「『雷炎無双』!」


 そこに割って入る一筋の雷を帯びた炎があった。導華だ。彼女は向かう魔力砲の間に割って入り、その砲撃を受け止めた。


「うおおおおおおおお、がああ!」


 吸収はしきれず、魔力砲は向きを変えて雪の中へと落下した。


「まさかこんな芸当までできるなんてね」


 その様子を見ていた赤の魔女は驚嘆の表情を浮かべた。正直導華のことを侮っていた部分もあったからだ。


「あれ誰?」


「ほら、あの剣士だよ」


「ああ、あの」


「あの、これどうぞ」


 導華はそう言って懐から例の本を取り出した。それを赤の魔女の前に放り投げると、赤の魔女はそれを手に取った。


「驚いた。この本まで回収してくるとは……」


 彼女はその本をまじまじと見つめて、顔をあげてこう言い放った。


「本当に、どこまでも馬鹿者だね」


 刹那。赤の魔女は杖から炎を放った。不意打ちのそれを導華は切り裂く。


「全兵に告ぐ、この侍を殺せ! どんな手を使っても構わない。こいつは、白の魔女の仲間だ!」


 瞬間、彼女の背後から無数の魔法が繰り出される。雷、炎、水、風、毒……。その全てが導華を襲った。


「卑怯者っ!」


 導華はそれを必死に受け止める。少し背後には白の魔女の家。修行をしている凛に危害が及ばぬよう、ひたすらに魔法を受け続けた。


「うぐっ」


 時折、受けきれずに一部が彼女の体を切り裂いた。しかし、構わずに切り続ける。


「これが、凛のためになるなら!」


 それは彼女の覚悟の現れだった。




「あっちで一体何が起きてるの……」


 その頃、その戦闘の音を耳にしていた凛はそちらの方をチラチラとみていた。


「全く……そんなに気になるのかい?」


 白の魔女はそんな凛のことを鼻で笑っていた。


「いやだって、導華の匂いがするし……」


「きっしょ。100メートルはあるんだがねぇ」


 瞬間、凛の目の前に何かが飛んできた。雪を飛ばしながら、それは地面に強く落下する。


「うわっ!?」


 雪煙が晴れる前。凛はその存在に即座に気がついた。


「導華!」


 すぐさま駆け寄る。抱え上げた導華は満身創痍だった。手足はあらぬ方向に曲がり、あらゆるところから血が出ている。


「はっーっはーっはーはー」


 呼吸も一定でなく、虫の息だ。


「ごめ、ん。弱くって」


 導華はただそう言い残して、グッタリと動かなくなった。


「……白の魔女。導華を治療しろ」


 凛はただ静かにそう告げる。その様子を見ていた白の魔女は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度をとった。


「全く。なぜ私がそんな知らぬ小娘1人の治癒を」


 ザシュ。そんな音が響いた。


「は……?」


 白の魔女はゆっくりと彼女の頬に触れる。その頬には痛々しい傷跡が出来上がっていた。


「 やれ 」


 白の魔女は初めて背筋に寒いものを感じた。


(この速度、この魔力……。一瞬でここまで? 私でも反応できなかった……)


 白の魔女は諦めて、導華を抱えた。


「わかった。責任を持って治癒をする。だが、その間君はどこに?」


「 2時間ほど席を開ける。 殲滅だ 」


「……おっかないねぇ」


 すでに凛はその場にはいなかった。



 同刻。凛の復讐劇が始まる。彼女は手始めに魔法軍の前にやってきた。


「君は……」


 魔法軍全体が侵攻をやめ、赤の魔女が反応する。


「白の魔女の弟子のようだね。一体何のよう」


「 弟子じゃない。だ 」


 魔法軍全体が凄まじいまでの殺気を感じとった。逃げようとするものもいたが、それを許すような気は、凛にはない。


「 『れい』 」


 大魔女以外の魔法使いは瞬間的に体を氷で包まれ、大魔女たちは下半身を全て氷漬けにされる。


「ぁ」


 己が凍ったと気づく間もない者も多くいる。それほどまでに一瞬で、大規模。大魔女たちは絶望を覚える。


(これが、白の魔女……!)


 赤の魔女は氷を溶かそうとした。しかし、一切変化がみられない。


「 その程度で溶けると思うなよ 」


 凛はそう言って、赤の魔女の顔を殴る。体がのけぞるが、サンドバッグのように再びその体は元の位置に戻った。その時、彼女の懐から写真が落ちた。


「そ、それは!」


 それを見た途端、凛の魔力がさらに増える。彼女は写真を握り潰し、赤の魔女に聞いた。


「 あの写真は 」


「……」


 彼女は近くにいた青の魔女の腹に手を添えた。瞬間、青の魔女の腹は氷によって突き破られて、彼女の口から氷のバラが飛び出した。そのバラは真っ赤に染まっていた。


「ひっ」


「 いえ 」


 悟った。もう何もできない、完全に凛の手の上だと。


「……田切導華に、土下座をさせた。少し生意気だったから、腹いせに」


 凛は赤の魔女の両腕を引きちぎった。鮮血が舞い、赤の魔女の絶叫が響き渡る。


「 お前は最後だ 」


 カタカタと震える大魔女たち。他の魔女たちは震えることすらもできない。


「 面白いことを教えてやる。この氷に包まれた物体は著しく耐久度が落ちるんだ。こんな具合に 」


 凛は近くにいた魔女の1人の頭を握りつぶした。ぶちゃりと血が雪を赤く染める。


「 ここじゃつまらん。場所を変えよう 」


 彼女は一帯をどこかへと転移させた。



 凛の復讐劇が幕を開けて3分後。彼女は魔導国の中央に位置する城のバルコニーにきていた。


「 こい、人間共 」


 彼女は再び転移を発動する。町中の人間たちがバルコニーの前に集められた。


「一体なんだ!」


「見て、大魔女様たちが!」


 人々は氷漬けになった大魔女たちを見て、驚き、絶望の声を上げる。そんな時、凛がマイクをとった。


『 お前らは、いらぬ人間どもだ。せめて、糧になれ 』


 ただそれだけを告げた後、ある魔法を発動する。


「 『氷獣ひょうじゅう』 」


 上空に大きな穴が開く。そこから何体もの化ケ物が落下してくる。その体は雪や氷で作られており、目は赤く輝いている。その図体は大きく、10mは優に超えており、その口からは瘴気を放っていた。


「 かかれ 」


 瞬間、氷獣は辺りの人間を食べ始めた。その光景を目にした人々は即座に逃げ出した。


「 街は壊しても構わない。全て殺せ 」


「なぜ、罪のない人間まで……」


 そんな時、緑の魔女が凛に声をかけた。


「 邪魔、だからだ 」


「そんな」


 凛は緑の魔女の頭に手を触れた。見た目の変化は起こらないが、徐々に彼女は苦悶の表情を浮かべる。


「 部屋に虫がいたら、殺すだろう。そういうことだ。まあ、今は苦しみで何も聞こえないだろうが 」


「っっっあああああがあぐああああ!!!!!」


 先程、凛は血管や尿道。その他の部分にいくつかの氷の塊を仕込んだ。これにより、緑の魔女は身体中に栓ができ、詰まる。今彼女は身体中でその苦しみを味わっているのだ。


「 さて、あとは奴らに任せよう 」


 見れば、氷獣たちは家をも叩き壊し、一部では火事も引き起こしていた。


「 私はこっちを 」


 そう言って、凛は黄色の魔女の体を掴んだ。そして、肋骨を一本引き抜いた。


「あぢゃああああ!!」


 そして、それを紫の魔女の眼球に突き刺す。互いの体から血が溢れ出す。


「いだいいいいいいい!!」


 それから次々に凛は黄色の魔女の体から骨や内臓を引き抜いた。それを紫の魔女の体に突き刺し、飲み込ませ、埋め込んだ。やがてそこには、黄色の魔女だった肉塊と、かろうじて人間の形をした、骨と臓物にまみれた怪物が誕生した。


「あ、あ……」


 紫の魔女はその状態でピクピクと動いている。


「 それでは、仕上げだ 」


 凛は目から膨大な涙を流しながら、恐怖に怯える赤の魔女を見た。


「 お前は私の思いつく最も酷い死を与えよう 」


 そう言うと、凛は近くに立っていた緑の魔女を氷漬けにした。そしてそのまま彼女を踏み潰した。


「 ほら、食え 」


 それの一部を掴み取り、赤の魔女の口を無理くり開け、詰め込んだ。


「おっぐおえええええ」


 何度も嗚咽をし、緑の魔女を食べ切った。


「 さて、これもプレゼントとしておこう 」


 彼女は赤の魔女の頭に触れた。砕かれると思ったが、違った。


「 『アンデット』 」


 赤の魔女の顔が真っ白になった。考えうる、いや、考えつきもしなかった最悪の事態だ。


「 ちょうど贄がたくさんいて助かった 」


 アンデット。この呪文は選んだ100人の命を犠牲にして、特定の人物を不死にする魔法だ。そのために凛は魔法軍の人物を連れ帰ってきたのだ。


「 簡単に逃げられると思うな 」


 凛はそれからも、辺りにいる魔女や大魔女たちの体を砕き、赤の魔女の口に押し込んだ。到底生き物とは思えぬ扱いを受けながら、彼女は何度も嗚咽し、押し込まれる。


「 邪魔だな 」


 その過程で彼女は歯を全て抜かれた。押し込む時にになってしまったのだ。


「 これで全てか。よく飲んだな 」


 やがてそこにいた人物を赤の魔女は全て飲んだ。本当は腹が破けていたが、凛の治癒魔法、不死、そして凛による人体改造によって無理くりに入れられた。

 彼女の腹は青黒く変色し、醜く弛んでいる。もはや死体同然だった。


「 では、最後としよう 」


 凛はそんな赤の魔女の体を掴んで飛んだ。上空に浮かぶと、もはや原型のない魔導国の有り様がよく見えた。


「 『せつ』 」


 刹那。雪崩のような量の雪が魔導国に降り注いだ。城は一瞬にして崩れ、雪の化ケ物たちもろとも、雪は全てを包み込んだ。


「 お前もだ 」


 もはや何も喋れない人形となった赤の魔女は凛の手から離されて、落下した。そして、雪に塗れ、どこかに消えた。彼女は、せめて楽になれる時を祈って、氷の中に閉ざされた。


「 やっと綺麗になった 」


 そこには、足跡一つない、美しい雪原が残されたのだった。


「 導華が喜ぶ 」


 凛の笑みは、人間のものではなかった。




「プルルルル……プルルルル……」


 某国。そこに電話がかかってきた。そこは魔導国アルティレットを建国した国だった。


「はい」


 そこにいる秘書が電話をとった。少しして、青ざめた表情をした彼は首相に電話を変えた。


「なんだ?」


『 アルティレットは豪雪によって、なくなった 』


「……は?」


 電話口から聞こえたのは、低い女の声。それはただ一言そう告げた。


「何を世迷言を……」


「首相、これを」


 言いにくそうに秘書は写真を見せた。それをみて、首相は驚愕する。衛生写真には、魔導国アルティレットなどなく、ただ雪原が広がっていた。


「何をした!?」


『 声を荒げるな 』


 その声と共に、隣にいた秘書が氷漬けになった。


『 こうなりたいのか? 』


 首相の顔はもはや真っ白になり、何も言わなかった。


「……わかった。そう発表する」


『 よろしい 』


 ガチャリと電話が切れた。首相はその場にただ佇むだけだった。



 吹雪が吹いている。凛はただ、雪原の真ん中で、ばたりと倒れた。


「 導華、やったよ。綺麗な世界だ 」


 雪降るそれを眺めて、ただ1人。誰も聞くものはいない。しかし、こう呟く。



「 導華は、私が守る 」



 21分。たったそれだけの時間で、彼女は復讐劇を終えた。

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