第112話 trouble/問題

「さて、田切導華はどうなってるかな」


 その頃、赤の魔女は水晶玉を取り出し、導華の様子を見ようとしていた。彼女が魔力を込めると、水晶玉の中に雪景色が映る。


「これは……こっぴどくやられてるね」


 そこに映し出されていたのは、氷漬けになった導華の様だった。


「流石に厳しかったか……。おや?」


 そんな中、赤の魔女はある存在を発見する。氷漬けになった導華の前で膝をついて泣いている、水色髪の女。凛だ。


「誰だこの女は」


 赤の魔女は片手で古文書を開き、そこに魔力を流し込む。すると、そこには竜王事務所のホームページが表示された。


「……なるほど。だから彼女はここに来たのか」


 そして、赤の魔女が見つけたのは、団員の中にいる凛と導華だった。それを見つけた彼女は、ゆっくりと口角をあげた。


「これは使える」



「ハッ!」


 私が次に目を覚ましたのは、ベッドの上だった。辺りを見回してみると、そこが診療所のようなものであることがわかった。


「ここは……」


「起きましたか」


 私の枕元に控えていたのは、見たことのない魔法使いだった。


「あなたは氷漬けになった状態でここに運ばれてきた……というか、突然転移してきたんですよ」


 事情を聞けば、深夜彼女が事務作業をしていたら、この診療室に轟音が響いたという。驚いて見に行くと、床に凹みを作った状態で、氷漬けの私がいたのだそうだ。


「何にやられたのかは知りませんが、ひとまず命に別条はないです。ただ体に少し凍傷がありますが……」


「あの! 私がここに来てからどれくらい経ちましたか!?」


「そうですね……。一週間ほどでしょうか」


「そ、そんなに……」


「なんせ強力な氷でしたから、解凍するのにも随分と時間がかかったんです。完全に氷が除去できたのもつい昨日のことですし」


 そりゃそうだ。相手はあの白の魔女。その氷が弱いわけがない。しかし、まさか一撃で持っていかれるとは……。


「まあ、数日は安静にしておいてください」


「は、はい……」


 ベッドの並ぶ部屋から彼女が出ていき、私はその部屋に1人残された。


「凛、手加減してくれてたんだな……」


 私は以前、ルナがアメリカで氷漬けにされた時を思い出した。あの時は簡単に氷が溶けた。


「今何してるんだろ」


 ただそれだけが心配だった。何か白の魔女にされていないだろうか。


「やあ、こっぴどくやられたみたいだね」


 そんな時、私のベッドの傍から声がした。みると、それは赤の魔女だった。


「すみません……」


「いやいいよ。しかし困ったね。これでは君のお友達まで殺してしまうことになりそうだよ」


 私の背中が凍りつく。


「調べさせてもらったよ。なんで君が来たのか、ずっと疑問だったんだ。白の魔女の後継者が今ちょうどあそこにいて、君は彼女を取り戻しにきた。そんなところだろう?」


「……はい」


「私たちとしても、そんな厄介な存在、無視はできないんだよね」


 その通りだ。白の魔女は史実では大罪を犯した存在。そんな者の後継者など、この町では脅威そのものだろう。


「そこでだ。明日の夜、白の魔女のいる区画全体を焼き払ってしまおうということになったんだよ」


 私の手に汗がじんわりと出始める。私はベッドの布団をギュッと握った。


「だが、君としても、それは嫌だろう。だから、そんな君に行ってもらいたい案件があるんだ」


 俯く私の顔を赤の魔女は顎を掴んであげた。


「この街の外れにとある洋館がある。そこには歴史的に重要な書物があるそうなのだけど、なぜだか取りに行ったものが誰も帰ってこないんだ。それを持ってきてくれ。そうすれば、侵攻はやめよう」


 願ってもない申し出だった。今は夜の12時。明日の夜ということは、今から出なければ、間に合わないかもしれない。


「わかりました。ではそれで……」


「おっと、まだ話は終わっていないよ。日本にはあるんだろう? お願いをする時にする、最上級の行いが」


 彼女は私の顎から手を離した。


「土下座だ。土下座してくれれば、それをとうそう」


「え……」


「当たり前だろう? 君はそもそも任務に失敗しているんだ。それの挽回の場としてわざわざこちらが用意してあげたんだ。ちゃんとそれぐらいしてもらわなきゃ」


 彼女の笑みは、私には醜く歪んでいるように見えた。


「……わかりました」




「……白の魔女、なんであなたは魔女たちに憎まれてるの?」


 その頃。凛は白の魔女のいる小屋の中で食事を取っていた。その時に、凛は不思議そうに尋ねた。


「おや、もうそんな風に質問するほど機嫌を直したのかい?」


「質問にだけ答えろ」


 あの一件以来、凛は白の魔女のことを凄まじく嫌っていた。順調にその修行をこなしてはいたのだが、その際に交わす言葉は一言二言だけだった。


「手厳しいね。でもまあ、正直僕もわからないんだけどね」


 ホットココアを啜りながら、白の魔女は答えた。


「は?」


「僕はね、歩いていたら、倒れていた人がいたから、その人のところに行っただけなんだよ。そうしたら、なぜだかこんな風に悪人にされてしまったのさ」


「反論は?」


「したさ。だけど、魔女たちは狡猾でね。自分たちの立場をあげるために僕のことを蹴落とした。大魔女たちはこの街に住んでいる人たちにとっては、尊敬される存在。彼女たち5人の意見には、流石の僕でも敵わなかった」


「へぇ……」


 そして、話を終えると、白の魔女は立ち上がった。


「さて、話は終わりだ。そろそろ最後の修行に入ろうか」


 彼女は立てかけてあった杖を手に持ち、家の扉を開けた。外は吹雪が吹いていた。


「最終段階。私に一撃でも与えてみて」


「……ヌルゲーでしょ」


「そう思う? ならおいでよ。ボッコボコにしてあげるから」




「こっちの方ってことになってるけど……」


 起きてから数時間後。私は医者の静止も無視して、診療所を抜け出して、森の中にやってきた。もちろん、目的は洋館だ。


「あれか」


 歩いて数時間。時刻は昼の12時ごろ。ついにそれが見えてきた。木でできたそれは古びた外装で、薄汚れていた。


「失礼しまーす」



 ゆっくりとその扉を開き、中に入る。中は埃をかぶっており、外装と同様、ずいぶん古いようだった。


「なんだここ……」


 内装はよくある洋館。しかし、ところどころ割れたシャンデリアや金具の壊れた扉が、どこか不気味な印象を与える。


「まあいいや。さっさと行かないと」


 私は本を探し求めて、洋館の中を進む。一つ一つ扉を開き、その中を見る。しかし、本らしきものは一切見つからない。


「あとはここくらいしか……」


 そこは大部屋で、どうやら食事の際に使われていたらしい。テーブルやら椅子やらが並べられている。


「ギギギ……」


 重い扉を開く。そして私は驚愕する。


「人!?」


 人がいたのだ。それも1人だけじゃない。大量にいる。それが山のように積み重なっており、部屋の隅にいる。そして、その山の前方に本が置いてある。


「本は多分これだろうけど……。この人たちが一体……」


「その子たちは私の魔導書だよ」


 瞬間、私は後ろに飛び退いた。山の中に積み重なった1人。それが立ち上がり、こちらに向かってくる。


「私の名前は無の魔女。よろしく」


 その見た目は髪が白く、目が青い。


「今までもここに色んな子がこの魔導書を取りに来たんだけど、君ほど強いのは初めてだ。なんでこんなところに?」


 一切の躊躇なく、彼女は私に問うた。


「えっと、実は……」


 私はかくかくしかじか事情を説明した。すると、無の魔女と名乗った彼女は何かを考え始めた。


「なるほど……。そりゃまずいね。おそらくだけど、もう凛って子のところに魔女たちが向かってるよ」


「……え?」


「君は単純すぎる。魔女たちはね、思ってるよりも狡猾で卑怯なんだ。だから、今すぐにでも向かわないとその子死ぬだろうね」


「う、嘘……」


「ん〜本来なら手合わせを願いたいところなのだが……。そういうことなら、こんな提案をしてあげよう」


 無の魔女は赤の魔女と同じようにある提案をした。


「……というのはどうかな。そうすれば、私は無条件でこの本を譲って、君との一戦をなしにしてあげよう」


「そんなことでいいんですか?」


「うん、いいよ」


 そう言って、無の魔女はニッと笑った。


「わかりました。ありがとうございます!」


「良いってことだよ」




 少しして、私は洋館を出た。そしてそのまま刀に魔力を流し込み、電撃を纏わせる。



「行かなきゃ」



「『雷刃』」


 私は森の中を駆け抜けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る