第111話 onus/義務

「白の魔女の討伐……?」


 凛の元に導華がやってくる数時間前。導華は宿で赤の魔女と自分を呼んだ人物に出会った。彼女は赤い帽子をかぶっており、その手には何かの本が握られていた。


「そう、討伐」


 彼女は本をペラペラとめくりながら、答える。


「君のこと、少し調べさせてもらったよ。守護者をしてるんだってね。しかも実力もあるし」


「なんで私のことなんか調べたんです?」


「あの本、手に取ると誰がとったかわかるように魔法を施してあるんだ。おかげで君のことがわかったってわけ」


 彼女は本をパタンと閉じて私の手を握った。


「ま、立ち話もなんだし、私たちの本拠地に連れてってあげよう」


「え、ちょま」


「『テレポート』!」




 激しい光に辺りが包まれて、思わず目を閉じた。


「ふん、こいつが田切導華か」


 そんな声がして目を開ける。そこは既に私のいた宿ではなく、豪華な部屋であった。私を囲むように半円の机が設置されていて、そこには4人の魔女が座っていた。


「さて、連れてきたよ」


 空いている中央の椅子に先程の赤の魔女が座った。そして、彼女が指を弾くと、私の背後に椅子が出現した。


「さぁ、座って」


 言われるがままにその綺麗な椅子に座った。見渡せば、それぞれ緑、黄、赤、青、紫の5色の色の帽子を被った女たちがいた。


「私たちは君の読んでいたあの本に載っていた魔女たちの後継者、ってところだね。それじゃあそれぞれ自己紹介を」


「緑の魔女です〜。得意な属性は風だよ〜」


「黄の魔女だ。得意は雷」


「赤の魔女。得意なのは炎さ」


「青の魔女と言う。得意なのは水じゃ」


「紫の魔女。毒魔法が得意」


 そして、それぞれが自分の紹介を終わらせると、今度は黄の魔女が口を開いた。


「さっさと本題に入ろうぜ? こっちも忙しいんだからよ」


 彼女はせっかちなようで、カツカツと左手の人差し指で机を叩いている。


「わかってるよ、君は短気だなぁ」


「ああ!?」


「まあま。それじゃあ、導華くんにもちゃんと説明しないとね。本に書いてないことまで」


 すると、赤の魔女はここまでのことを教えてくれた。


「この国は16世紀頃に作られた。当時のイギリスの有力な魔法使いたちが集まって土の魔法で道や島を作り、ここに置いた。そんな時に最も活躍したとされて、重役に任命されたのが大魔女ってわけさ」


 続け様に緑の魔女が口を開いた。


「それで、私たちのご先祖様たちはこの国を統治していたの〜。そしたら、本に書いてあった通りの事件が起きて、白の魔女は山へとこもってしまったの〜」


 その様子を見て、紫の魔女が話す。


「彼女はどうやらそこで魔法の研究を開始した。そんな中、彼女は禁断の魔法である、不老不死の魔法を見つけてしまった。それにより、彼女に寿命という概念は無くなった」


「つまり、白の魔女は500年以上生きているってことですか!?」


「そういうことだ。私たちのように代替わりなどはせず、一切を彼女1人で続けてきたんだ」


「そしてだ。そんな彼女を君に討伐してきて欲しいんだよ」


 そう言って、赤の魔女は私を指差した。続け様に告げる。


「君の刀は切ったものの魔力を吸収する刀。魔法使いにはピッタリな刀だ。君であれば、あの無敵の氷にも太刀打ちできるかもしれない」


「そ、それはそうですが……」


 凛はおそらく白の魔女というやつの親族。それがバレれば、魔女たちは凛をも狙うかもしれない。それに、そんな危ない人物の近くに凛をおいておきたくはない。

 だが、まず私はあくまで凛に話を聞きたいだけだ。親族にいきなり殺しにかかるのは少し早計な気がする。


「なんだい、それとも受けられない理由でもあるのかい?」


 とは言っても、この魔女たちが凛の元に行くのも困る。であれば、私が行って話をつける方が良いだろう。


「……わかりました。行ってきます」


「そうこなくては。報酬は何にする?」


「……後で決めさせてください」


 私はそう言い残して、早足でその場を抜け出した。




「凛!」


 数時間後。向かった先にいたのは、白の魔女ではなくて、凛だった。


「……どうしてここに?」


 その表情はいつもと違い暗く、赤いマフラーも巻いていない。


「……依頼で白の魔女を討伐しに来た」


「本当にそれだけ?」


 ひどく冷たい目。その目に背筋がゾクリとする。


「後、なんであんなに急に消えたのかを聞きに来た」


「……そっか」


 瞬間、凛は背後から氷柱を出現させた。


(あれは、臨戦体制!)


 私は即座に右に避ける。私のいた位置に無数の氷柱が飛んでくる。


「くっ!」


 できれば攻撃はしたくない。私は刀を抜いて、防御姿勢に入る。


「『ゼロアイス:アイシクル』」


「『炎壁えんへき』!」


 飛んでくる氷を受けるために、私はその場に刀を刺し、巨大な炎の壁を作り出した。そこを通過し、氷は大きさが小さくなる。


(これでも完全には受けきれない……。さすが凛!)


 そんな時、凛の背後に何かの口のようなものが氷で形成される。


「あれは……餓狼!?」


 それは影と戦った時に彼女が最終奥義として繰り出した、餓狼によく似ていた。


「『ゼロアイス:アジダハーカ』」


 餓狼と違い、竜の頭のようになったそれは、その口から凄まじいほどの魔力を放つ。


(凛ってこんなことできたの!?)


 考えている暇はない。魔力を避けるように雪の上を走る。私を追いかけるように魔力は地面に抉った跡を作り出す。


「これは流石に……『炎刃』!」


 迫ってきた魔力を吸収して、なんとか回避する。それを見計らってか、凛も再び動き出す。


「『ゼロアイス:ブリザード』」


 一瞬にして辺りの木々が凍りつく。凛はそれにさらに魔法を組み合わせる。


「『ゼロアイス:アイスハンド』」


 彼女の背後から伸びる、数本の氷の手。それは凍った木々を簡単にちぎりとり、投げつけてくる。


(まずい、この物量だといつか押し通される!)


 凛の強みは圧倒的な物量。魔力の量で大量の魔法を同時に使い、相手の逃げ場を一瞬にして無くす。今も、先程のアジダハーカ、凍った木々、加えて氷柱まで用意している。


(だけど、攻撃するわけには……!)


 それでもまだ私は凛を攻撃したくはない。刀も防御に使うのみで抑えたい。


「……だったら」


 私は打開の一手を思いつく。


「うおおおおおお!!」


 飛んでくる木々、高圧の魔力、氷柱。その全てを刀で受け止めながら、その間をすり抜けてゆく。


「凛ならこれが効くはず!」


 私はそのまま飛び上がり、凛に飛びついた。


「うわっ!?」


 凛はよろけるが、私をそのまま受け止めた。全ての攻撃の手が止まる。


「……なんのつもり?」


「このままトドメさせるでしょ? さしなよ」


 この超至近距離であれば、氷やら何やらで簡単にトドメはさせる。が、凛にそれができるだろうか。


「……バカ」


「なんで急に離れたりしたのさ?」


 私はその体制のまま凛に話しかけた。


「白の魔女に私の力を制御しないといけないって言われた。暴走したりしたら、危ないからって」


「そっか。ちゃんと言って欲しかったんだけどな」


「だって、言ったら別に行かなくていいっていうじゃん」


「どうして?」


「私が止めるからって」


「……わかってんじゃん」


「……バカ」


「ほら、帰ろうよ。さっきのでわかったでしょ? 私ならなんとかできるよ」


「……うん!」


 瞬間、何かが私の頭を掴む。


「ちょっと甘っちょろすぎるかな」




「『ゼロアイス:コールド』」


 刹那。凛の腕の中にいた導華は氷漬けにされる。


「ぁ……?」


 何が起きたのか理解ができない凛が、ただ導華を抱きしめていた。


「……みっ、み、みちか、みちがぁ!」


 そして、何が起きたのかを悟り、必死に氷を溶かそうと、導華をゆする。


「全く……。ちょろすぎるよ凛くん。もう少し粘ってもらわないと」


「ま゛し゛お゛!!!!!!」


 右目から血の涙を流しながら、凛は白の魔女を睨みつけた。彼女の右手は導華の頭を握っていた。


「こ゛ろ゛す゛!!!!!!」


 凛は即座にアジダハーカを何体も用意して、白の魔女に放った。


「無駄だよ。私に魔法は効かない」


 しかし、一切の変化なく、その場に魔女は佇んでいた。


「やっぱり流されたか。魔女になるには、まだまだ冷徹さが足りないよ」


「う゛あ゛、う゛あ゛!」


 凛はひたすらに白の魔女を殴りつける。力無きその拳は、白の魔女をイラつかせるだけだった。


「舐めるなガキ!」


 瞬間、白の魔女は凛をはたいた。鼻血を少し出して、凛が雪の上に転がる。




「魔女になるというのはそういうことだ。力の制御をするため、大切な人を傷付けないため、その人との関わりを捨てる! それが魔女だ、サダメなんだよ! そんなことも知らないガキが、一丁前に魔法を使うんじゃねぇ!」




「あ、う゛ああああああああ!!!」


 凛の泣き声が、白い大地に漠然と響いた。

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