第110話 sardonic/あざけりの

「『転移』!」


 眩い光に包まれて、私たちはアルティレットへとやってきた。


「これは……」


 それは西洋の街並みそのものだった。建物はレンガでできており、街の人々はヨーロッパ系の顔立ちをしていた。


「これが魔道国……」


 しかし、空中を列車が走っていたり、あたりにいる子どもたちは手からシャボン玉を出したりなど、魔法が暮らしの中に溶け込んでいた。


「宿屋探しまでは手伝う。だけど、そこからは自力で頑張れよ」


「ありがとう」


 私たちは手頃な宿を見つけ、そこに泊まることにした。そして、私を見届けて玄武は帰っていった。


「さて……」


 荷物を整理して、考える。どうやって探そうか。今の状態では何も情報がない。


「……白の魔女か」


 そんな折、その単語をふと思い出した。凛が修行すると言って出ていったその存在。玄武も白の魔女を検索してここにたどり着いたのだから、何か手掛かりがあるかもしれない。


「図書館で情報収集でもしてみるか」


 先程歩いている時に、図書館と書かれた建物を目にした。そこでなら何か情報があるかもしれない。


「ここか……」


 そこは周りと同じようにレンガ作りの建物だったが、周りよりも大きい。私はそこの扉を開けて中に入った。すると、老人がいた。


「おや、お客さんかい」


 話ぶりから、どうやらここの司書さんのように見えた。


「あの、探してる本がありまして……」


「なるほど。どんな本だい?」


「白の魔女についての本なんですが……」


 すると、彼の眉がぴくりと動いた。


「白の魔女……。さては、外からのお客さんだね?」


「え、どうしてそれを……」


「その反応だと、まだ他のやつには話してないみたいだね。なら都合がいい。最初に話したのがワシでよかったな」


「?」


 そう言って、老人は一冊の古い本を取り出した。


「これじゃ。白の魔女についての記述があるのはこの本しかない」


 その本の名は「魔道の歴史」で、外見は茶色で薄汚れており、ずっしりと重い。


「それは借りていけ。一週間以内に返しにきなさい」


「あ、ありがとうございます……」


 老人に勧められるがまま、目的の本を手に入れてしまった。しかし、それ以前にあることが気になっていた。


「あの、それでさっきの都合がいい、ってどういう意味だったんですか?」


 先程の老人の発言。それにはどんな意図があったのか。それを尋ねると、老人は険しい顔で答えた。


「……詳しいことはそれを読め。ただ、ここではな、白の魔女について触れることはタブーとされておる」


 それだけを教えられて、私は図書館を出て行かされた。


「なんだったんだろ……?」


 しかし、ひとまずは情報を手にすることができた。私は再び宿に戻り、本を読むことにした。


「ちょっと埃っぽいな」


 少しホコリの被った表紙を開くと、中は活字で溢れていた。ひとまず目次を見ると、その中に気になる章があった。


「白の魔女の大罪?」


 私はその部分を読んでみることにした。


『この国には、6人の偉大な魔女がいた。赤の魔女、青の魔女、黄の魔女、緑の魔女、紫の魔女。そして、白の魔女。彼女たちはこのアルティレットを管理する、いわば大魔法使いだった』


 その隣には、6人の魔女の絵が描かれていた。それぞれ帽子の色が違っており、先程の記述通りの色をしていた。


『しかし、事件が起こった。白の魔女が謀反を起こした。多くの魔女が倒れており、その場には白の魔女だけがいた。それを見た他の大魔法使いたちは彼女を犯罪者として扱った』


 扉絵には白色の魔女を指さす、他の魔女たちの絵があった。


『そして、白の魔女は山奥で住むようになり、その名は口にすることさえ、禁じられた……』


 私はそこでパタンと本を閉じた。


「なるほど……」


 白の魔女。この本を読んだ限りでは、極悪人のように思える。しかし、何か引っ掛かる。


「とりあえず、この山奥の家とやらに行くしかなさそう……」


 その時、ジリリリリと宿のベルが鳴った。


「はーい」


 私はその戸を開けた。すると、そこに佇んでいたのは、赤い帽子を深く被った女だった。その身はローブに包まれている。


「君が、あの本を借りたのかい?」


 彼女が指差した先には、私が先程借りた本があった。


「ええ、そうですけど……」


「『ヘルフレイム』」


「!」


 瞬間、彼女の手から放たれる炎。私は咄嗟に刀を抜き、それを吸収した。そして、そのまま刀を振るい、彼女の首元寸前まで近づけた。


「なんのつもりですか?」


「……驚いた。ここまで強いとは」


 彼女は動じることなく、その帽子を脱いだ。


「いきなりすまないね。私の名前は赤の魔女。そこの本に載っている、大魔女さ」


 その瞳は赤く輝いていた。


「その本、借りると私の方に連絡が行くようになってるんだ。白の魔女に興味を持つなんて稀有な人間、私も会ってみたいからね」


「……ではなんで魔法を?」


「ああ、君の腰に刀が見えたからね。おそらく君は守護者なのだろう? どれだけ強いのか気になったんだ。ただの好奇心だよ」


 そう言って悪戯に笑う。なんて女だ。


「そこでだ。そんな君の実力を見込んで、一つ頼みがあってね」


「頼み? 私今忙しいんですけど」


「その頼みを聞いてくれたら、なんでも言うことを聞いてあげようじゃないか」


「……その内容は?」


「白の魔女の討伐、だよ」


 そう言って笑った彼女の口元から、八重歯が見えた。




「うーん、この魔力量。やっぱりここに呼んで正解だったよ」


 凛は白の魔女の自宅を見回した。そこには実験道具やら、何かの紙やらが散乱し、酷い有様だった。


「すまないね。実験を続けているから、少し散らかっているんだ」


「少し……ね」


 その言葉とは裏腹に、その場所は足の踏み場がギリギリある程度だった。


「さて、それじゃあ早速特訓でも始めようか」


 白の魔女は近くに落ちていた杖を手に取ると、家の扉を開けた。


「君とて、早く帰りたいだろう?」


「まあ、うん」


 凛は早く導華に会いたかった。


「それでは行こうか」


 2人はただただ広がる雪原の真ん中を歩いてゆく。周りに人はおらず、雪が吹雪いていた。


「ここ一帯は私の魔法の効果内で、ずっと雪が降っているんだよ。こうすれば、誰かが来た時にすぐわかるからね」


「へ〜」


 その直後、何かが凛に向かって飛び込んできた。凛は咄嗟に氷で盾を作った。


「おっと」


 しかし、それが凛に触れることはなかった。なぜならば、白の魔女が少し魔法を使っただけで、その何かは一瞬にして凍りついてしまったからだ。


「これは……」


 凛は改めてその何かを見た。どうやら、シロクマのようだった。その目は凶暴性に満ちており、今にも動き出しそうだった。


「危ない危ない。流石にこれはまだ早すぎるからね」


 白の魔女はそんなことを飄々と言い放った。


「後、その程度の氷なら、簡単に破られちゃうからね」


 凛は背筋に何か冷たいものを感じた。


「さて、改めて私の特訓を説明しよう。この辺一帯には、大量の化ケ物……というか、私の召喚獣たちがいる。君はそれを一種類につき一体ずつ倒してもらう。そうしたら、最終試練だよ」


「……わかった。それじゃあ早速取り掛かる」


 凛はそう言って行こうとした。しかし、そんな彼女を白の魔女が止めた。


「でも、君には最初に会わないといけない相手がいるみたいだね」


 雪原の中をたった1人で歩く人影。凛にはそれが誰かすぐにわかった。


「導華!?」


 別れを告げたはずのその存在が、目と鼻の先にいるのだ。


「どうしてここに……」


「どーせ他の大魔女かなんかの力を借りたんだろう。ちょうどいいや、ちゃんと君の実力も見たかったし」


 その後、白の魔女は凛にこう告げる。



「半殺しにして来てよ。あの女」



 その表情は純粋で、しかし邪悪だった。

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