第17章 what we got back

第109話 Ice/氷

「凛、元気にしてんのかな」


 導華たちがアメリカに行っている頃。アンとルリ、そして緒方は学校にいた。凛と違い、3人には学校があるのだ。


「アメリカにポンと行くだなんて、流石あの事務所です」


 今は昼休憩中で、弁当を食べている。


「面白い話でも聞けるといいですね」


 そうして、3人は凛の帰りを心待ちにするのだった。




「はぁ……よく寝た」


 それは凛と遊び回った次の日の朝。私はホテルのベッドの上で目を覚ました。


「凛は……あれ」


 いつもなら凛が隣のベッドで寝ているはずなのだが、なぜかいない。バスルームや、クローゼットの中まで探したが、いなかった。


「どこ行ったんだろ」


 売店にでも行ったのだろうか。そんな時、私の部屋のベルが押された。


「あ、凛が帰ってきたのかな」


 私はそんなことを思いながら、扉を開けた。


「よぉ」


 しかし、そこに立っていたのは、予想に反して玄武だった。


「玄武じゃん。どうしたのこんな朝早くに」


「そろそろ起きたと思ってな。まあ、なんだ。凛からこれを頼まれててな」


「凛から?」


 それは小さな置き手紙。二つ折りにしてあるそれを玄武から受け取り、開いた。そこにはこう書いてあった。


「導華へ

    修行に行きます。さようなら

               凛より」


「……は?」


 ひどく簡素なその手紙。しかし、その内容は私にとっては衝撃的なものだった。


「……どういうこと? 説明して」


 玄武に説明を求めると、


「……言うなって言われてんだが、しょうがない。それは一週間くらい前のことだ」




 導華たちがアメリカに来る少し前のこと。導華が外出している時に、凛が玄武の部屋にやってきた。


「ねぇ、玄武。相談があるんだけど」


 珍しくきっちりとした雰囲気の凛に、玄武は少し違和感を持った。


「ああ、どうした?」


「私、玄武団を抜ける」


「……は?」


 共に仕事をして半年。まさか凛がそんなことを言うとは思わなかった。


「……理由を説明してくれ」


 玄武は凛に説明を求めた。すると、凛はただ短くこう言った。


「白の魔女に誘われた」


「白の魔女?」


 聞けば、凛の親戚の人物らしい。


「私はどうしてもその人の下で修行を受けないといけない」


 凛の目には決意が満ちていた。


「……まだ納得は出来ねぇし、本当は行ってほしくもない。だが、無理に引き留めることもできない。不本意だが、許可を出そう」


 規定として、団は会社と同じようなもの。退職を社長が無理に止めることは禁止されている。


「ありがとう」


「導華には何て説明するんだよ」


 玄武はそれが気になっていた。あれほどゾッコンだった導華にはどう説明するのか。


「然るべき時に、自分からする」


「……そうか」


「だから、それまでは玄武は黙ってて」


 こうして、凛は事務所を後にした。


「白の魔女……ね」


 玄武はその存在が気がかりだった。



「そんな具合で、あいつは玄武団から出ていっちまった」


 私は頭の整理が追いつかなかった。


「で、出ていったって……」


「俺にもよくわからん。ただ、あいつにもあいつの生き方があるんだろう」


 それに、私は凛からそんな説明を受けていない。それならせめて説明をして欲しかった。


「……ねえ、玄武。凛はどこにいったの?」


「気になって少し調べた。その結果、その白の魔女ってのが伝説としている国が一国だけあったんだよ」


 そう言って、玄武がある国をタブレットに表示させた。


「魔道国 アルティレット……」


 そこに表示されていたのは、広大なヨーロッパ大陸の少し先。大西洋に浮かぶ国だった。


「ここは魔法使いたちの住む巨大国家、アルテティレット。イギリスだかなんだかが日本と同じように領土を広げて、こんな具合に国を作ったんだ」


 いわゆる、拡張都市だろう。しかし、重要なのはそこではない。


「今からここに行ってくる」


 私はカバンを担ぎ、ネクタイを締めた。


「……やっぱりそうなったか」


 その様子を見て、玄武はため息をついた。しかし、私を止めることはしなかった。


「申し訳ないが、俺が凛を止めに行くことはできない。団長が出ることは基本的に団の意見の総意とみなされる。そうなると、団員が退団することを止めてはいけないという規定に引っかかる」


「別にいいよ。1人でも行く。行って、なんで辞めるのかちゃんと説明してもらう」


「……そうか。なら、アルティレットまでは送り届ける」


 玄武はそう言って立ち上がり、私の方に触れた。


「そこからの行動はお前に任せる。だけど、死ぬなよ」


「わかってる」


 こうして、私は転移でアルティレットまで向かうのだった。




「ねえ凛。魔道国に行ってみない?」


 久しぶりに祖母に会いに行った時、そんな提案をされた。


「魔道国?」


「ええ、あなたの活躍を聞いた私たちの親族である、白の魔女さんがあなたに会いたいそうなの」


「へぇ……」


 その日の夜。私の携帯に見慣れない番号から電話がかかってきた。


「誰からだろう……?」


 私は電話をとった。すると、若い女の声がした。


『やあ、君が時雨 凛だね?』


「……誰ですか?」


『私は白の魔女。君の遠い親戚だよ。君のおばあちゃんから話を聞いた頃かと思ってね。電話させてもらったんだ』


「はぁ……」


 少し困惑したが、そのまま応対することにした。


『さて、本題だけど……。君、僕のもので修行する気はない?』


「ないです。私は導華と暮らしたいので」


『おお、即答……。そうかそうか、する気はないか……』


 すると、白の魔女は少し笑った。


「何がおかしいんです?」


『……忠告しておこう。君の力はいずれ、全てをなきものにする力だ』


「だから何? 私は導華以外には興味ないんだけど」


『たとえ、その力がその導華くんまでも不幸にするとしても?』


「……」


『君の活躍は予々聞いている。一つ言わせてもらうと、君の力は僕に次いで一族で2番目に強い。しかし、きちんとしたコントロールをまだ身につけていない』


 そのまま白の魔女は続けた。


『そこで、だ。私の元で修行をして、それをできるようにするんだ。君だからこそ、その重要性はわかるだろう?』


「……はい」


 彼女は以前の食わず女房の件を思い出した。彼女は凛の力を狙ってやってきた。それほどまでに、自分自身は強力なのだ。


『であれば、ここに来ることを推奨しておく。私はいつでもいるから、ここにおいで』


 そしてスマホに転送されて来たのは、とある地図だった。それは、魔道国 アルティレットのある雪原を指し示していた。


『それじゃあ、また何かあったら連絡ちょうだい』


 そして、電話はプツンと切れた。


「私の力が……」


 凛はその手をギュッと握った。そして、ある決意をした。


「……導華を不幸にするくらいなら」




「ガタ……ガタ……」


 導華が魔道国に着いた頃。凛は馬車の中で揺られていた。窓から映る景色は一面雪原。それを悲しげな目で見つめる。


「お客さん、この辺りですよ」


 運転手が凛に告げる。凛はゆっくりと馬車を降りた。


「さっむ……」


 氷の魔女といえど、寒さは感じる。彼女は雪の中をゆっくりと歩いていった。


「……家?」


 そして、小屋を見つけた。木組みの小屋で、灯りがついており、煙突からは煙が出ている。


「あれか」


 凛は扉に近づくと、その扉を叩いた。


「は〜い」


 パタパタと音がして、中から人が出てくる。


「お、君が凛くんだね?」


 出てきたのは女。電話口で聞いた声だ。白い大きな帽子を被り、真っ白なローブを着ていた。


「私の名前は白の魔女こと、時雨 ヴィーナ。大魔法使いだよ。よろしくね」


「よろしく」


「ささ、座って座って」


 予想に反して明るい彼女に、凛は少し懐疑的になっていた。


「さて、それじゃあ早速修行を始める前に、一つ言っておかないといけないことがあるんだ」


 彼女はお茶の準備をしながら、凛に話しかけた。



「これから修行する中で多分死にかけるけど、よろしくね!」



 その瞬間、凛は来たことを少し後悔した。

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