第90話 override/無効化

「……雨か」

 その日は雨が降っていた。事務所の窓の外を眺めれば、ザーザーと降り注ぐ雨の様相を眺めることができた。

「最近、割と多いよね」

 ここ数日雨続きだ。おかげで外に出る気も起きない。

「テレビでも見るか」

 私はテレビをつけた。そしてコロコロとチャンネルを変える。

(お昼時だし、あんま面白い番組やってないな……)

 どこの世界に行っても、平日の昼はバラエティがあまりない。仕方なく、私はギターの練習をしようと自室に戻ることにした。

「ピンポーン」

 その時、事務所のインターホンがなった。

「はーい、お待ちくださーい」

 玄武をいつも通り部屋に呼びに行った。

「玄武、お客さん」

「はいよ」

 玄武は発明品をいじる手を止めて、扉を開けた。

「こんにちは」

 そこに立っていたのは、背の低い目の下に濃いクマを乗せた男だった。

「どうも……」

 男は無愛想に返事をした。そして、こんなことを言った。

「人を、探しているんです」

 男はそう、私たちを見つめて言うのだった。



「どうぞ」

「これはこれは、どうも」

 ソファに座った男にレイさんはお茶を出した。男はそれを丁寧に礼をして、受け取った。

 男の見た目は60歳くらいだろうか。髪は白髪が多く、目は鋭く、クマがある。見て取れる印象は、堅物といった感じだろうか。

「それで、改めて今回の依頼とは……」

 私は男に尋ねた。

「はい、人を探して欲しいんです。いんたーねっと? で検索できたら良いのですが、なにぶん機械に疎くて……」

 そう男が言うと、ここから玄武が応対し始めた。

「なるほど。最近は個人情報に対する価値観も大分変わって来てますし、ネットで検索しても出ないかもしれないですね」

「そうなんですか」

「ええ、ひとまず特徴を教えてもらってもいいですか」

 玄武はメモを取ろうと、手帳を取り出した。私はお茶を飲み始めた。

「どうやら、凶悪な犯罪を行なったものらしく、今回私はその人をしま……じゃなかった。その人とお話ししようと思って来たんです」

 よく聞き取れない部分もあるが、おそらく物騒だ。

「あいにく名前しかわからず……」

「全然大丈夫ですよ」

「田切 導華と言うのですが……」

 私はお茶を吹き出しそうになった。そして、ひどく咳き込んだ。

「大丈夫ですか?」

 それを見た男は私のことを心配した。しかし言えない。探している人物が私だなんて。しかも、あの人さっき始末か島流しかどっちか言おうとした気がする。

(まずいぞ……。バレたら確実に面倒なことになる。幸い? なのか、ネット検索されなかっただけ良かったか)

 私は玄武に目配せをした。

(う・ま・く・ご・ま・か・せ!)

 それを見た玄武は大きく頷いた。

「こいつが田切 導華です」

 私は玄武を思いっきり殴った。

「何してくれてんだお前!」

「は!? 『ぶ・っ・つ・ぶ・し・て・や・る!』って言ったんじゃなかったのかよ!」

「そんな物騒じゃないわ!」

 ハッとして、依頼人の方を見た。男は顔を下に向けて、手を握り、プルプルとさせている。

「まさか……最初から目の前にいたとは……」

 ごくりと唾を飲む。この玄武の行動が吉と出るか、凶と出るか……。

「殺してやるぞ、田切 導華!」

「最悪だ!」



 暗い一室。そこでは、頂と情が会話していた。

「ボス。そういえば、あいつに導華の情報渡しましたか?」

「名前は、教えたぞ。残りは、基本ネットで検索したら、出るだろう」

「何やってるんですか。あいつネット無理ですよ。未だにネットこと、インターネットってフルで呼んでますし、若干呼ぶ時も不慣れな感じが丸出しですし」

「ドローンで、観察は、できないのか?」

「やってたんですけど、あいつが途中でスキルを発動しちゃって。そのせいでドローンが燃えちまったんですよ。あ、あとそこで燃やされたヤンキーたちの対処おなしゃす」

「……わかった。まあ、あいつなら、なんとかしてくれるだろう。俺たちはそれよりも、食の方を、なんとかしよう」

「あいあいさー」

 そう言いながら、頂は行動を始めた。



「『炎化エンカ』!」

 瞬間、男の皮膚がメラメラと燃え始める。

「うおおお! 事務所でそんなことすんな! ここ賃貸なんだぞ!」

 そう言いながら、玄武は男を転移でどこかに飛ばした。

「ふぅ……なんとか全焼は防げたな」

 見れば、ソファには少し焦げ跡が残っている。

「……導華、どうする?」

「いや、あんたが適当言って返せば良かったものを、喧嘩売るから……」

「勘違いだったんだよ。許してくれ」

「ハァ……」

 しかし、悩んでいても仕方がない。このまま放置していても、どうせこっちにまたやってくる。であれば、明確に場所がわかっている今のうちに対処するのが吉だろう。

「……どこに飛ばしたの?」

「いつもの廃ビル群だ」

「……面倒だけど、このまま放置してたほうがもっと面倒なことになりそうだしね……」

 私は刀に手をかけた。

「行ってくる」

「頼んだ」



 開いている転移門に飛び込む。そして、着地する。辺りはいつもの廃ビル群。目の前には先ほどの男がいる。

「ほう……怖気付かずにやって来たか」

 男の体はメラメラと燃えており、男の周りは焼けこげている部分も散見される。

「ええ、ここで決着つけないと面倒なことになりそうですし」

「そうか、なら……」

 男はそう言いながら、地面に手をついた。

「『火之海ヒノウミ』」

 そして、スキルを発動する。すると、ボワっとそこから火炎が上がり、辺り一面の建物やら何やらが燃えて、更地になった。私は刀で周辺の炎を吸収して、難を逃れた。

「お前の実力、見せてもらおうか……!」

 男は眉を吊り上げて、そう叫んだ。



「『炎蛇エンジャ』!」

 男が手を合わせると、彼の背から巨大な炎の渦が飛び出す。それは形を変えて、蛇のようになった。

「ゆけ!」

 それは一気にこちらに向かってくる。私は刀を構えて、電気を流した。

「『雷刃』!」

 そして、それを真っ二つに斬り飛ばし、半分ほどを吸収する。

「魔力を吸収する珍妙な刀か……。厄介だな」

 男はチッと舌打ちをした。

「というか、あなた何者なんですか? 急に襲いかかって来て」

 攻撃の手が止んだので、私は男に問う。もちろん、いつ攻撃が来ても大丈夫なように警戒は怠らない。

「……確かに、それはわしが無礼だな。すまなかった」

 男の体の炎が少し和らぐ。

「わしの名は『エン』。秘密結社Under groundの戦闘員じゃ」

「またUnder groundかよ……」

 先月に続いて今月も来るとは。しつこい連中だ。

「わしからも一つ聞きたい。最近、食を見ないのだ。お前たちの元に行ったっきり帰って来ていない。どうなっておる?」

 食とはおそらくデニーさんが戦った子供のことだろう。

「ああ、うちの事務所の地下にいますよ」

「地下?」

「ええ、何か教えてもらえないかと思って……」

 食はあの後、デニーさんが抱えて帰って来た。私たちはどうしようか頭を抱えたが、ひとまずは事務所の地下に置いている。下手に返すわけにもいかないし、私たちとしてもUnder groundがらみの情報が欲しかったのだ。

「彼、めちゃめちゃご飯食べるんですけど……」

 私がそう言い切らないうちに、あたりの気温が高くなってきた。

「……食を連れ去っただけでなく、幽閉・監禁までしておるとは……」

 どうやらこの熱は炎から出ているようだ。

「許さんぞ……楽に死ねると思うな!」

 炎がバチンと手を合わせて、あたりの燃えている瓦礫に手を触れる。

「『怒撃炎弾ドゲキエンダン』!!!!!」

 その瓦礫が赤い炎に包まれる。そして男は自分の身長の何倍もありそうな10mほどのその瓦礫を軽々と持ち上げた。

「くらうがいい!」

 そして、それをビュオンと投げる。

「流石に、やばいな……!」

 あの大きさだと、回避もきつい。かといって、刀で斬ってどうとなるものでもない。なぜならば、あれは完全に魔力で構成されているのではなく、瓦礫を燃やしたもの。それでは、炎の一部を取り込めても、瓦礫が今度は飛んでくる。

 加えて、あんなものが落ちてきたら、どれほどの衝撃が来るかわかったもんじゃない。

「万事休すか……」

 その瞬間、私はあの能力を思い出した。

「もしかして、試すチャンス?」

 そういえば、未だに実戦で使用はしていない。これはある意味チャンスなのかもしれない。

「やってみるか!」

 私は刀を構えた。



「……フーッ」

 息を吐き、もはや隕石とも言える瓦礫と対峙する。

「勝負は……一回!」

 雷撃を纏い、隕石へと向かう。私の刀はバリバリと音を立てながら、私自身も高速で動く。

「『電光石火』!!!!!」

 瓦礫が真っ二つになる。

「バカが……。あの威力が落ちれば、その衝撃と爆発はかなりの物……」

 炎がそう呟くのが聞こえる。しかし、予想に反してそれはボンという音を立てて、何も起きずに少しの砂煙を立てて落下した。

「なっ……!?」

 想定外の事象に炎は驚きの声を上げる。

「今私は、その瓦礫の運動エネルギーを吸収したんです」

 着地した私は炎に事情を説明してやる。

「……どういうことだ?」

「あの瓦礫は今、高さ5m付近で斬られました。つまり、そこまでの運動エネルギーがチャラになって、ただ単に『5mの高さから、10m瓦礫が落ちた』ということになったんです」

 言い換えれば、その衝撃というものは、ほぼなくなったも同然なほどに大幅に減少し、ドスンと落ちただけになったのだ。

「なんと……!」

 地味な能力だと思っていたが、中々使い道はあるらしい。これで、私の苦手だった魔法でない実態のある攻撃にも多少抗うことができるようになった。

「さて、それでは……」

 私は炎から5mほど離れた位置から、刀を構えた。そして、炎を真っ直ぐに見た。

「ここからは、反撃といきましょうか……!」

 私は刀は、より一層鋭く輝いている。



「……うめぇ」

 その頃。事務所の地下で飯を貪っている影が一つ。食だ。

「ここで出される飯はなんでこんなに美味いんだ?」

 食はかなりの大食いだ。本来は何か適当なものを食べた後、それをぶつけて部屋自体を破壊して帰ろうかと思ったが、レイの飯がうますぎた。食の胃袋は完全に虜になってしまったのだ。

「なんだここ帰りたくねぇぞ」

 食はそんなことをぼやきながらチャーハンを食べた。

「食」

 そんな折、どこからか彼を呼ぶ声がする。

「んあ?」

「ここ」

 そう言いながら、彼の後ろの陰から女が出て来た。

「うわあ!?」

「助けに来た」

エイ!?」

 彼女の名は影。以前導華たちの目の前に現れて、病を連れて帰った女だ。

「いや、まだ帰りたくないんだけど……」

「もうすぐ、頂が動き始める。私たちも同行しするよ」

「……ついに、終止符を打つ気なの?」

 食は一転して、真剣な眼差しで影に尋ねる。

「そうらしい」

 影は端的に答える。

「わかったらこっちに……」

「ちいとまちな」

 その瞬間、影めがけて弾丸が飛んできた。

「誰?」

「誰とはひどいじゃねぇか。人様の事務所に不法侵入しておいて……」

 彼は転移門からヌルッとその体を出した。そして、影と相対する。

「俺の名前は竜王 玄武。知ってるだろ?」

「そう……」

「つれねぇな。まあいいや。そいつは俺たちに情報をくれるんだ。連れて帰ってもらっちゃ困るよ」

「何か喋ったの?」

 影が食を睨む。

「いや〜、ははは……」

 食はそれに目を逸らし、答えをぼやかした。

「ハァ……帰ったらお説教だね」

 そう言いながら、影は彼女自身の影から刀を取り出した。真っ黒な刀だ。



「とにかくまずは、帰るよ」



「おいそれと帰れると思うなよ?」

 こうして、導華たちの裏でもう一つの決戦が幕を開けた。

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