第91話 warmly/熱烈に

「『結界』!」

 私はダンと足を叩きつけて、結界を張った。今回は半径10mとかなり大きめに張った。

「何の真似だ?」

「あいにく、使用感がわかんないものでして」

 これを張った意図は、吸収の使用感が分からないことに起因する。

 運動エネルギーを吸収するということは、今までの魔力と同じだと考えれば、おそらく吸収したエネルギーが刀に上乗せされるのだろう。であれば、威力が上がるのは必然。

 しかし、どれほどの威力が出るのか正直分からない。そこで、最悪威力が出過ぎてしまった時の保険がこの結界というわけだ。

「何だか分からん……! 全くイライラさせるな!」

 炎の額に血管が浮かび上がる。そして、今度は地面を掴むと、彼の温度でそれが溶け出す。

「そんなのあり!?」

「『ヨウ炎弾エンダン』!」

 そのままそれを私に投げてくる。

「うわっ!」

 回避したそれは、ぼちゃんと地面に落ちた後その部分をジューと音を立てながら溶かした。

「……悠長にしてる余裕は、ない感じかな」

 このままいけば、足場が全て火の海になってしまう。すでに火の海だが、この炎に関しては、私が消せる温度ではない。氷刃でも歯が立たなそうだ。

「『雷刃』!」

 私は雷刃で電気を纏った。それにより速度を数倍にし、一気に炎に近づく。

「速いッ!?」

「このまま詰め切る!」

 私はいつものように刀に炎を流すと、そのままそれを振るった。

「『炎刃』!」

 いつものような力のはずだった。しかし、その威力は普段の比ではない。振るった刀の後は私の身長の数倍。地面を切り裂き、一気に炎にまで到達する。

(マジかよ……。威力やっば)

 流石にここまで出るとは思っていなかった。

「ヌゥ……!」

 炎は飛んできた斬撃を何とか受け止めたようだ。しかし、その腕には受け止めた後の傷跡が残されている。ボタボタと血がそこから流れ出る。

「これは出力気をつけないと」

 この力は一旦、修行をして出力を調節できるようにしよう、そう決意したのだった。



「さて、小娘。人の事務所の地下に無断侵入するたぁ、いい度胸してるじゃねぇか」

 玄武は拳銃を構える。その銃口は真っ直ぐに目の前の影を捉えている。

「小娘じゃない。影」

 影もまた、玄武に刀を構える。

(何だあの刀……真っ黒だ……。見たこともねぇ……)

 玄武はその刀に細心の注意をはらう。そして、ついに影が動き出す。

「『影刃エイジン』」

 瞬間、明るい部屋の中に真っ黒な斬撃が飛ぶ。

「その程度なら、簡単に……」

 玄武はそれを返すために、転移門を設置した。しかし、ハッと何かに気がつき、身を捩る。瞬間、玄武の背後の壁がズバッと切れる。

「へぇ……気づくんだ」

「勘は鋭いんでね」

 余裕の表情を浮かべる玄武。しかし、内心穏やかではなかった。

(どうなっていやがる……。転移門をすり抜けるものなんて、いまだに見たことがねぇ……)

 玄武が戦って来た中でも、中々に異例な存在。それが今、目の前にいる。

(おそらく、俺とこいつの相性は最悪。だが、それで逃げることはできない。こいつの能力は以前の情報とも掛け合わせれば、空間移動系。今導華の元に行かせるわけにもいかねぇ。それに……)

 玄武は拳銃に魔力を込め始める。銃口から青い光が出始める。

(団長として、ここを引くのは、ダサすぎるだろ!)

 玄武の眼光が、真っ直ぐに影を見つめる。



「このわし相手に、出力を調節しようだと……?」

 その時、私の目の前にいた炎が私の言葉に反応した。その額に浮かぶ血管がより鮮明になる。

「これ以上、愚弄するなぁぁぁあああああ!!!!!」

 瞬間、今までに感じたことのないほど膨大な魔力が放出されるのを感じとる。私は反射的に後ろに飛び退く。

「これは……」

 炎を中心に巨大な炎の柱が上がる。そして、その中から髪の毛をメラメラと焔のようにした炎が出て来た。

「覚悟しろよ……小娘……!」

 刹那、私の懐に炎が入って来た。

「速ッ!?」

「『炎情拳エンジョウケン』!」

 私の脇腹に凄まじく重い拳が入る。

「ぶっ……!」

 そして、そのまま吹っ飛ばされる。

(このまま叩きつけられたら……やばい!)

 私は刀を自分の脇腹に少し刺した。すると、吹っ飛ばされていた私の体は停止して、地面に落下した。

「こんなことも、できるってわけか……」

 しかし、痛みがなくなるわけではない。ズキズキと脇腹に痛みが走る。

「流石に効いたようだな」

 メラメラと肉体を燃やす炎がそう呟いた。見たところ、余力はありそうだ。

(困ったな。どうしたものか……)

 あの速度で動かれて仕舞えば、攻撃も当たらない。むしろ、近づくことでより急所に攻撃をもらいやすくなる。しかし、近づかなければそもそも攻撃ができない。

(押しても引いても地獄ってわけか……)

 であれば、根本から解決するしかない。彼の機動力を奪うのだ。

(氷で行ける……わけがないか)

 氷刃で行きたいところだが、確実に溶かされる。

(風刃も威力を上げてしまうだけ。であれば、雷刃か……?)

 消去法的に、雷刃の速度で押し切るしかないだろうか。雷刃であれば、何とか反応できはする。

「……いや、違うな」

 しかし、私の頭ではなく、魂がその提案を否定している。それでは無理だ、とどこかで理解しているのだ。形容することのできない、どこかで。

(考えるのは、一旦辞めよう)

 考えていても、結論は出ない。

(押し通そう、会心の一撃を)

 私は、左手に炎の刀を作り出した。

「それで、いい。それだからこそ、いい!」



「何でくる……?」

 遠方に見える導華を見て、炎は眉を細めた。

(再び雷でくるか? それとも、何か他の……)

 瞬間、炎は驚愕する。

「炎、だと……!?」

 田切 導華の両手から上がる、巨大な焔。それは、彼女の得意属性で、炎の得意分野でもある、炎で彼女が攻め通すことを決意したことと同義であった。

「……面白い。今までのわしを見てもなお、炎でいこうとするとは!」

 今まで彼は、水やら氷やらで何とか彼自身の火を無力化しようとするのをよく見た。すなわち、今回のように同じく炎で攻めてこようとするのは、初めてだった。

「面白い、瀬戸際まで、戦い続けようじゃないか!」

 怒り。彼の心を支配していたその感情は、興味、そして高揚へと変化した。卑怯な弱者との対峙ではなく、奇妙な強者との対峙。彼の心の中で起きた導華に対するこの変化は、彼のまだ見ぬ実力を引き出すには十分だった。

「来い、田切 導華ァ!」

 その表情は単純に導華との勝負を楽しむ、満面の笑みへと変貌していた。



「『影牙エイガ』」

 その頃、玄部団事務所地下では、玄武と影による、激戦が繰り広げられていた。

「いよっと!」

 彼女は刀を地面に刺すと、玄武のいる場所から、ズバンと巨大な鋭い塊が生えて来た。それをジャンプで回避し、玄武も負けじと銃を構えた。

「一発!」

 バキュンと打ち出され、空中に青い軌跡を描きながら、影へと飛んでいく。しかし、それは驚くべきことに彼女の体を抜けて、その背後の壁に弾痕を作った。

「マジかよッ……!」

 いつものように無力化できない攻撃、それに対してこちらの攻撃は無効化される。

(いっつも俺と戦ってたやつって、こんな気分だったんだな!)

 玄武はその頭脳で思案を続ける。

「どれだけ考えたって無駄だよ」

 そんな折、影が玄武に話しかけてきた。

「私とあなたじゃ、存在してる次元が違うから」

「あ?」

 額に血管を浮かべる玄武。そして、再び拳銃を構える。

「そんなもん、やってもねぇとわかんねぇだろ」

 続いて玄武が繰り出したのは、跳ね返りながら軌跡を残して、大量にそれが向かってくる、「弾丸の流星メテオ・オブ・バレット」であった。

「いくらやっても……」

 しかし、影はハッと気がつく。そして、刀でその弾丸を防ぎ始めた。直後、食の目の前で弾丸が弾かれる。

「ひぃぃぃぃいいいい!」

 捕まっている食は素っ頓狂な声を上げる。

「流石に気がつくのが早かったか」

「まさか、食を狙うとは。卑怯者ね」

「そう簡単には逃さないってことの、意思表示さ。こっそり忍び込んでおいて、卑怯はなしだろ?」

 食を狙えば、食自身に確実に攻撃が当たる。それは影にもわかっている。そのため、守らなければならない。そのためには実体化が必要なのだ。

(あの一瞬でここまでの思考を巡らせるなんて……。意外と頭が切れるのね)

 作戦自体はシンプルだ。玄武の場合、発動するそのタイミングが完璧なのだ。

「……これは、案外気を抜いてられないかもね」

 影は再び刀を握り直した。



「来い、田切 導華ァ!」

 炎の叫ぶ声がする。

「言われなくても、行ってやるよ!」

 私の体から溢れ出す、炎にも似た魔力。メラメラと滾り、血肉のパフォーマンスをより高みへと導く。そこからくる、今までにない高揚感。

「『炎脚エンキャク』!」

 炎に関しては、私固有の能力の一つ。そのため、刀を使用しなくともその関連のスキルを発動できる。

 炎脚の効果により、私の足の力がぐんと上がる。私は地面に少しの凹みを作りながら、刀を振りかぶり、飛んでゆく。

「さあ、魅せてみろ!」

 炎は手のひらを広げ、頭上から落ちてくる私に向けた。

「『暴炎渦狂ボウエンカキョウ』!!!!!」

 凄まじいほどの熱気が私を包む。

「負けて、たまるかぁ!」

 私は刀に大量の魔力を流し込んだ。左手のものと合わせても膨大な焔が湧き上がる。

「こいつで、終わらせる!」

 押してくる炎も、燃えるような暑さも、全てこの一撃で葬ってみせる。



「『炎刃大万花エンジンダイバンカ』!!!!!」



 2本の刀によって空に描き出されるのは、巨大な花のようにも思える、炎の刃。それが、炎の炎を押し込む。

「これで、終わりだぁ!」

 私の刀は炎の胴に巨大な炎の傷跡を作り出した。

「カハッ……!」

「……任務、完了」

 私はカチンと刀をしまった。

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