第14章 The Approaching Truth

第88話 Gee/まあ……

「……暇だなぁ」

 夏休みも終わった9月。私は事務所のソファの上でゴロゴロしていた。

 凛も学校が始まり、行ってしまったのだ。玄武は自室におり、影人くんも自室でハチと遊んでいる。今、事務所にいるのは、私とレイさんだけだ。

「こっから段々寒くなるのか……」

 前の世界であれば、大概ここから寒くなっていく。ここの世界がどうかは知らないが。

「……思えば、この世界に来てから半年くらいか」

 ふと、ここまでの暮らしを思い返した。

「早いもんだよなぁ……」

 そして、刀を持ち上げ、まじまじと眺めた。

「こいつとも長い付き合いに……」

 その時、私はあることに気がついた。

「なんか、見た目変わってない?」

 確かに、戦い続けていたら多少の刃こぼれや、傷つきはあるだろう。しかし、そういう見た目の変化ではないのだ。

「なんか……なんだぁ?」

 なんとなく違うのはわかる。違和感があるのだ。が、ピンポイントでそれがどこかわからない。

「うっわ、モヤモヤする」

「どうかしましたか?」

 そんな私を見かねて、レイさんが声をかけた。

「あ、レイさん。実はですね……」

 そこでは私は違和感の話をした。すると、レイさんはとある提案をした。

「であれば、最初導華さんがきた時に、私の内蔵カメラで撮った写真があるのですが、それで見てみますか?」

「え、そんなのあるんですか?」

「はい、あります」

「それじゃあ、よろしくお願いします」

 そう言うと、レイさんは玄武の仕事用デスクの上にあるパソコンを開いた。

「マスター、このパソコン使ってもいいですか?」

「んー、いいぞー」

 玄武は聞いているのかいないのか、空返事をした。何がしかし作業に集中しているのだろう。

「では」

 そう言うと、レイさんはパスコードを入力する。

「12345678……と」

「ガバガバセキュリティ……」

 そして、パソコンが起動すると、レイさんが己の指をカポッと外した。すると、指先がUSBとなっている、人差し指を刺した。

「あら便利」

 すると、しばしば読み込みがあった後、何個かファイルが表示される。

「写真は……ここですね」

 そして、「写真」と書かれたファイルを開くと、レイさんの視界から見た事務所やら、スーパーやらが写された、たくさんの写真が表示された。

「時系列を遡って……。これですね」

 結果、ついにお目当ての写真を見つけた。

「刀がよく見えるのは……これかな?」

 何枚か漁り、刀がよく見えそうな写真を見つけた。

「えーと、どれどれ……」

 写真をアップにし、現在の刀と並べ、見比べる。異世界の写真はすごい。どれだけアップにしても、全く画質が落ちないのだ。

「……あ!」

 ついに、私は違和感の正体に気がついた。

「持ち手だ!」

 持ち手にある金の装飾。その中の一つがまるで華のように開こうとしているのだ。花びらのように思える装飾の間から、少しオレンジ色が見える。

「だから違和感があったのか」

 ずっと使っていたが、こんな変化気が付かなかった。

「いや、そもそも開いたら何が起こるんだ?」

 とは言っても、刀の所有者である私でさえも何が起こるのかわからない。もしこれで使い物にならなくなったら……。

 流石にそんなことはないとは思うが、何が起こるかは気になる。

「じゃあ、聞きに行ってみるか?」

「あ、玄武」

 その時、玄武の声がした。どうやら、会話を聞いていたようだ。

「でも、誰に?」

 ただでさえ、所有者でもわからないことを誰に聞けというのか。

「いるじゃねぇか。刀のプロフェッショナルが」

「……そうじゃん。星奏さんがいるじゃん」

 こうして、私たちは星奏さんの邸宅へと向かうことになったのだった。



「ごめんくださーい」

 相変わらず大きな門についている、インターホンを押す。すると、星奏さんの声が聞こえる。

『ん、導華か。なんじゃ?』

「あの〜実はですね、私の刀を見ていただきたくて……」

『よし、通れ」

 刀というワードに反応したのだろう。ノータイムで私たちを通した。

「よく来たのぉ。今ちょうど菓子がなくてな。申し訳ない」

「ああ、いえ。いいんですよ。こっちが突然来たわけですし……」

「オイオイ、それが客人を迎える態度かぁ〜?」

「よし、玄武。お前は外だ」

 そう言って、星奏さんはなんの躊躇いもなく、彼女の髪で玄武の襟を引っ掴んで外の庭に放り投げた。そして、ピシャッとその戸を閉めた。

「イレテクレー!」

「ちょっとそこで反省しとれ」

「まあ、入れるんですけどね……!」

と言って、再び転移門で玄武は入ってきたのだった。

「ッチ。まあしょうがない。導華、本題に入ろう」

 埒が開かないと判断したのか、星奏さんは机の前であぐらをかいた。

「それが……」

 そこで、私が星奏さんに刀の変化を伝えた。すると、星奏さんは腕を組んで考え込んだ。

「それは、刀の進化じゃな」

「進化?」

 そう言って、星奏さんは何かを取りに行った。

「ほれ、これを見てみろ」

 そして、見せたのは2枚の写真だった。それはどちらも刀の写真だ。

「これは刀の進化前と進化後の写真じゃ。見ろ、少し見た目が違うじゃろ?」

 言われてみれば、刀身やら持ち手やらが少し色が違っていた。なるほど、これが進化というやつか。

「これはな、限られた刀にしか発現しないものなんじゃ。この写真もじいちゃんが最後に作った刀の写真じゃ。渾身の一作、のな」

「なるほど……」

「世界にある本数は0.数%しかない。それほどまでに進化する刀はない。しかし、お主の刀は異世界転生の貰い物。つまり、その刀である可能性は高い」

 確かに、そのように進化する可能性は高い。

「この形の変化は、その兆候……ってことか」

「そういうことじゃ。じゃが、厄介なことがあってな。何がきっかけで進化するか、わからないんじゃ」

「そうなんですか?」

「この刀も実は、適当に座敷に置いておいたら、いつの間にか見た目が変わり、切れ味が上がっておったために気がついたんじゃ」

「放置で進化……」

「じゃから、その刀も放置で進化するかもしれんし、そのほか何か理由があるのかもしれん」

 なんとも不確かなものだ。だが、星奏さんの言うとおり、本当にわからないものなのだろう。

「んじゃあ、どうしたらいいんですかね?」

「ん〜、仕方ない。申し訳ないんじゃが、わしにはどうにもできん。また解析をするか?」

 私は悩んだ。星奏さんには申し訳ないが、解析をしたとしても、おそらくは何もわからないだろう。それに、刀を預けている間に任務が来たら困る。

「いや、やっぱり放置で経過観察してみます」

「そうか、すまんな。また何かあったら教えてくれ」

 こうして、私たちは星奏さんの邸宅を後にしたのだった。



「とは言ったものの、どうしたものか……」

 私は自室に帰って、机の上の刀と向き合って思案していた。

「何がトリガーなのか……」

 そんな時、私の自室の戸が叩かれた。

「はーい」

「導華、入るよ」

 入ってきたのは凛だった。学校から帰ってきたらしい。そして、入ってた凛は私の向かいに座った。

「刀と睨めっこだなんて……何してるの?」

「いや、それがだね……」

「……刀の進化?」

「そうなんだよ。星奏さん曰く、それじゃないかって。でも何がきっかけなのか……」

「ん〜、もしかしたら経験値じゃない?」

「経験値?」

 凛は悩んだ末に何かを閃いたように言った。

「ほら、ゲームとかで経験値を集めたら進化するのってあるじゃん? それかもよ」

「でも、経験値って……何?」

「それはわからん」

 しばし、沈黙が流れる。そんな時、玄武が事務所から私のことを呼んだ。

「はーい」

 パタパタと階段を降りた。すると、玄武が銃を懐にしまっており、何やら準備をしていた。

「討伐だ。廃ビル群の西側だ」

「了解」

 突然の招集。しかし、守護者としてはこういうことがよくある。だから、納得していくしかない。

「そんじゃ、行くぞ!」

 こうして、私たちはバイクに乗って進んで行ったのだった。



「……到着っ」

 すたっとバイクから降りて、廃ビル群に目を向ける。すれば、その先に若干恐怖感を覚える巨大な芋虫のような姿をした化ケ物がいた。

「うっわ……」

「まあ、しょうがない。頑張るしかねぇ」

 玄武も嫌だったようだ。

「展開」

 そして、玄武はあたりに大きめの結界を張った。

「! 来るぞ!」

「ぶえ」

 化ケ物は私たちに気がついたようで、こちらに向かってきた。そして、体の一部が大きく膨らみ、何か紫の液体をべちゃっと吐いてきた。

「玄武、お願い」

「嫌だよきったない」

 まさに紫の吐瀉物としゃぶつ。触るのも躊躇われる。

「じゃんけんしよう」

「いいぞ」

「「最初はグー、じゃんけんポン!」」

「うっしゃ勝ちぃ!」

「嘘でしょ!?」

 私はため息をつき、仕方なく刀を構えた。

「しょうがない……。さっさと仕留めるか!」

 私は走り始める。どうやら、やつは私にターゲットを合わせたらしい。こちらを向いている。

「ぶえ」

 再び吐瀉物を吐いてきた。

「うおおおおお! 『風刃』!」

 絶対に当たりたくないという強い意志で、強風を刀から発生させた。見事、私はそれに当たらずに済む。

「うっわこっち飛ばすなボケナス!」

「うるっさいこっちだって当たりたくないの!」

 しかし、玄武の方に飛んできたらしく、玄武はなんとかそれを転移門で飛ばしたようだ。

「これ以上はもう嫌だ!」

 私は早々に嫌気がさして、刀に炎を発生させる。

「『炎刃』!」

 そして、生成した炎を纏った刀で、その化ケ物を真っ二つにしたのだった。

「ぶええええ!!!」

 そうして、化ケ物は断末魔をあげて、動かなくなったのだった。



「ふぃ〜、お疲れ」

「お疲れじゃない」

 こちらに近づいてきた玄武の脇腹をこづく。

「なんで玄武が行かないのさ。遠距離だし、絶対私より汚れる可能性低いでしょ」

「遠距離だって汚れる時はあるだろ!?」

「それでも可能性は低いでしょーが!」

と言って、私は付近にあった紫吐瀉物に近づいた。

「ほらみてこんなにきったない……」

 そう言いながら、私はツンツンと刀でそれをつっついた。

『吸収率:100%に到達。進化を開始します』

 どこからか、聞き覚えのある機械のような声がする。

「へ?」

 瞬間、私の刀が浮き上がる。

「うわああ!?」

 そして、それは眩い光を放ちながら、カタカタと動いていた。

「何が起きてんだ!?」

 が、なんとそのまま光が引いていったのだ。

「……ありゃ?」

 そのまま落下していく。

「ちょちょちょ待てい!」

 私は吐瀉物の中に落っこちかけた刀をギリギリでキャッチした。

「あっぶね〜」

 私は体勢を立て直し、刀をまじまじと見つめた。

「……開いてる」

 話していた花びらのそれが、オレンジにパッと開いている。なんの花かはわからないが、とても美しい。

「進化したのか?」

「みたい」

「……吐瀉物で?」

「……いや、絶対他に理由があるって」

 私は考える。なぜなら、吐瀉物に触れることが条件で進化したなど、思いたくないからだ。

(というか、あの声どっかで聞き覚えが……)

 ここで、私はあることを思い出した。それは、以前賞金をかけられて、甘兎と戦った時の記憶だ。

「ねぇ玄武。さっき声みたいの聞こえなかった?吸収率がうんだかんだって」

「ん? 聞こえてねぇぞ?」

 どうやら、玄武には聞こえていないらしい。刀の所収者である、私にだけに聞こえるのだろうか。

「前に戦った時にね、吸収率が云々って声が聞こえたのよ。今回もそれが聞こえて、刀が進化したんだよね」

「へぇ。それが何なんだ?」

「つまり、吐瀉物を触ったからじゃなくって、物を斬った……というか、魔力を吸収して、それが一定量に達したから進化したんじゃない?」

 凛が言っていた、経験値というのはこういうことだ。今まで吸収してきた魔力が蓄積し、今回の進化へと至ったのではないか。

「というか、そういうことにしておいて」

 それ以前に、吐瀉物で進化したとは考えたくない。

「まあ、多分そういうことだろう。吸収率とか言ってるんだったら、それがトリガーなんだろ」

 玄武はそう言って、多分な。と付け加えた。

「とりあえずは、進化おめでとさん」

「まあ、進化したから何なんだって話なんだけどね」

 こうして、私の刀はヌルッと進化したのだった。



「なんと。こんな短期間に進化するとは……」

 その日の夜。私たちは再び星奏さんの元に向かった。

「ちょっと見せてもらっても良いか?」

「あ、はい」

 私は刀を引き抜き、机にカタンと置いた。

「ほうほう……。確かに内蔵している魔力量や、切れ味が格段に上昇しておる……。凄まじいな。こんな刀、なかなか見ないのじゃ」

 そう言って、星奏さんは刀を置いた。

「いや、なんじゃ。ここからさらに進化するかもしれんとは……。流石、異世界転生の特典といったところか」

「へ? まだ進化するんですか?」

「ああ、これを見るのじゃ」

と言って、星奏さんは持ち手のある部分を示した。

「これって……。つぼみ?」

 それは、あの時のようなつぼみのような装飾。それが、開いた華の下に描かれている。

「おそらくじゃが、この華がまた開く時、今一度この刀が進化するのではないか?」

「かもしれないですね」

 この刀には、さらに伸び代があるのか……。楽しみだ。



「そういえば、進化したんならまた何か追加で効果がついたりしないのか?」

 ここで玄武が口を開く。

「効果?」

「確かに、そのように魔力吸収の他に力がついている可能性もあるな」

 どうやら、進化した場合何か効果が追加されるのかもしれないようだ。よく考えたらそうだ。大抵のゲームでは、進化したら何か追加効果が付与される物だ。

「それじゃあ、少し検証してみるか」

 そして、私たちは星奏さんの邸宅の庭にある、工房に来た。

「では、前のように岩を飛ばして切るか」

「いや、それだと吸い込まれちゃいません?」

 以前、私の検証をした時に岩を吸収したことを思い出した。それでは、何が変わったかわからない。

「んじゃあ、俺の弾丸で行くか。俺のであれば、全部魔力じゃないから、ある程度変化がわかるだろう」

「了解」

 私は玄武と相対した。そして、玄武は銃を構えた。

「そういえば、弾丸って切ったらその破片が飛んでくるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。俺が操作するから!」

「でも、魔力なかったら操作できないんじゃ……」

「……大丈夫。そんなに致命傷にはならないから!」

「えっ、ちょ、ま!」

「とにかく、やってみろ!」

 そう言って、玄武はバンと1発私に弾丸を撃ってきた。なんて無理矢理な。

「あーもう、玄武にバカ!」

 私は弾丸をぶった斬った。そして、体に当たるであろう、弾丸に覚悟をした。しかし、当たらない。どういうことであろう。

「……当たらないんだけど」

 見れば、弾丸が下に落ちていた。

「……なんか変化ある?」

「……わからんのじゃ」

「……俺もわからん」

 見た目に変化もない。魔力はもちろんない。一体、何が変わったのか、3人で少し考える。

 そして、私はとあることを思いついた。

「……運動エネルギー、なくなってない?」

「運動エネルギー?」

 玄武と星奏さんはポカンと、わかっていないような反応を示した。

「ほら、弾丸って斬って魔力がなくなったとしても、弾丸は真っ二つになって飛んでくでしょ? でもほら、飛んでってない」

 高校で習った物理学がやっとこさ役に立った。

「確かに。それじゃあ、導華の今回の能力って……」

「運動エネルギーを奪う……ってこと?」

 星奏さんと玄武、私は顔を見合わせた。私たちの間に、沈黙が流れる。

「なんというか……まあ」

「うん、そうじゃな……」

 2人は微妙な顔をしている。



「「「めっちゃ地味……」」」



 こうして、私は役に立つかわからないが、運動エネルギーを吸収するという絶妙な能力を手に入れたのだった。

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