第87話 abreast/並んで
「『
まず仕掛けてきたのは雅さんの方。キセルを地面に叩きつけて、綺麗な花びらを発生させる。
「今はあの子もいないから、交換も使われなくて楽ですね!」
そして発生させたその花々をキセルを用いてこちら側に飛ばしてくる。キセルによって発生させられた風に乗り、高速で花びらが飛んでくる。
「『炎刃』!」
それを炎を纏わせた刀で焼き切ろうとする。しかし、なぜだか花びらは刀をすり抜けて、こちらに飛んできた。
「なっ!?」
確かに花びらは建物をズバズバと切り裂き、こちらに来ていた。しかし、実態がない。
「一体、どうなって……」
「偽モン、です」
瞬間、花びらの中から雅さんが出てきた。キセルを振りかぶっており、体には傷ひとつない。
「『
ゴキっと鈍い音を立たせながら、私はキセルで打ち付けられた。
「ぐはっ……!」
凄まじく重い一撃。私は壁に叩きつけられた。
「イテテ……」
砂煙の中、向こうに雅さんの姿が見える。
(やっぱり、雅さんの攻撃は精神とかに影響を及ぼすタイプ……)
今のものもおそらく幻覚。だから、雅さん突っ切れた。
(さて、どう攻略していこうか……!)
私は再び刀を構えて、立ち上がった。
(……やっぱり)
立ち上がる導華を見て、雅はあることを考えていた。
(効きが悪い)
彼女のスキルは、導華の予想通り、精神に干渉し、幻覚、幻聴、支配、さらには精神崩壊を起こすものだ。
(さっきのアレは一度かかったら、クラクラして立ち上がれない。阿毘翠さんの時はそうやった)
先程阿毘翠と戦った時、阿毘翠はそのスキルに翻弄されて、手も足も出なかったのだ。
しかし、今目の前では、ただ少し幻覚を見ただけで済んだ導華がいる。
(……あの子、なんかある。頂さんが狙うのも、納得やわ)
彼女は再び、キセルを持ち直した。
「『繚乱』!」
(……来たッ!)
再び花が咲き乱れる。
(おそらくアレがトリガー!)
雅さんが踏み込んだ。それを見て、私は発生した花びらを突っ切ろうとする。
「『炎刃』!」
しかし、その足を止めた。
「……鋭いですね」
「花びらが、燃えたもんで」
私と雅さんの間にある花びらが、刀を近づけた途端、少し燃えたのだ。そして、落ちていった花びらは畳に突き刺さっている。
(ホンモノもあるってわけか……)
これで厄介さが増す。
(雅さんの動きを見てから動くにも、間に合うか怪しい。かといって、こっちが突っ込んでもリスクはある……)
瞬間、視界から雅さんが消える。
「っ!?」
「ここや」
背後から声がする。
「『炎じ……」
反射で刀を後ろに振るう。しかし、そこには何もいない。
「フェイクか!」
そして、私が再び前からの攻撃を防ぐために、刀を戻した。
「残念。こっちや」
そう声が聞こえたのは、私の真上だった。
「『
「うぐおお!」
あんなの頭から食らったらひとたまりもない。私は気合いでそれを刀で受け止める。
「なんちゅー耐久力……。乙女とは思えまへんな」
私の足元がバコンとへこむ。
「あいにく、意地汚い26歳なんでね!」
バキンとキセルを弾き返し、なんとか攻撃を凌いだ。
「……ゲホッゲホ!」
ぺちゃんこにはならなかったが、かなり響く。私は咳き込み、吐血した。
「まさか、これも防いでくるなんて……。驚きです」
「はは……どうも」
私は口についた血を拭い、なんとか立て直す。
「……ねえ、導華さん。おひとつ聞いてもよろしい?」
そんな時、雅さんは私にあることを聞いた。
「……何ですか?」
「あなた、なにもん?」
「何者……」
「精神攻撃への耐性、異常なまでの耐久力、規格外の反射能力と運動能力、嫉妬するほどの美貌……。そして何より、その生への執着。本当に、単なる人間?」
雅さんはそう何気なく問うた。きっと、本当にただ気になるだけなんだろう。
「……ただの、人間ですよ」
「本当に?」
「ええ。ただ……」
私は再び刀に炎を灯らせる。
「帰る場所を守りたい、それだけが信念の、単なる女です」
「帰る場所……ね」
「雅さんにもあるんでしょ。そんな場所」
私は逆に雅さんに聞いてみた。
「……作ってもらったもの、やけどね」
「作ってもらったもの?」
すると、雅さんはそこに座った。
「ね、導華さん。一時停戦、してもろていい?」
「いいですよ」
私もその場に座った。それを見た雅さんはキセルを吸った。そして、はぁと少し色っぽいように煙を吐いた。
「私、元は虐待されとったんよ」
私は、生まれた時から不憫だった。
「お前なんて、生まきゃ良かった」
私の生まれた家庭は貧乏で、常にお金がなかった。父は暴力を振るい、母はそんな私を傍観して、父の言いなりになっていた。
「ほら、灰皿になれ」
そう言われて、私の背中には何個もタバコの跡をつけられた。
そんな日々が続いて、私の心は荒んでしまった。
「ごめんください」
ある日のことだった。私たちのボロアパートに、ある男がやってきた。名前を、頂と名乗った。
「こちらのご家庭で、虐待の疑いがあると伺ったのですが……」
「んだテメェ!」
父はそんな頂の言葉を聞いた途端、彼を殴ろうとした。
「『圧』」
瞬間、父はぺちゃんこになった。比喩ではない。本当に1センチほどにぺちゃんこになった。玄関に、血が飛び散った。
「あ、あ……」
その時、母は口を開けたまま、後退りし、尻餅をついた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「……みやび」
「いい、名前だね。君、この家は好き?」
「きらい。パパがたたいてくる」
「そっか。おじさんのところ、来る?」
「……おじさん、たたかない?」
「当たり前さ。そう簡単には、殴らない。それが、大人だよ」
「……じゃあ、行く」
私のその返答を聞いて、おじさんは私のことを抱き抱えた。
「やめて! 連れてかないで!」
「自分の娘、守ってないお前に、親の資格は、ない」
その言葉と共に、母親もぺしゃんこになった。
「……泣かないんだね」
「何にも、思わない」
「……そうかい。これからは、いっぱい遊んで暮らそう」
「わかった」
こうして、私はかつての家庭を後にした。
『住民が無惨な姿で発見されており、娘も未だ見つかっておらず……』
そんなことが流れていたテレビが、ブチっと切られた。頂さんだ。
「こんなの、見ちゃいけないよ。発育に悪い」
そう言って、頂さんは私の手を引いて、あるところに向かった。
「ねえ、みやび。自分の名前の漢字、わかる?」
道すがら、頂は私に話しかけた。
「漢字?」
「わかんないか。それじゃあ、苗字は?」
「?」
親から何も教わらなかった私はそんなこともわからなかった。
「それじゃあ……」
頂さんは周りを見回した。ちょうどそこに、梅と桜の描かれたカレンダーがあった。
「……梅桜、なんて、どうだい?」
「梅、桜……」
その響きは幼い私にはとてもかっこよく聞こえた。
「気に入って、くれたか。後で、登録してくるよ」
その時、私は梅桜 雅という名をもらった。
「雅、遊郭のオーナーを、やってみないか?」
「遊郭?」
私が20になった頃。頂さんはそんな話を持ちかけてきた。
「最近、私が引き取ったんだ。立派で、勿体無いから、やってみないか?」
今までの私は、頂さんに言われた人を始末するくらいだった。だから、そんな大役嬉しかった。
「やります! やらせてください!」
「わかった。それじゃあ、これ」
そう言って、頂さんはある本を手渡した。
「これは?」
「それは、読んだらわかる、華やかな女の、喋り方ってやつだ。オーナーなら、必要だろう?」
「ありがとうございます!」
「後、問題があってな……」
「問題?」
「従業員がまだ、いないんだ。引き取った、ばかりで」
「……であれば、私から提案が?」
「提案?」
「……こうして、私は孤児、虐待児、その他諸々身寄りのないものを引き取り、遊郭を始めました」
そう言い終わり、雅さんは手をぱんと叩いた。
「これで終わりです。聞いてくれて、ありがとうござんした。あなたさんには、色々喋ってしまいますね」
正直、ここまでの過去があったなんて。秘密結社Under groundも捨てたものではないのかもしれない。
「……この任務に失敗したら、この遊郭も、私の居場所もなくなるかもしれない。私はそう思ってしまって、怖いんです」
と言って、雅さんはキセルを使って立ち上がった。
「だから、負けるわけにはいきません」
その目は覚悟に満ちていた。
「……その話を聞いたとしても、私は今の玄武団を、居場所を、譲ることはできません」
私はその場に立ち上がり、刀を構えた。
「だから、負けるわけにはいかないんです」
再び、その信念が激しくぶつかり合うのだった。
(といっても、どうやって突破したらいいものか……?)
状況が元に戻ったが、こちら側に突破口がないことも変わらない。
(なんかさっき、私には精神攻撃みたいなのが何でか効きにくいみたいなこと言ってたよな……? 異世界転生の特典か?)
特に私はスキルも、道具も使った覚えがない。
(いやいや、今は突破口を……)
周りを見回す。あるものは、ランプ、畳、タンス、掛け軸、花の入った壺……。何か特別鍵になりそうなものはない。
(……いや待てよ?)
……かに思えた。
(何個ある?)
再び見回す。お目当てのそれは、部屋に三つある。
「全部使えば、いけるかも!」
私は唐突にかけだした。
「……何を考えてらっしゃる?」
そして、花瓶を一個取った。
「! それは、美優が作った……」
「大丈夫です! 割りません!」
私はその花瓶を逆さまにして、その水を全て出して撒いた。その後、花瓶を元の位置に戻した。
「……わからんけど、そのカラクリが発動する前に、型付けましょか!」
雅さんはキセルに魔力を込める。
「『
床をつたって、衝撃波のような魔力が私を追いかけてくる。
「うおおお!?」
それを何とか回避しながら、次の水を撒いた。
「これで、ラストォ!」
そして、最後の一つも撒き終わり、準備が終わった。
「……これで、よし!」
「何も起こりませんな」
「そりゃ、まだ何にもしてないですから」
「?」
「さて……ここからは普通に戦わせていただきますよ!」
私は左手に炎の剣を、右手の刀には、電気を纏わせた。
「『雷炎無双』!」
大技をいきなり繰り出す。
「……なるほど。精神干渉を使われる前に……ってことですか」
炎と電気を纏った状態で、雅さんへと衝突する。ギギギと音を立てながら、キセルと互角に撃ち合った。
「あの一撃を……キセルで受け切ったとは……!」
「中々……きっついですけどねぇ!」
ガキンとキセルに弾かれて、私は飛び退いた。硬い。
「では私も、そろそろ大技といきましょうか!」
梅桜さんはキセルに魔力を流し込む。しかし、その量は今までの比ではなく、凄まじい。
「『
バギンという鈍い音。それが畳の上で響いた。畳に叩きつけたそれは、瞬く間に視界を埋め尽くすほどの花びらを発生させ、私の視界を奪った。
「その中には、本物も偽モンもあります。さて、導華さん。どうしますか?」
ずっと空中で固定されていて、先ほどのようには落ちない。
「さて、私もいきますか!」
私は刀に別のものを纏わせる。
(ここまで出したら、勝ったやろ)
最終奥義まで出した雅。これは、自分以外の動きを制限して、なおかつ魔力消費も見た目ほどはなくて済む。
(導華さんに繋がり道は、私にしか見えない一本道! さあ、決めましょか!)
するすると幻影と本物の花びらの間を抜けながら、雅は導華に迫る。
(これで、終わらせる……!)
「『天弾……』」
瞬間、雅は体制を崩す。
「なっ!?」
彼女は足元を見た。そして、驚愕した。
「こ、氷!?」
「ビンゴ。引っかかりましたね」
片足を滑らせて、体勢を崩した雅を見て、導華は言った。
「私の周りを『氷刃』っていうスキルで凍らせたんですよ。こうすれば、近接攻撃を行う雅さんは近づかざるを得ないために、この罠に引っかかるのだ。
(さっきの水はこのためか……!)
導華は凛のように大気や自分の魔力を凍らせて、一から氷を作るのは難しい。だから、あらかじめ水を撒いたことで、刀にある氷の魔力程度でも簡単に地面が凍ったのだ。
(あの氷の魔女がいなかったせいで、氷は完全に想定外! なおかつ、ここまで炎で攻め続けたことで、さらに氷を私の思考の範囲外に追いやった……!)
「さて、今度はこっちの番ですよ」
導華は氷の魔力を刀に集中させた。
「……私の負けや。田切 導華」
そう言って、雅は笑った。
「『
「ふぅ……」
私たちは遊郭を出る出口のところまで来ていた。
「化ケ物討伐、ありがとうございました」
そう言って、那花ちゃんが私にお礼をした。
「いや〜ごめんね。南棟少し壊しちゃって……」
「大丈夫です! 化ケ物退治には必要な犠牲だったので!」
本当に明るくていい子だ。
「後、これからも遊郭の運営、頑張ってくださいね。梅桜さん」
「……ふふ、わかっとりますよ。任せといてください」
そう言って、包帯で巻いた手で口を隠して笑ったのは、昨日に戦った梅桜さんだった。
「良かったの? あのままで」
私と阿毘翠は帰り道を歩いていた。ちなみに、カトレアさんことデニーさんは、服が使い物にならなくなったために、先に離脱した。
「うん。いいの」
私はあの時、雅さんの腕を凍らせた。そして、キセルを握れない状態にした。多少凍傷は腕にあるかもしれないが、できるだけ抑えた。
「あの人がいなくなったら、きっとあの子達困るでしょ?」
私はあの人を斬れなかった。なぜなら、本当の悪人ではないからだ。たとえ、私の精神に干渉して、悪夢を見させていたとしても、私は許す。なぜなら、私が死ななかったからだ。
さらに、あの人が悪人だったとしても、斬ってしまった後困るのはあの大勢の遊女たちと子供たち。せっかく逃げ出してきたんだから、そんな場所を大人の勝手な都合で壊したくない。
「ほんと、単純なお人よしだね。自分が死ぬかもしれなかったのに」
「ふふふ。後悔はしてないよ。後、阿毘翠も色々ありがとね」
「いいの。私は頼まれたことをやっただけ。あの子にね」
そう言った阿毘翠の顔が夕日に照らされていた。
「あの子?」
「いや、こっちの話。それよりさ……」
阿毘翠は私の肩に手を回して、ニヤニヤした。
「やっぱり、追加報酬でディープキスとか……」
「おいごら! 女たらしのクソビッチ!」
瞬間、前方から聞き覚えのある声がした。
「凛!?」
それは、紛れもなく凛だった。ブチギレてはいたが。
「心配になってきて、正解だったわ! やろぉ……今日こそ、とっちめてやる!」
「おっと、ここでお別れみたいだね」
走ってくる凛を見ながら、阿毘翠は笑って言った。
「それじゃあ、また何かあったら頼ってよ。ばいば〜い」
そして、彼女は転移でどこかに消えた。
「くっそ、逃げたか……」
ちょうどその時、凛が私のもとにやってきた。
「大丈夫? 変なことされてない?」
「大丈夫だって」
私は凛の顔を見て、笑ってしまった。
「何? 何かついてる?」
不思議そうな顔をする凛。だが、そういうことではない。
「いや、ただ……」
私はふと、思ったことを口にした。
「居場所があるって、いいなって」
「……?」
「いいのいいの。さ、帰ろ」
夕日照らす帰り道を、私は凛と並んで帰るのだった。
第13章 non-negotiables 〜完〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます