第83話 rat/ネズミ
ちょうどその頃。私は自室にいた。私のいつも座っているデスクには、謎の機械や、パソコンがずらっと並んでいた。
「人工衛星の映像を使って、その後半径70km圏内の監視カメラを盗撮……」
どれもこれも、遊郭へと向かった導華の観察用であった。常人が見たら狂気の沙汰であることは明白だし、犯罪めいたことを行なっているのも事実だが、私にはそんな些細なことは関係ない。
「……ザーッ、ザザ……」
その時、一つのスピーカが導華たちの声を捉える。
『……たらお仕事開始してもらいますんで、呼びにくるまでの少しの間ここでおくつろぎください』
どうやら無事遊郭に着いたらしい。向こうから遊女のような声が聞こえる。
『ちょっと探検してきマース!』
デニーさんはどうやら舞い上がっているらしい。なんとも呑気なものだ。
「私が成人していれば……!」
私は苛立ちと自分の不甲斐なさからデスクを叩く。
『……ねえ、導華?』
スピーカーからあのクソビッチの声がする。
「あんにゃろう、私の導華に何する気だ?」
『今回の報酬の代わりってことで、私とベロチューしてくれない?』
「くぁうぇdrftgyふじこlp」
私はそこで失神した。
「ふぇ!?」
私は驚いて後ろに下がる。しかし、さすがはプロの女たらし。そう簡単には逃してくれない。私のことを押し倒し、両肩の外側にまるで逃げ道をなくすように手を置く。
「私とて、こんな美形の巨乳にムラムラしないわけじゃないんだよ?」
「美形って……」
前の世界ではそんなこと言われたこともなかった。
「だって、瞳は透き通ってるし、髪もサラサラでツヤツヤ。胸だって、ほら。垂れてない」
そう言いながら、阿毘翠は私の胸を揉む。
「ギャー! セクハラ……」
そう叫ぼうとした私の口を、阿毘翠は手で塞いだ。
「ほら、そんなに騒がないで。優しくするからさ。うるさい口は塞いじゃおうかな……?」
そう言いながら、徐々に顔を近づける阿毘翠。
「んー! んんー!」
何も喋れない私。このまま私の唇は、女たらしのビッチに持って行かれてしまうのだろうか。ああ神様、アーメン。
「何してるんデースカ!?」
その時、調子の抜けるような陽気な声が聞こえた。
「デニー……じゃなかった。カトレアさん!」
そう、カトレアさんだ。
「それって……」
「ああ、いや。これは、その……」
「もしかして、プロレスデースカ!? 私はプロレス大好きデース!」
「……そうですそうです! プロレスです! ね、阿毘翠?」
「ん、え? あちょ」
「ほらこうやって!」
そうして、私は阿毘翠さんにバックドロップをかまして、なんとかディープキスを逃れたのだった。
そのうち、梅桜さんがやってきた。
「あの……。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫です。ちょっとぶつけてしまいまして……」
阿毘翠は背中を痛そうにさすっていた。梅桜さんはそんな阿毘翠を心配していた。
「大丈夫ですよ。彼女頑丈なので」
「そうなんですか。なら安心ですね!」
「(覚えてろよ、田切 導華……)」
横から小声の怨嗟が聞こえるが、聞こえなかったことにした。
「では、お仕事の説明に入りましょうか」
そんなことをしていると、梅桜さんが懐……というか、胸の間からタブレットを出した。妖艶で胸を強調している黒の着物からそんなものが出てくるのは少し雰囲気が壊れる。
「こちらが今回の対象です」
それはあの時バインダーで確認したものと同じネズミだった。
「この害獣たちがよく私たちの料理や着物を食い荒らすんです。おかげで廃棄物がひどくて……」
「それは大変ですね……」
「どうやらこの子達、厄介なことに根城を作ってはるんです。だから、何日かに分けて討伐して行って、最後にその根城を叩いて欲しいんです」
「だから、泊まりなんですか……」
なぜ泊まりなのかわからなかったが、そういうことなら納得できる。
「前にも駆除業者さんに頼んだんですが、その時は倒しきれなくて、業者さんでも匙を投げでしまったんです」
業者が匙を投げるだなんて、相当厄介そうだ。
「そんな感じなんですけど、お願いできますか?」
「わかりました。それじゃあ。しばらくの間よろしくお願いしますね」
こうして、私たちの駆除任務が幕を開けた。
「私はお仕事がありますので、ここからの案内はこの子にやってもらいます」
そして、梅桜さんの後ろから出てきたのは、まだ幼い少女だった。黒い髪で、梅桜さんほどではないが、綺麗な着物を着ている。
「この子は最近来た子でして……。まだ若いですが、十分仕事はできる子です。ほら、自己紹介しな」
「
「とりあえず、私はお仕事に行かないといかれへんので、後のことはこの那花によろしゅうお願いします」
「わかりました」
「では、失礼します」
そして、梅桜さんは遊郭の中へと消えてしまった。
「それで、那花ちゃんだね。案内よろしくね」
「よろしくお願いします」
まだ幼いのにしっかりした子だ。礼儀正しい。この年齢なんて大体、某美少女戦隊の話してるか、よくわからない怖い話の本読んでるかのどっちかだろうに。
「では、早速行きましょう」
有無を言わさずに那花ちゃんは歩き始めた。そして、この遊郭の説明を始めた。
「まずはこの遊郭について説明します。この遊郭は『
この遊郭そんなに広かったのか。もはや遊郭というか、小さなテーマパークレベルだ。
「そして、その2k㎡大体中心に存在する大きな広場、『
そう言いながら、那花ちゃんはタブレットを取り出した。
「こんなふうに」
そこには、広場と思われる赤い点を中心に遊郭全域及ぶ、巨大なバッテン印がうってある。
「広場に遊女像という像があるのですが、それの向いている方が北棟。ここは遊女たちの宿場がわりになっています。そして、像の右が東棟、左が西棟、そして反対が南棟です」
ここまで広いと、区分分けされているようだ。
「正直、覚えていなくてもそこまでは困りません。ですが、守護者の皆様なら連携を取る際に必要かと思ったので、お伝えしておきます」
「わかった。ありがとうね」
それを聞いた那花ちゃんは少し嬉しそうな表情を浮かべた後、タブレットをしまった。
「今いるのが北棟。そして、今回はあっち側。南棟に向かってもらいます」
私たちは那花ちゃんに続いて、南棟と呼ばれるところへと向かうのだった。
「着きました」
歩いて数分。案外早く南棟についた。見た目的には特に変わったところはない。
「……ねえ、那花ちゃん」
「どうしましたか?」
「ここって人まだいる?」
「いません。まだお昼ですので、みなさん北棟にいらっしゃいます」
「……確かに、いるね」
この数ヶ月。何度も化ケ物に対峙して感覚を掴んだ。確かにここから数個、点々とした気配がそこら中からする。
「流石の私でも、これくらいはわかるね」
「いっぱいイマース!」
阿毘翠やカトレアさんもその気配を感じ取っているようだ。
「だったら話が早いです。今回の害獣、『食イ荒ラシ』は、その名の通りあっという間に色々なものを噛み、穴を開けてしまう害獣です。特に残しておいても利益はなく、不利益のみを被ります。だから、皆様に早速討伐をお願いしたいです」
「了解しました」
であれば早速取り掛かろう。危ないということで、一旦那花ちゃんには退避してもらった。
「さて、と言っても何をしようかね」
私の炎刃でぶった斬ろうにも、対象の場所が詳しくわからない今では危ない。適当に切れば、遊郭全焼、借金増大、異世界決別の最悪なルートまっしぐらだ。
「私の『交換』で持ってこようにも、持ってきて逃げられたら意味ないし……」
「だったら、私に名案がありマース!」
ここでカトレアさんが腕を挙げた。
「なんですか?」
「もう一度確認ですが、ここって人がいないんですヨネ?」
「そのはずですよ?」
「であれば、お二人とも私の合図に合わせて飛んでくだサイ!」
「「?」」
一体何をしようというのか。私も阿毘翠もピンときていない。そんなことを聞く間も無く、デニーさんは両手を地面についた。
「『結界』!」
そして、結界を張った。しかし、その色はいつものように、淡い青ではなく、緑色をしていた。
「毒々しいですね……」
「準備はいいデスカ!?」
「え、ちょ、一体何を……」
わけがわからないが、おそらく何か大技を繰り出そうとしていることはわかった。みるみるうちに腕に魔力が集まっているのがわかる。
「それじゃあ行きマスヨ? セーノ!」
私と阿毘翠はピョンと飛び上がった。すると、カトレアさんはあるスキルを発動した。
「『スライミー・インパクト』!」
瞬間、建物や地面が少し揺れたような気がした。
「……おや?」
「どうかしました?」
「ふふふ、彼女中々やるね」
「?」
そして、スタッと私と阿毘翠は着地した。
「まあ、見てなって」
その後、阿毘翠は両手を合わせた。
「あの時から私、少しは進化しているんだからね!」
そして、彼女を中心に大きな半透明の球が現れる。
「『
すると、一瞬にして先ほど見たネズミのような害獣が阿毘翠の少し前に現れた。
「うわ、暴れ……てない?」
しかし、それはなぜだか暴れていなかった。じっと地面に伏せている。
「導華、今だよ!」
「了解!」
好奇を逃す私ではない。一気に魔力を刀に流し込み、ぶった斬る。
「『炎刃』!」
そして、燃え尽きた化ケ物たちは灰になって消えていくのだった。
「すごいです! こんなに素早く倒せてしまうだなんて……」
討伐した後、那花ちゃんが目をキラキラとさせながら寄ってきた。
「いや、どっちかといえば、2人がすごいというか……」
私には何が何やらで、気がついたら倒せていたという感じだった。
「あれは何が起きてたんですか?」
私はカトレアさんに聞く。
「オーウ! あれはですね……」
ここからの説明が複雑かつ擬音語のオンパレードだったので、要約する。
まず、カトレアさんが最初に貼ったのは、「
「だから、結界の色が違ったのか……」
そして、それを貼った後に行ったのが、衝撃の伝達だった。私たちが飛んだのは、体に衝撃を伝えないようにする意図があるのだそうだ。
聞いたところによると、今のカトレアさんの体は、デニーさんの状態のスライムを無理矢理圧縮した状態なのだそうだ。それを一時的に解放することによって、かなり大きめの衝撃を伝えられるそうだ。
感覚としては、壁や地面を這ってやってくる地震に近い。
「そうして、化ケ物たちが
あの一瞬でそこまで複雑なことが起きていたとは。加えて、私が驚いたのは阿毘翠のスキルの効果範囲だった。
「確か前って、半径3mかそこらじゃありませんでしたっけ?」
「そうだったよ。だけど、せっかくならマジックか何かに使えないかと思って、ここ数ヶ月特訓していたのさ」
そんなふうに特訓までしていたなんて。私も頑張らなければ。
「この調子でジャンジャン倒していきマショウ!」
「そうですね!」
こうして、私たちは南棟の化ケ物たちを殲滅するのだった。
「……フーッ」
その様子を影から見守る影が一つあった。
「あの衝撃……中々ね」
キセルを吸い、大きく煙を吐いた。
「それにあの青髪の女……何者?」
彼女は事前情報で聞いていない、阿毘翠の存在を怪しんでいた。
「……また調査してもらいましょうかね」
そして、彼女は建物の中に消えていった。
「いや〜サクサク倒せたね〜」
宿へと戻る帰り道。段々と日が落ちかけ、遊郭にも明かりがつき始める。
「さて、営業も始まっちゃうし、早く帰ろうか」
「そうですね」
しかし、私の気は抜けない。
(ここから乗り越えなければいけない関門は二つある)
そう、ここに来て心配事があるのだ。
(まず、酒を飲まない。ど偏見だけど、こういう遊郭ってお酒とかが夕食に出てくることがある。それで飲んだら、確実に面倒ごとが起こる!)
私は阿毘翠さんをチラリと見た。
(あれもいるから尚更)
そして、もう一つは彼女自身だ。
(まさかしないとは思うけど、夜這いには気をつけないと……)
あの女、初っ端からディープキス発言をかましてきたのだ。何をしてくるかわかったもんじゃない。
(……後、凛にも電話しよ)
こうして、ため息をつきながら、私は宿へと足を進めるのだった。
暗い部屋。上空に浮かぶドローンの映像を見ている男たちがいた。
「……流石、田切 導華たちだな」
「ですね。これくらいの雑魚なら、あっという間です」
彼らは秘密結社Under ground。過去に都内のゾンビ事件や、導華に懸賞金をかけ、殺し屋をけしかけた団体だ。
「ぞ〜ですにぇ〜」
そんな中に1人、大口を開けながら、バクバクと肉を貪る
「『
「バッチリ空腹ですじょ〜」
そう言いながら、次の肉を口に放り込んだ。
「送り込んだあいつらは、低級の雑魚でしぃ〜。だけど、チリも積もればなんとやら。段々と蓄えはできてるでしぇ〜」
そう言いながら、食べ終わった肉の骨たちに囲まれて、歯の間の食べ残しを取り除いていた。
「田切 導華……。その体、骨だけ残して全部喰らい尽くしてやるでしゃ!」
腹を空かせた狩人が、獲物にギラギラと目を光らせる。
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