第13章 non-negotiables

第82話 Temporary/臨時の

「もうそろそろ、夏休みも終わりかぁ……」

 そう言いながら、凛は事務所のカレンダーにバツをつけていた。

 今日は8月20日。段々と夏休みという永久にも思える時間に終わりがあると感じる頃だ。

「課題はやってあるの?」

「うん、大体は」

 凛は配信だの、討伐だの、部活動がないながらも、色々なことをやっている。大したものだ。

「そういえば、玄武はどこ行ったの?」

「何か、ちょっと遠出するって言ってた」

 今日は珍しく、朝から玄武がいない。曰く、都外まで行ってくるそうだ。

「へ〜、珍しいね」

(基本発明ばっかりなのに……。さては何か面倒な案件でもきたな?)

 ソファでアイスを食べながら、そんなことを考える。



「導華いるか〜?」

 しばらくして、玄武が帰ってきた。そして開口一番そう言った。

「いるけど?」

「よし、ちょうど良かった」

 そして、玄武は荷物を置くと、その荷物からバインダーを取り出した。

「ちょっと厄介な案件が入ってな。導華と残り数人で担当してもらいたいんだよ」

「どれどれ……」

 私はバインダーを開いた。どうやら、化ケ物駆除らしい。

「ちょっと遠くの遊郭で食事を全て食べちまうやべー化ケ物が出没してるらしいんだよ。んで、そのオーナーから直々に討伐依頼が来たんだよ」

 見た目は茶色く、ネズミに近い。大きさは中型、30cmくらいだろうか。そして、備考としてあまり建物を傷付けないことが書いてあった。

「なるほどねぇ……」

「俺は別案件で行けないから、何か良さげな奴連れて向かって欲しいんだよ」

「んじゃあ、私が……」

「残念だけど、ここ遊郭だから凛じゃいけないね」

「クソッ!」

「うおお、言葉遣い荒れてるね……」

 とは言ったものの、誰を連れていこうか。

(正直、グレーテさんでもいいけど、前のあの戦い方をみた感じ、建物を傷付けないのは無理そうだし、影人くんでも子供だから遊郭入れないしなぁ……)

「大体何人連れてけば良い?」

「まあ、お前入れて3人が適正だろうな」

「他に何か条件はは?」

「遊郭に泊まらないといけないから、できれば女だと嬉しいって」

(だとすると、デニーさんも厳しそうか……)

「おはようございマース!」

 そんなことを考えていると、デニーさんが事務所にやってきた。

「あ、おはようございます」

「どうしたんですか導華サン。眉間に皺がよってマスヨ?」

 よくそんな言い回しするな。

「いや、実は任務に行く人を決めているんですけど、女の人で、成人してる人がなかなか居なくって……」

「オーウ! なら私がいきまショーカ!?」

「いや、デニーさん男じゃ……」

「ちょっと待っててクダサイ!」

 するとデニーさんは背負っていたバックから何故かジーンズと、『筋肉』と印字されているTシャツを取り出した。

「一体何を……」

「『変身ヘンシン』!」

 デニーさんがスキルを発動すると、デニーさんの姿がムニムニとまるで液体のように形状変化し始めたのだ。やがて、その変化は落ち着くと……。

「変身完了!」

 なんと、その姿が女性になっていたのだ。裸の。

「ギャー裸!」

「玄武、目瞑って!」

 そう言って、凛はノータイムで玄武に目潰しをした。

「いってええええ!」

 のたうちまわる玄武。必要な犠牲だ。

「後は服を着て……」

 そして、先ほど所持していた服を着た。すると、短い白髪に、透き通った緑の目。加えて、まあまあな大きさの胸を持った美人がその場に誕生した。

「パーフェクト!」

「えええ……」

 展開が急すぎて追いつけない。目をパチパチさせている玄武はいいとして、デニーさんの一体この姿はなんなのか。

「えーと、デニーさんでいいんですよね?」

「イエス! しかし、この姿の時はカトレアと読んでクダサイ!」

「は、はぁ……」

 声も綺麗な女の声に変わっているし、本当に女の人になってしまったようだ。

「あの、その姿って……」

「この姿は、私が大好きな人の姿デス! 私たちスライムは姿形を変化させることができるんデス!」

 なんということだろうか。異世界は本当にすごい。姿形まで変えられる存在がいるだなんて。

「というわけで、私が一緒に行きマース!」

「あ、ありがとうございます?」

 そんなわけで困惑しながらも1人目が決まったのだった。



 一旦デニーさんに帰ってもらい、玄武が自室に戻り、事務所が再び静かになった。

「それじゃあもう1人だけど……」

 ここが難しいところだ。私の周りには成人女性が少ない。考えつくのは、スージーさんとクレアラさん。後は、人間ではないがレイさん。加えて、人妻だし、なんなら部隊長の妻だけど翔子さん。

「星奏さんとかは?」

「ちょっと見た目が幼すぎるかな」

 さてどうしたものか……。レイさんに頼み込むか?

「……あ」

 ここで私は妙案を思いついた。

「ねね、凛」

「どうしたの?」



 その日の夜のことだった。

「それじゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ」

 私はレイさんにお見送りされて事務所を出た。

「いぐな〜!!!!! みぢが〜!!!!!」

 奥から凶暴化し、柱に括り付けられた凛の叫び声がしたが、聞こえないことにした。

「荒ぶってるなぁ……」

 まあ荒ぶるのもしょうがない。それは私が向かう場所に原因があった。

「それじゃ、行きますか」

 バイクに跨り、夜の都心を行く。

「着いたっと」

 そうして到着したのはとあるバー。ネオンライトが点灯し、煌々と道を照らしている。

「カランカラン……」

 ドアを開くと、カウベルのような音がする。

「いらっしゃいませ」

 すると、中から黒髪の女の人がやってきた。

「本日は誰をご指名ですか?」

 そう言いながら、女性は有無を言わさずメニュー表のようなものを差し出した。そこには女性の写真が多く載っている。

「じゃあ……この人で」

 そして、とある女性を指名した。

「どうぞこちらに」

 その後、女性に案内され、高級そうな椅子に座った。

「さて……」

 私はここに遊びに来たのではない。とある人物をスカウトしに来たのだ。

「ご指名ありがとうございます」

 お、キタキタ。

「本日はよくいらっしゃいました。このナンバーワンホストのアビスが……」

 調子のいい挨拶と共に私の隣に座った青髪の女性。その女性は私の顔を見て固まった。

「な!」

「お久しぶりですね、怪盗D.blueさん?」

 その女性とは、かつてルリの宝石を賭けて争った、怪盗D.blueこと、東雲 阿毘翠だった。



「怪盗D blueぅ〜?」

 私が彼女を仲間にしようと言った時、凛はそう言った。

「だってさ、戦闘スキルも申し分ない、建物内を汚さないように入れ替えで化ケ物を外に出せる、後そういうお店慣れしてるってのもあるかな」

「却下」

「なんでさ」

「あんな女たらしのビッチ、私が首を縦に振るわけないでしょ! まだあなたには早いわ!」

「口うるさい母親か?」

 まあ言わんとしていることもわかる。だが、彼女くらいしか良さげな人材が見当たらないのも事実だ。

「今日の夜行ってくるかな……」

「いやだ〜! いがないで〜!!!!!」

 私に縋り付く凛。らしくもなく、大泣きしている。

「お、なんだ痴話喧嘩か?」

「玄武はすっこんでて」

 こんな経緯があって、凛は大騒ぎしていたのだ。そして結果、ロープでグルグル巻きにされ、捕獲されてしまったのだった。



「……そんなわけで、東雲 阿毘翠さんで〜す!」

「よろしく……」

「ガルルルル……」

「ねえ、これ私本当に行って大丈夫?」

 しっかりと同意を貰い、事務所に戻ってきた私たち。凛は阿毘翠を見た途端、唸り声を上げた。

「しっかし、よく連れて来れたな」

「盗みを暴露するぞって脅したら、快く了承してくれた」

「お〜、バッチリ脅迫罪!」

「ゆったりとホストでガッポリ稼ごうとしてたのに、何でこうなるんだ……」

 ゆったりとホストをするとはこれいかに。まあ、とにかくこれでもう1人が決まったわけだ。

「これでやっと任務に行けそうだね」

「グルルル……!」

「ちょっとこの子どうしちゃったの?」

「これはまあ……嫉妬でしょう」

「そんな単純じゃないやい!」

 急に凛が正気に戻った。

「そんな女たらしに導華を任せるだなんて、不安なんだけど?」

「おや? そんなに私の実力を認めているのかい?」

「はぁ〜? 認めてませんが〜? ただこっすい手を使って女を騙してるインチキ女だとは思ってますが〜?」

「生意気な小娘だなぁ〜?」

 女と女の醜い争いだ。見てられない。

「大丈夫だって導華。私そんなにチョロくないから」

「ねえ導華。50円玉って100円に穴が空いて、価値が半分になったから50円玉って名付けられたんだって」

「え、そうだったんだ」

「ほら! 導華はこんな簡単な作り話にもひっかかちゃう純粋な女なんだよ!?」

「ウグハッ……!」

 今の瞬間、本当にナチュラルに傷ついた。

「君、本当にチョロいな……」

「……黙っててください」

「まあ、凛?だったけ。大丈夫さ、私は仕事とプライベートはちゃんと切り替えるタイプなんだ。こっちから手は出さないよ」

「本当ですかぁ? コソ泥の言うことなんて、信じられないんですけどぉ?」

「コソ泥じゃなくて怪盗だし、なんならもう足を洗ってる。安心してくれって!」

「……ッチ。これ以上導華を困らせるのも悪いし、信じてやるか」

「やっと解放される……」

「ただし! そっちが手を出したら、氷漬けにして南極に持って行きますからね!」

 どうやって持ってくんだよ。

「そんなわけで、これで契約成立かな?」

「とりあえず、今回はよろしくお願いします」

 こうして私と女体化デニー、そして女たらしのホストこと阿毘翠というなんともカオスなメンバーで遊郭へと向かうことになるのだった。



「そんじゃお前ら、準備はいいか?」

 翌日の朝。まだ客が来始める前にということで、早めに私たちは向かうことになった。

「本当に、手を出さないでくださいね!?」

「うるさいなぁ……。そんなに言われちゃ、逆に手を出したくなっちゃうなぁ〜」

「殺す」

「うおお、明確な殺意」

「これがジャパニーズ一途ってやつデース!」

「違いますよデニーさん。これは歪んだ愛です」

「導華? そんなこと言わないで?」

「おーい? 話聞いてるかー?」

 出発前の朝でさえ、このわちゃわちゃだ。本当に大丈夫だろうか。今更心配になってきた。

「ねえ、導華」

 すると、凛がこっちに寄ってきた。

「どうしたの?」

「私のこと、忘れないでね?」

 そう言って、凛は私の胸に顔を埋めた。

「……大丈夫。そんな簡単に忘れるわけないでしょ?」

 そして、私は凛の頭を撫でた。凛の顔が少し赤くなっていた。



「それじゃ、行くぞ〜」

 玄武が転移門を開く体制に入る。

「それじゃ、行ってくるね凛」

「うん、たまには電話ちょうだいね?」

「わかったわかった」

「『転移門』!」

 ブワンと音がして、人1人が通れるくらいの門ができた。

「よし、行こうか!」

 こうして、私たちは満を持してついに遊郭へと向かうのだった。



「……言っちまったな」

「だね」

 閉まっていく転移門を見ながら、玄武と凛はそう呟いた。

「さて……」

 そう言いながら、凛は片耳イヤホンをした。

「何してんだ?」

「さっき抱きついた時に、導華のジャケットに小型の盗聴器を仕込んだの。ジャケットは洗わないだろうし、これで導華が堕とされないかわかる」

「お、おう……」

 玄武は自室に帰り、椅子に座って、物思いにふけった。

(……ごめんなさい、時雨さん。娘さん、めちゃめちゃ愛が重い湿度高め女になってしまいました)

 玄武の目は、いつになく遠い目をしていた。



「ここが……」

 行き着いた先にあったのは、建物のようなものが積み重なり、どれもこれもから生活音のする、変わった光景だった。

「初めて見た……」

 きっと元の世界のものよりも、ずっと頭のおかしい構造をしているだろう。今はあまり電気がついていないため、そこまでの迫力はないが、夜になった時の景色はもっとすごいだろう。

「あなたが、今回の守護者さん?」

 そんな声が前方からする。見れば、頭にかんざしを差し、自分の身長ほどあろうかという大きなキセルを咥えた、美しい妖艶な女性がやってきた。

「あなたが……」

「私がここのオーナー、梅桜うめざくら みやびです。よろしゅうお願いします」

 そう言って、梅桜さんはお辞儀をした。

「ああ、どうも。私が今回担当させていただく、田切 導華です。こっちの白髪の娘がデ……じゃなくて、カトレア。そしてこっちの青髪のが東雲 阿毘翠です」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしマース!」

「ふふ、よろしゅうね」

 なんとも美しい女性だ。まさに、遊女という雰囲気をしている。

「それじゃ、早速お宿さんの方に案内しましょうかね」

 こうして、私たちは遊郭の中に入って行くのだった。



「ここが今回のお宿さんです」

 私たちが案内されたのは、大きなお宿で、赤い漆塗りの外壁に、黒い屋根の建物だった。

「こっちがお手洗い。こっちがお座敷。3人でこの大きさあれば、大丈夫だと思うんですけど……大丈夫そうですか?」

「ああ、大丈夫ですよ」

 喋り方が少し訛っている。京都弁だろうか?

「もう少ししたらお仕事開始してもらいますんで、呼びにくるまでの少しの間ここでおくつろぎください」

 そう言い残して、梅桜さんは行ってしまった。

「なんて大きな建物なんだ……」

 私はこんなところに案内されるだなんてと少し驚いていた。

「ジャパニーズ遊郭、すごいデース!」

 楽しそうなデニーさん。いつもなら、変にテンションの高いおじさんだが、美少女になると、異文化を楽しみお嬢ちゃんという感じがする。何事もビジュアルは大事だ。

「ちょっと探検してきマース!」

「あ、ちょ……」

 舞い上がったデニーさんはそのままどこかに走って行ってしまった。

「さて、どうしたものか……」

 呼びにくると言っていたが、それまで暇になってしまった。

「……ねえ、導華?」

「なんですか、阿毘翠さん?」

 私は阿毘翠さんの方を見た。すると、意外と近くに顔があった。

「うおお、顔近……」

「一個提案があるんだけどさ……」

「なんです?」



「今回の報酬の代わりってことで、私とベロチューしてくれない?」



 おっと、この女。やっぱりビッチだったか?

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