第81話 sincerely/心から
「マリーさん、これを見てください」
少し前。玄武が転移門を用いて出したのは、光沢を帯びた鉄の義足だった。
「これは……」
「こいつは私の師匠が横してきた代物。おそらく、今のマリーさんが使ってる車椅子と同じ型を使っていたもののためのものです」
玄武は作っている過程でそのことに勘づいた。
「しかし、これはサポーターでもなく、義足です。ご存知の通り、マリーさんの病気はサポーターのように元ある足の力をサポートするようなもので解決はできません。だから、師匠もこれを作った。ですが、問題となるのが……」
「義足を使用するために、足を切らないければならない……」
「そういうことです」
マリーはそれを聞いた後、玄武に聞いた。
「切ったら、どうするの?」
「私の知り合いに切ってもらった後、回復魔法で即座に治癒し、義足を装着。その後、ある程度の確認をした後は城に向かってください」
そして、マリーはその答えに満足したらしい。
「だったら、お願いするのだわ!」
「……全く、こっちはたまの休みだったというのに」
大量の血痕、壮絶な手術の残骸。そして何より、液体の入った瓶の中に浮かぶ、足。その隣に3人の影があった。
「助かった。スージー、クレアラ」
「もう……当然呼び出すのはやめてくださ〜い」
マリーの足の切断を行ったのは、玄武の転移門によって呼び出されたスージーとクレアラだった。
「だけどな、こんなの頼めるのお前らくらいしかいないんだよ……」
「無茶を言う……。足を切断し、そして義足が使える状態まで10分以内に持っていけなど、普通の医者であれば絶対に無理だ」
「だから、私たちが呼ばれたんでしょ〜けどね」
マリーはクレアラの毒により、一時的に痛みを感じないようになっており、その間に素早くスージーが切断。その後、クレアラが回復魔法をフルマッハでかけ続け、何とか義足を使える状態にまで持っていった。
「しかし、義足がピッタリハマったのも幸いだった。あれがハマらなかったら、一巻の終わりだった」
「まーな。感謝するなら、師匠に言ってくれ」
玄武はあの設計図通りに作っただけ。それが、足のない状態にピッタリフィットするなど思ってもみなかった。
「結果、彼女が来てから、城に向かうまで20分弱。本当に自分の才能が末恐ろしい……」
「流石です、博士♡」
正直、玄武には彼女たちのはこれほどの才があると見込んでいた。以前の死体解体技術。あれは人を切り慣れている速度だった。
(何者なのか……は、今は考えないでおくか)
そして、玄武はただ走っていったマリーの背を見て、健闘を祈るのだった。
「まさか、足まで切るとはな……」
吹っ飛ばされたモルドレッドは起き上がり、マリーを見た。
「なぜそこまでその女に執着するんだ、マリー!」
モルドレッドは目を大きく開き、叫ぶ。彼は今まさに興奮状態にあった。
「そんなの、簡単なのだわ」
マリーはレイピアをモルドレッドに向けた。その姿は真っ直ぐで、いつになく綺麗だ。
「大切な家族を守って、何が悪いのだわ!」
「家族……か」
モルドレッドはその返答に笑った。
「面白い……! その覚悟と俺の覚悟、どっちが強いか見せてみろよ!」
モルドレッドは剣に魔力を流し込む。すると、バチバチと黒い電撃が剣を包む。
「食らえよ、箱入り娘ぇ!」
一気にそれを振り上げ、巨大な雷撃を放つ。
「『
自分の2倍はあろうかという大きさの雷撃を前にして、マリーは一歩も引かない。
「お嬢様!」
「『乱閃光』!」
瞬間、渦を描いた閃光がマリーとアガサを包み込んだ。それによって、雷撃は阻まれ、背後に壁に穴を開ける。
「何……?」
「ふぅ……。この技、ずっとやりたかったのよね」
この技は車椅子ではどうしても不可能で、実行を諦めていた技の一つだ。しかし、今ならできる。
「残念だけど、あなたでは私には叶わないわ」
「ッ! クソガキが……!」
モルドレッドはマリーに向かって剣を振るった。しかし、それはマリーの足蹴りによって無効化される。ガキンという金属音が響く。
「『
その刹那、モルドレッドの視界からマリーが消えた。それにモルドレッドは動揺する。
「一体」
「残念、あなたの負けよ」
突然視界に入るマリー。正確には、ずっと視界の中にはいた。しかし、捉えられないのだ。彼女のスキル、「光学迷彩」は彼女に触れている魔力の性質を変化させることにより、その身体を不可視にする。
「なっ! まっ……」
しかし、マリーはもう止まらない。
「『
眩い光。それがモルドレッドの腹部に直撃する。
「ガハッ……!」
その速度はまさに光速。斬撃は光そのもの。モルドレッドの体を凄まじい衝撃と、鋭い痛みが襲う。
「これが、覚悟よ」
モルドレッドは城の壁を突き破り、外にある海に向かって落ちていく。
「クソガアアアアアア!!!!!」
やがて、醜い叫びが聞こえなくなった。それは、マリーの勝利を示唆していた。
「アガサ、お疲れ様……」
振り向いたマリーにアガサは抱きついた。
「お嬢様ぁ……!」
その泣き顔は涙と鼻水で醜く歪んでいた。
「アガサ、もう大丈夫なのだわ」
「でも、足がぁ……!」
そして、アガサはその場に崩れ落ちる。
「私が、弱いから……! 無能だから……! お嬢様は足を切らなければならなかった……! 私の、せいで……!」
子供のように泣きじゃくった。マリーは初めてアガサの泣くところを見た。ここに売り飛ばされてきた時も、カルミアが死んだ時も、自分が死にかけた時でさえ、決して泣かなかった。
「ごめんあさあいい……!」
それほどまでに、彼女にとってマリーが大切だったのだ。だから、これほどまでに責任を感じ、涙を流している。
「……泣かないで、アガサ」
マリーはそんな彼女の頬を優しく触って、ゆっくりを顔を上げさせた。
「私は、自分の意思で切ったの」
「でも……!」
「それはね、あなたが大事だったからなのだわ」
マリーにとって、アガサは友のようで、姉のような存在だった。彼女と初めて会った時も、姉ができたとたいそう嬉しかった。辛い時も、悲しい時も、母が亡くなった時も、アガサはずっと隣に寄りそっていてくれた。
「だから、自分を責めないで」
彼女はそんなアガサは大好きだった。
「どうか、胸を張っていて」
絶対に、死んでほしくなかった。
「これからも、ずっと隣にいて」
ただ、それだけ。
「それだけで、私はいいから」
2人を包むように、温かい陽光が差し込んだ。
「「海だー!」」
そう叫んで、マリーと凛は海に飛び込んだ。
「お嬢様。まだ義足も慣れていないのですから、あまりはしゃがないでください」
「わかってるのだわ!」
あの事件から1週間経たないくらいの頃。再び導華たちはイグラディッシュに招かれた。
「全く……」
「ははは。元気そうで良かったです」
呆れるアガサ。それを見て笑う導華。彼女たちは今、海に来ていた。
「でも、よく1週間経たないでここまで再建できましたね」
街はすっかり元通り……とまではいかないが、かなり元通りになった。
「どれもこれも、竜王さんが力を貸してくれたおかげです。本当に頭が上がりません」
「きっとあいつは自分の発明品の試運転をしたいだけですよ」
これほどまでの再建には裏がある。それは、玄武とフェイトグループこと新田さんが全面的に復興の支援をしたのだ。まあ、どちらも酒に釣られたのだが。
「そういえば、領主さんは大丈夫なんですか?」
「ええ。かなり容態も良くなってきました」
グレーテさんの懸命な治療もあってか、領主さんはなんとか一命を取り留めた。ハガノガネはもっと厳重な刑務所に、モルドレッドは死体の捜索がなされたのだが、海に落ちたのが悪かったのか発見されなかった。
「というか、私たちまでまた良かったんですか?」
「大丈夫です。お嬢様がそう望んだので」
今回私たちは1泊2日でここにやってきた。正確には私と凛だけなのだが。グレーテさんはスケジュールが合わず、来られなかった。
「いや〜、まさか海に来られるとは……」
あの日、あんな事件があったために来ることは正直諦めていた。私たちも予定を切り上げて帰ってきたのだ。
「喜んでいただけたみたいで良かったです」
そう言って、アガサさんは笑った。
「……アガサさん、表情豊かになりました?」
「そうですかね?」
口元を隠したアガサさんの薬指には、キラリと光る指輪があった。
「アガサー! こっちにきて遊ぼうなのだわ!」
そんな時、マリーがアガサを呼んだ。
「わかりましたー! では、田切さん。行ってきますね」
「楽しんできてください」
そして、黒い水着のアガサさんは走って海に行った。入れ違いに、パラソルの中に凛が入ってきた。
「あの子……義足つけたばっかなのに元気すぎる」
どうやら、インドアな凛に限界が来たらしい。ゼエゼエと息を切らしながら、帰ってきた。
「おかえり」
そして、凛は私の隣に座ると、ぼーっと海を見た。
「……綺麗だね」
「そうだね」
ザーザーとゆったりと波が動いている。心がなんとなく落ち着く。
「……導華、ずっと気になってたこと聞いていい?」
「どうしたの?」
「……導華ってさ、転生者なの?」
私の背筋が凍りついた。
「あ、いや、その……」
うまく言葉が出てこない。
(どこだ? どこでバレた?)
離れ離れなどなりたくはない。異世界転生者だとバレれば、警察に連れて行かれてしまう。それだけは嫌だ。必死に頭を巡らせる。
「あ、そ、その……」
「……やっぱ、答えなくていいよ」
ザーと波がたち、カモメが鳴いていた。
「……え?」
「私が聞いておいてなんだけど、真実は、導華が言いたい時に言って欲しい。もっとちゃんと覚悟が決まった時に」
「……うん」
「きっと、何か言えない事情がある。それは私にもわかる。だから、もっと私のことを信頼できるようになったら、自分の口で話してね」
「……ありがとう」
その日は、穏やかな日だった。
「ありがとうございました」
そうして、とうとう帰る日になった。
「玄武はもう少し後で転移門で帰るそうです」
「そうなんですか。その時にはぜひお父様と一緒に挨拶をしたいです」
マリーの背丈はアガサさんと同じくらいで、その鉄の足も特に違和感はないように見える。
「後、お願いがあるんだけど……」
「なんですか?」
マリーは私に耳打ちをした。
「(義足の高さを12、3cmくらい上げられないか、竜王さんにお願いしてくれないかしら?)」
「どうしてです?」
「り、理由は聞かないで欲しいのだわ……!」
そう言って、マリーは顔を赤らめた。
「まあ、わかりました。言っておきますね」
「ありがとうなのだわ、田切さん」
そういえばと、私はあることを思い出した。
「あ、後私の呼び方は導華でいいですよ」
「え?」
「だって、もう友達じゃないですか」
「……ふふっ、わかったのだわ。導華!」
こうして、私たちはイグラディッシュに別れを告げるのだった。
「いよいしょと……」
数日後のある日。マリーとアガサは山を登っていた。
「まさか、こうしてお嬢様と並んで歩ける日が来るとは」
「ちょっとアガサ。2人きりの時は……」
「……そうでしたね、マリー」
アガサがそう言うと、マリーはニコリと笑った。
「……なんだか、気恥ずかしいのだわ」
「言い出したのは、マリーでしょう?」
やがて、ひらけた花畑にたどり着いた。あの思い出の花畑だ。
「見て、アガサ! カルミアが咲いているのだわ!」
それは亡き母の名前と同じ花。マリーはそれを見て満面の笑みを浮かべた。
「綺麗……」
そう言って、花に触れるマリーの薬指がキラリと光った。
「……ねぇアガサ。カルミアの花言葉って何か知ってる?」
アガサはあえて聞き返した。マリーが言いたそうにしていたからだ。
「……何ですか?」
「大きな希望、なのだわ!」
爽やかな風と、温かな陽射しに包まれて、2人は互いに笑い合ったのだった。
第12章 Friendship is to love 〜完〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます